束縛をやめて、他人と関わり始めたら彼女が病んだ

ハゲダチ

第1話 日常

 チャイムが鳴ると同時に私、七瀬ななせ結菜ゆなは自身の席を立ち上がった。

 向かう先は決まっている。

 自分のクラスに留まる理由なんてない。


 私がいるべき場所は、私の最愛の彼女である白石しらいし穂香ほのかの隣だ。


 自分のクラスを足早に飛び出し、廊下を歩く。二組の教室までは数歩の距離。それでも、その短い時間すらもどかしい。


 扉の前に立ち、勢いよく開ける。

 すぐに目を走らせ、彼女の姿を探す。


 やっぱり今日も、数人のクラスメイトに囲まれていた。


 ——見慣れた光景。


 誰かが穂香に話しかけ、笑い合う。そのたびに、胸がざわつく。

 迷わず歩を進める。無駄に人を避けるつもりはない。まっすぐに穂香のもとへ向かう。


 途中、穂香に近づこうとしていた男子生徒と目が合った。


 私はそいつの事をじっと睨む。


 すると、相手はビクッと肩を震わせ、視線を逸らし、その場を離れていった。


 それだけでは終わらない。


 穂香の周りにいた他のクラスメイトたちも、私の存在に気づくと、次第に視線を交わし合いながら、少しずつ距離を取っていく。


 私は何も言わない。ただ、視線を向けるだけ。

 それだけで十分だった。


 気づけば、穂香の隣には私だけが残っていた。


「結菜……また睨んだ?」


 穂香が少し困ったような顔で私を見つめる。


「……だって、あんなに近づいてたから」

「ただ話してただけだよ」

「でも、嫌だった」


 私は唇を尖らせる。穂香はため息をつきながらも、苦笑し、私の頭を撫でた。


「もう……仕方ないなぁ」


 その仕草に、少しだけ気が緩む。

 だけど、独占欲が消えるわけじゃない。


「穂香、あーんして」


 私は彼女の手からパンを取り、一口サイズにちぎる。そして、穂香の口元へ持っていった。


「えっ……こんなところで?」

「ダメ?」


 じっと見つめると、穂香は少しだけ恥ずかしそうにしながら、小さく口を開けた。


「……あーん」


 穂香が私の手からパンを食べる。その仕草が可愛くて、思わず頬が緩む。


「穂香、可愛い」

「もう……みんな見てるよ」

「別にいいよ。皆に穂香は私のものだって見せつけるだけだから」


 そう言いながら、私は彼女の手をそっと握る。穂香の頬が少し赤くなった。


「……結菜って、本当に独占欲強いよね」

「当たり前でしょ?だって穂香は私のものなんだから」


 私はそのまま彼女の肩に寄りかかる。穂香は戸惑ったような顔をしたが、それでも突き放すことはなかった。


「はぁ……しょうがないなぁ」


 彼女は優しく、私の頭を撫でてくれる。その手のぬくもりに安心しながら、私はそっと目を閉じた。


 ——このままずっと、穂香だけが私を見てくれたらいいのに。


 そして十数分後、チャイムが鳴った。


「そろそろ戻らないとね、結菜」

「……やだ」

「授業始まっちゃうよ?」


 穂香は苦笑しながら、私の腕を軽く叩く。

 その仕草が可愛くて、私は少しだけ唇を尖らせた。


「放課後も迎えに行くからね」

「うん、わかった」


 穂香の微笑みを独り占めしたい気持ちを抑えながら、私はしぶしぶ教室へ戻った。

 足取りは重い。廊下を歩くたびに、穂香の温もりが遠ざかるようで、何度も振り返りそうになる。


 それでも何とか教室へ戻ると、クラスメイトである鷹宮たかみや詩織しおりがこちらを見ていた。


「おかえり、七瀬さん。今日も白石さんのところに行ってたの?」


 彼女は穏やかな笑みを浮かべながら言った。


「……何?」

「ううん。ただ、貴方たちの関係ってすごく素敵だなって」


 詩織は静かに微笑みながら、私の隣の席に腰を下ろした。


「七瀬さんって、いつも白石さんのところに行くよね。羨ましいなぁ、そんなに一途に思える人がいるのって」

「別に……」


 私は適当に言葉を濁しながら、椅子を引いて腰を下ろした。そして、肘をついて視線をそらす。詩織はそれを気にする様子もなく、机の上に頬杖をついて私を見ていた。


「ふふ、白石さんのこと、本当に大好きなんだね」


 ただの世間話。何の含みもない、ただのクラスメイトの言葉。


 私は適当に相槌を打ち、窓の外に目を向ける。詩織はそれでも何か話したそうにこちらを見ていたが、私は特に興味もないので無視する。


 それでも話しかけてくる変な人——。


 そんな認識を抱きながら、私は授業の始まりを待った。

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