第16話 彼女(元カノ)の家に遊びに行って

「おお、ここが由乃さんの家……って、奈々子と同じ家なんだけどな」


 由乃さんのご招待を受けて、由乃さんの……そして、奈々子の家でもある大倉家に到着する。


 二階建てで、結構新しい家みたいだが、ここに来るのは三回……いや、奈々子にフラれた時にも押しかけようとしたから、四回目か。


 今日はここで、由乃さんと二人きり……ああ、緊張するな。



 ピンポーン。


「はーい。あ、陸翔君。上がって」


「おじゃまします」


 呼び鈴を鳴らすと、由乃さんがすぐに出て来たので、彼女の招きで中に入る。


「ふふ、いらっしゃい。あ、私の部屋、ここだよ」


「いやー、本当に良いんですか?」


「うん。てか、ここに来るの初めてじゃないでしょう」


「そうですけど……」


 やっぱり、彼女に家に入るって、緊張するって。


 一応、家には俺と由乃さん以外誰も居ないみたいだけど、何かの間違いでご両親が帰ってきたりしたら、どしようかとドキドキしてしまう。



「あ……」


 二階に上がると、『ななこ』と書かれた札がぶら下がっている部屋の扉が目に入る。


 そうだ……ここが奈々子の……元カノの部屋だ。


 この前、この家に来た時には、奈々子の部屋で映画を見たり、お菓子食ったりして、まったり過ごしていたんだっけな。


 ああ、モヤモヤしちまうな……何せ、姉妹だから同じ家に住んでいる訳で、どうしても思い出してしまう。


 初めて、この部屋に入った時はマジで緊張しちまったっけな。


 女子の部屋に入るのも初めてだったし。



「そこ、奈々子の部屋だよ」


「え? ああ、はい」


「そっか。前、奈々子の部屋に入った事あるんだっけ?」


「ええ……」



 ぼんやりと奈々子の部屋の扉を見ていると、由乃さんも察したのか、苦笑しながら、


「そう。今は、付き合っている訳じゃないんだから、勝手に入ったら、あの子に怒られちゃうよ」


「ですよね。大丈夫です。入ったりしませんよ」


「だよね。はい、ここが私の部屋だよ」


「おじゃまします」


 奈々子との思い出を振り切るように、由乃さんの部屋に入る。



「ごめんね。何もなくて」


「いいえ。とっても可愛らしいじゃないですか。何だか良い匂いしますね」


「アロマ使っているんだけど、あんまりジロジロ見ないでよ。恥ずかしいし」


「あはは、すみません。女子大生の部屋って、こんななんですね」


 由乃さんの部屋はそれほど広くはなく、派手な装飾とかはないが、綺麗に整頓されており、すごく居心地が良い。


「あ、座って」


「どうも」


「へへ、男の子を部屋に入れるの初めてで緊張しちゃうな〜〜。あっ、今、お茶淹れるね」


 床に敷かれていたクッションに座ると、すでにテーブルに用意されていたポットとカップに、由乃さんが紅茶を淹れていく。


 ああ、良い香りだなあ……流石、大人の女性。


 奈々子の部屋とはまた違ったゆったりした雰囲気で居心地が良い。


「そうだ。陸翔君。このチョコレート美味しいの。食べてみて」


「え? それは……」


「うん、とっても美味しいチョコなの。食べてみて」


「は、はい」


 由乃さんは箱詰めされていた高そうなチョコレートを満面の笑みで、俺に差出して、テーブルに置いて蓋を開ける。


 これはたしか……。




「陸翔、このチョコ一緒にたべよう。お姉ちゃんが大好きなチョコでめっちゃ、美味しいんだよ。オレンジテイストのチョコなんだ」


「へえ」


 この前、奈々子に呼ばれて、この家に来た時に奈々子は姉が大好きだと言うチョコを俺に差し出し、一緒に食べたのを思い出した。


 由乃さんが今、俺に出したのは、その時のチョコと同じ……ああ、やっぱり姉妹なんだな。



「へへ、このチョコ、オレンジの味がしてね。とっても美味しいの。食べてみて」


「いただきます……」


 前にも奈々子と食べたことがあると、何となく言い出せないまま、由乃さんが差し出したチョコを食べてみる。


 うん、あの時と全く同じ味だ。


 美味しいんだけど……何か複雑な気分だ。



「もしかして、チョコ好きじゃない?」


「そ、そんな訳ないですって。もう、チョコには目が無くて」


「くす、そう。なら、よかった。あ、奈々子の分もちょっとだけ残しておいてね。あの子も、これ好きだから」


「はい」


 ああ、やっぱり由乃さんと話していると、奈々子の話題はどうしても出てきてしまう。


 しかも、食べ物の好みも似ているとか……うーん、奈々子とは違うと思いたいけど、そうは思えないが辛い。



「奈々子とは仲良いんですね」


「まあ、悪くはないよ。奈々子も家ではとってもいい子だし。お姉ちゃんはボーっとしているから、私が見てないと心配だって言って、色々と世話してくれてね」


「へえ」


 家ではお姉さん想いの良い子なんだなと感心していたが、そう言えば、付き合っている時も由乃さんの話はよくしていたのを思い出した。


 はあ……そうなると、奈々子の事はますます由乃さんには相談出来ないな。


 喧嘩していることを話せば、絶対に心配をかけちゃうし、家で奈々子とぎこちなくなるのは確実か。


「あ、あの……奈々子の事、嫌いにならないでとは言わないけど、その……根は悪い子じゃないのよ。ちょっと男子との付き合い方が荒いと言うか、恋愛ってのがよくわかっていないだけだと思うので。って、私もよくわかってないんだけど」


「え……ああ、そう……だと良いですね」


 根は悪い子じゃないか……由乃さんは、奈々子の事に手を焼いているけど、妹としては好きだから、そうフォローするしかないんだろう。


 しかし、俺にとってはかなり凶悪な女なので、今の言葉に首を縦には触れないが辛い。



「そうだ。折角だし、何か映画でも観ようか」


「え? ああ、いいですよ」


「そうそう。えっと、ちょっと待ってね」


 由乃さんはテレビのリモコンを取り出して、Wi-Fiに接続していく。


 どうやら、配信サイトの映画を観ようとしているみたいだが、どんな映画が好きなのかなー。



「えっと、これかな。恋愛映画なんだけどね」


「え?」


 由乃さんが俺と一緒に見ようと言い出した映画がテレビに映し出され、そのタイトルを見て、また言葉を失う。


「少女漫画が原作の映画なんだけどねー。前に奈々子と一緒に見て、凄く面白くて。原作の方も買ったんだよ」


「あ、ああ……そうなんですか」


 由乃さんが俺に面白いと見せてくれた映画――それは前に俺がこの家に来た時、奈々子と一緒に見たのと同じタイトルだった。



「少女漫画原作の映画なんだけどさー。この前、お姉ちゃんと一緒に見てね。すっごくおもしろかったの。陸翔も一緒に見ようよ」



 まるで、奈々子と一緒に居た時の再現をしたかのような状況に少し頭が痛くなる。


 ああ、この二人、本当に仲が良いんだな……俺にとっては最低最悪の元カノだけど、今カノの由乃さんにとっては可愛い妹。


 もし、奈々子との仲が悪くなれば、由乃さんとの関係も……そう考えると、奈々子の事もますます無視できなくなると俺の隣に座って、楽しそうに映画を観ている由乃さんを見て、思ったのであった。


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