第22話 蕩ける夜

 「ほんとに……?」


 不安を隠しきれない声。


 私は静かに頷く。

 だけど、それだけじゃきっと今の穂香には足りない。

 だから、今度は私から唇を重ねた。


 「……んっ……」


 穂香の肩が小さく揺れる。

 驚いたように息を呑んだ彼女の隙間に、私はそっと舌を差し込む。


 「ふ……ぅ……ん……っ」


 唇を重ねるたび、穂香は切なげに息を漏らす。

 彼女の手が私の背中に回され、ぎゅっと引き寄せられた。

 その力は思いのほか強くて、まるで離れたくないと訴えているようだった。


 「……穂香……」


 名を呼ぶ声が、知らず甘くなる。

 穂香の指が私の首筋に触れ、熱を伝えるように這う。

 その指先が背筋をなぞるたびに、私の肌は敏感に反応する。


 「……もっと……」


 彼女は掠れた声で、懇願するように呟いた。

 まるで私を逃がさないように、腕を強く絡めてくる。


 その必死さが愛しくて、私は彼女の首筋にそっと唇を落とす。

 くすぐるように舌先でなぞると、穂香の体が小さく震えた。


 「や……ぁ……」


 甘く息が漏れる。

 震える指先が、私の背中にしがみつく。


 私はそのまま、ゆっくりと穂香の耳元に口づける。


 「……好きだよ、穂香……」


 そう囁くと、彼女はびくりと肩を震わせた。


 「……っ……結菜……」


 彼女の声は震え、涙が滲んでいた。


 「ずっと、ずっと……私を好きでいて……ね……?」


 掠れる声で告げられるその言葉は、痛いほど真っ直ぐだった。


 「……もちろんだよ」


 私は迷いなく答える。

 その瞬間、穂香は堪えきれないように、再び唇を重ねてきた。


 「……っ、ん……ふ……」


 息もつけないほどに激しく、深く。

 まるで、今この瞬間にすべてを賭けるようなキスだった。


 「……好き……好き……っ」


 泣きそうな声で繰り返しながら、穂香は私を強く抱きしめる。

 その熱が私の胸を焼くように、深く染み込んでいく。


 もう、距離なんていらなかった。

 私たちはただ、互いの存在を確かめるように、求め合い続けた。


 気づけば、私たちはソファの上で互いに深く絡み合っていた。

 熱を帯びた肌が触れ合うたびに、理性は少しずつ溶かされていく。


 穂香の唇は何度も私を求めて、離れない。

 腕は力強く私を抱きしめ、逃がさないように絡みつく。

 その指先は震えていて、それでも決して緩めようとしなかった。


 ——まるで、私を手放すことを恐れているように。


 「……結菜……っ」


 掠れた声で名前を呼ばれるたび、胸が痛いほど締めつけられる。


 ふと、思った。

 数日前までは、私のほうが穂香を縛っていた。

 誰にも渡したくなくて、彼女のすべてを自分だけのものにしたくて。

 私は彼女に甘えて、独占して、何度も求めた。


 だけど今は——


 逆だ。


 穂香は必死だった。

 私を逃がさないように、まるで縋るように抱きしめる。

 爪が肌に食い込むほどに強くしがみついてくるその力に、胸が疼いた。


 私が穂香を離さなかったはずなのに。

 今は穂香が、私を手放そうとしない。


 「……ずっと、そばにいるよ」


 耳元でそう囁くと、穂香は泣きそうな声で「……うん」と返した。

 声が震えているのが、あまりにも愛しくて、私は彼女の頬に唇を落とす。


 もう一度、触れる。

 また触れて——

 そのたびに穂香は小さく息を漏らし、私を求めて縋りついた。


 「ねぇ……結菜……」


 彼女はそっと私の頬に触れ、潤んだ瞳で見つめる。

 その瞳は、切なさと、ほんのわずかな熱を帯びていた。


 「……今夜は……離さないで……?」


 その言葉は、消え入りそうなほどか細かったのに、私の胸を強く揺さぶった。


 「……うん」


 もう、拒む理由なんてなかった。


 私は穂香の背にそっと手を回し、抱き寄せる。

 細い肩が震えているのを感じながら、そっと耳元に唇を寄せた。


 「……今夜はずっと一緒だよ」


 囁くように告げると、穂香は小さく頷き、安心したように頬を寄せてきた。


 私たちはお互いの体温を感じながら、ゆっくりとソファから立ち上がった。


 穂香は私の手を握ったまま、まるで頼るように体を寄せてくる。

 足元がおぼつかないのか、彼女の膝がふと私の足に触れた。

 それでも離れようとせず、ぎゅっと指を絡めてくる。

 

 寝室へと続く廊下を歩く間も、彼女の体は私に寄り添い続けた。

 腕を絡めるようにして歩くそのたびに、肩が触れ合い、熱が伝わる。


 穂香は私の指を強く握りしめた。

 私はそっと微笑むと、その手をしっかりと握り返しながら、穂香と一緒に部屋の中へと消えていった。


 今夜は——もう、どこにも逃げない。

 互いの存在を確かめるように、私たちは静かに夜に溶けていった。

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