第27話 髪乾かし

 バスタオルを手に取り、穂香の濡れた髪をそっと包む。

 ふわりと香るシャンプーの匂いが、湯気とともに微かに漂ってきた。


 穂香は何も言わず、ただ私に身を預けている。

 浴室を出ても、私の腕に絡みつくように寄り添ったまま離れない。


 「寒くない?」

 「……大丈夫」


 だけど、肩が少し震えているのがわかった。


 私はバスタオルを広げ、穂香の肩にそっとかける。

 自分の分も拭きたいけれど、彼女がこうしてくっついてくる以上、先に穂香を拭いてあげるしかなかった。


 タオルを滑らせるたびに、彼女の温もりがじんわりと伝わってくる。

 それと同時に、いつもよりも強く私に寄りかかってくる感覚があった。


 「髪、もう少し拭くね」

 「……うん」


 目を閉じて、されるがままに身を預けてくる。


 普段なら、こうして私が甘えて身を預ける側なのに。

 今日は穂香の方が何も言わず、ただ静かに私に委ねていた。


 私は少しだけ戸惑いながらも、そんな穂香を抱くように包み込み、バスタオルでそっと髪を押さえた。

 何度か優しく水気を取るうちに、穂香の呼吸がゆっくりと落ち着いていく。


 「……よし、次は服着ないとね」

 「……うん」


 けれど、腕の力は緩めないまま。


 私は苦笑しながらも、穂香をもう一度そっと抱き寄せた。

 こうしてくっつかれるのは、決して嫌じゃない。

 むしろ、少し嬉しくさえある。



 ────



 鏡の前で、私はドライヤーのスイッチを入れた。

 ぶおおお……と低い音が鳴り、温かい風が吹き出す。


 「穂香、座って」


 促すと、穂香は素直に椅子に腰を下ろす。

 私の服の裾をぎゅっと握りしめながら。


 私はその様子に少しだけ微笑み、そっとドライヤーを構えて髪を乾かし始める。


 ドライヤーの熱風が、濡れた髪をなぞっていく。

 ゆっくりと指を通しながら乾かしていくと、穂香の長い髪がさらさらと指の間を滑っていった。


 「気持ちいい?」

 「……うん」


 穂香は静かに目を閉じる。

 でも、その手はまだ私の服の裾を握りしめたままだった。


 私は時折、彼女の髪をふわりと持ち上げながら、熱が均等に当たるように風の向きを調整する。

 こうして彼女の髪を乾かしてあげるのは、なんだか心地いい。

 ……穂香が、私に全てを預けてくれているのが伝わってくるからかもしれない。


 「穂香、今日やけに甘えん坊だね」


 軽くからかうように言ってみる。

 すると、彼女の肩がぴくりと動いた。


 「……やだ?」


 くぐもった声が、髪の間から聞こえる。


 「やじゃないよ。むしろ、嬉しい」


 私はくすっと笑いながら、穂香の頭を撫でる。

 彼女は一瞬びくっとしたけれど、穂香はすぐに顔を伏せた。


 「……結菜、私──」


 ドライヤーの音が響く中で、穂香がぽつりと何かを呟いた。

 けれど、その声はドライヤーの音にかき消されてしまい、私は聞き取れなかった。


 「ん? 何か言った?」

 「……なんでもない」


 穂香は小さくそう言って、目を閉じたまま静かに私の手のひらに身を委ねるのだった。

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