光をくれた貴方へ

小春凪なな

貴女は幸せでしたか?

「貴女は幸せでしたか?」


 長い廊下を歩く私の後ろから問われた。

 私は返事を返さない。

 君も返事は求めていなかったのか間を置かずに話し出した。


「私は貴女の騎士に任命された時、とても不幸だと思いましたよ。指名で断れないのが、また…」


 歯に衣着せぬ物言いどころか積極的に言葉のナイフを突き立てていくスタイルの君は大きなため息を吐く。


「憂鬱な貴女との顔合わせの日は憎らしい程の晴天でしたね。庭で待つ私の前に泥だらけになって現れた貴女を見て顎が外れかけました」


 グチグチと、こんな日なのに、こんな日だからか君の言葉は止まらない。


「それからというもの、隙あらば私の目を盗んで木登りにお菓子のつまみ食い……他にも沢山。毎回怒られるのは私なんですよ?」


 お陰で良い思い出が沢山出来た。と言うのは嫌味に聞こえるだろうか。


「…貴女はこのままで宜しいのですか?」


 不意に君は問い掛けた。最初と違ってその言葉に笑顔で返す。


「もちろん。それが私の役目ですから」


 世界は悪意が具現化した存在で溢れている。人々は結界が張られたこの国の外には出られない。

 国の命ともとれる結界は1人の純粋な魂が聖句を唱え命を捧げることで保てる。純粋な魂を持つ者には証となる痣があり、今代は私。

 そして君は私が悪意に殺されないようにする騎士であり、逃げないようにするお目付け役。

 驚いた顔をした君は少し気まずそうに視線を反らした。口と同じく素直なのだ。


 だから、騎士に指名した。


 君は覚えていないかな。ずっと昔、まだ私が己の使命を知って絶望し、囲われた庭から逃げ出した時、私は外で命の輝きを知った。誰もがキラキラして生きていた。確かに苦しい事もあるのだろう。でも、仮面のような微笑みと言葉に囲まれて育った私には全てが尊く見えて…より深く絶望した。私はこの輪の中に、一生入れないのだと。


「どうかしたの?迷子?」


 そんな時に君は声を掛けてくれた。


「…私も普通に生まれたかった。どうして私なの?誰か、替わってよ…!」

「替われない。僕は君じゃないから」


 君はとても素直で残酷に言った。でも、驚いて顔を上げた私を君は真っ直ぐに見つめてくれた。


「君は嫌なことがあって、それを嘆くだけなのか?どうにかする努力はしたのか?」

「したって意味ないもん!」

「本当に?それは何か試して言っているのか?」

「それは…」

「僕は今、騎士になろうとしている。結界守の騎士だ。だが、僕の家は貧乏で大人も子供もお前には無理だと言ってくる。だが、彼らは言うだけだ。本当に無理なのか調べて、試して言っているわけじゃない。だから気にしない」


 真っ直ぐに私の目を見て、スラスラと話す君は眩しかった。


「…だが僕だって本当に出来ると言えるわけじゃない。でも、挑戦する。僕が出来る全力でやる。それでダメだったら、諦める。だから、えっと…僕も頑張るんだ。君だって頑張ってくれ。辛くなったら、話くらいなら聞ける。解決はわからないが………」


 途中から自信をなくしてしまったのか段々声が小さくなってしまった。

 確かに、君は解決出来なかった。でも、あの言葉は絶望していた私にほんの少しの希望を与えてくれた。

 それから頑張った。私が見れる限りの資料や伝承等の本を読んだ。これ以上ない。と君に自信を持って言えるように。

 君が騎士になって、私の護衛候補になったと知ってすぐに指名した。ちょっとズルになるかもしれないが、まぁ候補に上がったのは君の実力だ。セーフでしょ。

 今日を向かえるまでの日々はそれはそれは輝いていた。

 それががあるから、私は絶望に立ち向かえる。

 廊下の終わり、大きく威圧感のある扉に着いた。この先は私しか入れず、2度と出ることはない。


「貴女が望むなら私は…!」

「結界は、数十年周期で弱り、その度に新たに純粋な魂を捧げてきた」


 君の言葉を意図的に遮る。今日が来るまで、君は隙あらば何かを言おうとしていた。でも私は言わせなかった。

 証の反応で開く扉の中に、足を踏み入れる。

 もう、引き返せない。


「たった1人の犠牲でその他大勢が救われる。それでいいじゃない。みんなが幸せなら」

「でも、貴女は…!」

「…そんな清らかだったら良かったのにね」


 振り返ると何時も険しい顔の君が呆けた顔になっていて少し笑みが溢れる。


「私はそうは思えない。その1人だから。辛さを知っているから。

 沢山調べて、1つの光明を得た。でも、私の命を捧げるのは変えられない。でも、これから先の犠牲は無くせる。

 私の命を、魂を引き換えにして結界の仕組みを変える。全ての国民の『希望』を糧にするように」


 成功したら私は悪女と罵られるだろう。それでも良い。これが私の答えだから。

 言葉を無くして立ち尽くしている君に貴方のお陰だと言いたいけれど、それはガマンする。

 代わりにゆっくりと閉じていく扉の先にいる君に問いかける。


「私と一緒にいて、過ごして…君は幸せでしたか?」


 君は頷いてくれたから私も幸せだったと言えるよ。

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光をくれた貴方へ 小春凪なな @koharunagi72

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