第33話 邪魔 side.穂香

 side.穂香


 私は結菜の袖を軽く握りながら、そっと身を寄せた。

 ほんの少しでも、結菜の温もりを感じていたかった。

 指先から伝わる熱が、どこか不安を和らげてくれる気がする。


 でも、それだけでは足りない。


 もっと、もっと近くにいたい。

 もっと結菜を感じたい。


 だから、自然と体を寄せる。

 結菜の肩に、そっと頭を預けるようにして——。


 そんな私の気持ちに応えるように、結菜は小さく息をのんだ。

 その反応が、私の中の焦りを少しだけ静めてくれる。


 けれど、不安は消えない。


 私は、結菜の隣にいるのに。

 こうして触れているのに、それでも心が落ち着かない。


 まるで、何かに急かされているような感覚。

 気持ちが焦げついて、じりじりと焼かれるような、嫌な感覚。


 ——さっき、教室を出ていった子。


 私は思わず、視線を向けてしまった。

 すると、彼女も一瞬だけこちらを見た。


 ほんの一瞬。

 けれど、その一瞬で十分だった。


 まるで、私を意識しているような、そんな視線。


 ……いや、違う。

 意識していたのは、私のほうだ。


 私はあの子のことを何も知らない。

 名前も、どんな性格なのかも、結菜とどういう関係なのかも。


 ただ、一度だけ見たことがある。

 カフェで、結菜と一緒にいた。


 それだけ。

 本当に、それだけのはずなのに。


(……邪魔だな)


 思わずそう思ってしまった瞬間、自分自身に驚いた。


 私は彼女と関わったことすらない。

 言葉を交わしたこともない。


 それなのに、ただ結菜のそばにいるというだけで——

 ただそれだけで、こんなにも強く、嫌な気持ちになるなんて。


(……私、こんなにも独占欲強いんだ)


 この間、結菜に「独占欲強いよね」なんて言ったのに。

 まるで自分は違うみたいな顔をして。


 今の私は、結菜が他の誰かと関わることがこんなにも気に入らない。

 結菜のすべてを知っているのは私だけでいいのに。


 今までは、結菜が他の誰かと関わることなんて考えもしなかった。

 彼女は私だけを見ていた。

 私のことしか見ていなかった。


 だから、こういう気持ちになることすらなかったのに。

 私は、ぎゅっと袖を握る手に力を込めた。


 なのに、どうして。


 私はこんなにも不安で、不快で、焦っているんだろう。

 たった一度、カフェで一緒にいたのを見ただけの相手に。

 何も知らない、名前すら知らない子に。


 ただそれだけで、こんなにも心を乱されるなんて。


「ねえ、結菜」


 だから、今はこうして。

 彼女に触れて、彼女を感じることで、自分の中のざわつきを消そうとする。


「……好き、だよ」


 私のものなのに。

 私だけの、結菜なのに。


 だから、私はもっと強く、彼女のそばにいなきゃいけない。

 そんな思いを込めながら、私はもう一度、彼女の肩に寄り添った。

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