異世界村

神野咲羅(元神野沙羅)

第1話

 初夏の夜、僕は山道を走るワゴン車の中にいた。


 助手席で車窓から見える景色をずっと眺めている。しばらく前から目に映る建物などの数がどんどん減っていき、ついには自然だけになった。


 もう少し山を下れば漁村があったりするが、この辺の地域は過疎化が進んでいるし、所謂ど田舎だ。


 車内は通夜の帰りかのように静まり返っている。


 三列シートの一番奥には三人の女性、二列目には男性二人が座っている。


 太っていて年齢不詳の女性、ゴスロリのような格好の女性、もう一人の女性はぱっと見普通だ。


 男性の方も一人は普通だが、もう一人はホームレスに見えなくもない小汚いおじさんだ。


 そして僕の隣で運転を担っているのは、河原凌(かわはらりょう)さん。


 全員と初対面だが、凌さんとはSNSなどでたくさんやり取りをしたため、ある程度の情報はあるし、ほんの少しだけ身近に感じる。


 彼はSNSであることを発信していた。


 ″泉村″(いずみむら)


 その村はかつて実在していたらしい。しかし、地図には載っていない。


 1950年代に設立し、三十年近く前に廃村になったらしい。


 しかし凌さんいわく、今でも行けるという。


 異世界のその村に……。





「もうすぐ着くからね」凌さんが言った。


 そう、僕達は泉村という異世界に向かっているんだ。





「村に着いたら、村の中央にある集会所に向かってほしい。昨日連れて行った人達も集まっていると思うから、自己紹介とかしておこう」凌さんは後ろまでギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で続けた。


 やっぱり先客がいるのか。


「何人いるんですか?」あんまり興味はないが、一応聞いてみた。


「十一人かな?昨日、ニ回に分けて送って行ったよ」


 凌さんは苦笑いのような笑みを浮かべたが、そんなに苦痛や疲弊は感じない。


 凌さんの職業は投資家。と言っても、数年前、一晩で億レベルの大金を得てからはかなりゆるくやっているらしい。


 まだ三十七歳なのに。凄いとしか言いようがない。


 そういう僕はまだ二十歳だが、後何十年、いや、何百年経ったって、そんな成功をおさめる自信なんてない。


 僕は昔から何をやっても駄目で、何にもできやしない……。


 特別不細工ではないと思うが、見た目もパッとしないし、勉強も運動もできない。


 少し前にバイトをクビになって、現在無職。

 

「連(れん)くん?大丈夫?」


 また嫌な記憶が次々と押し寄せそうになったが、凌さんの声に救われた。


「大丈夫です!」


 車が右折して、脇道に入った。


 一方通行でもおかしくないぐらいの狭い道だ。舗装はされている。


 踏み切りがあった。ローカル線だろうか。既に廃線になっているような様子だ。


 右側にトンネルのようなものも見えた。


 そして踏み切りを渡ってしばらくすると、車がとまった。


 目的地に着いたみたいだ。







 車から降りた僕達の前に立ちはだかるのは、背の高いフェンスの壁。


 それには扉がついている。なぜか南京錠などの鍵はついていない。


 そして一番上には、刺々しい有刺鉄線が張り巡らされている。


「すごっ……」ゴスロリ女が呟いた。


「扉にはまだ触らないでね。


後、スマホとか、電子機器は持って来てないよね?」


「俺は元々持ってないぞ」おじさんが言った。


 それと同時ぐらいに僕が「はい」と答え、ゴスロリ女も「うん」と言った。


 後の三人も頷いた。


「霧も出てるし……大丈夫そうだね」


 フェンスの向こうは真っ直ぐな坂になっていて、頂上とおぼしき部分には深い霧が漂っている。


 泉村に行くためには第一段階として、色々な条件があるみたいだ。


 スマホなんていらない。他のみんなもおそらくそうだろう。


 泉村に行きたいと思った人間なんて、消えてしまいたいけど死ぬ勇気はない者か、何かから逃げたい者か、あるいはその両方か、だと僕は思う。


 泉村はおそらく幽界に区分されると思う。


 村として機能していた頃の状態で存在しているという。


 きっと、かつての村人達の遺志や未練などが作り出した世界なのだろう。


 無論、亡くなった村人達の魂なども彷徨っているのだろう。


 そして、新しい住人を誘い入れている……。


 しかし村に入ったからといって、死ぬわけではないらしい。


 腹も減るし、年もとるらしい。


 でも、あくまで幽界だ。


 泉村に行くということは、生と死の狭間に立つということ。僕はそう考えている。


 そして、自分の今までの人生を放棄するということだと……。


 だって……。


「ここまで来てあれだけど、最終確認するね」


 その一言で全員が凌さんを見た。


「俺は本当に望んでいる人にしか行ってほしくない。


だって、泉村から帰還する方法はわかっていない。


二度と戻れないと思った方がいい。


わかっているよね?


それでも本当に行きますか?」


 一年程前、凌さんの知り合いが泉村に辿り着いたらしい。


 でもしばらくして、その人は気が付くとなぜか顕界に戻っていた。


 もう一度泉村に向かったが、行けなかった。


 その人は絶望に勝てず、自ら命を絶ったという。


 異世界で生活がしたい。亡くなった知り合いと同じ望みを持つ人達の手助けをしようと、凌さんは思ったらしい。


 それが弔いになると。


 それに凌さん自身も泉村に興味があるし、退屈な日常を変えたかった、とも言っていた。


「私は行くよ。私見た目こんなんで嫌なことばっかだし、なんか疲れちゃった」年齢不詳女は言った。


 カジュアルな服装に、化粧っ気のない顔、ボサボサの黒髪。そして、横に大きい身体。既に女でいることを諦めているのだろうか。


 しかしよく見ると、肌に若さが残存している。


「私も行く。私も嫌なことばっかで病んじゃってさ」


 ゴスロリ女も少しぽっちゃりしている。


「私は……夫のDVが酷くて……このままだと殺されちゃう……だから行きます」


 そう言った女性は少し地味だが清潔感があって、白い服と綺麗にまとめた髪が似合っていた。


「俺も行くぞ。借金取りに殴られてるとこを凌くんに助けてもらってよ、泉村の話を聞いたんだ。もう臓器売るか、村に行くしかないんだよ」


 おじさんはなぜか笑みを浮かべていた。笑い事ではない。


 そして、やはり歯がなかった。


「自分も……もう生きていたってしかたないんで……」


 この男性からは生気が一切感じられない。


「連くんは?どうする?」


 気が付くと、返答していないのは僕だけだった。


 僕の答えはとっくに決まっているし、微塵の迷いもない。


 でも、一つだけ言いたいことがあった。


「……凌さんも一緒に行きませんか?」


 凌さんは特別男前というわけではないが、シュッとしていてかっこいい。少なくとも僕よりはかっこいい。


 大きい車を難なく運転できるところにも憧れる。


 投資家として成功し、財力もある。


 泉村に行くような人じゃないのはわかっている。


 でも凌さんが一緒に行ってくれたら、なんとなく心強いんだ。


 それになんだろう……凌さんからは憂いのようなものを感じる。何かを抱えているような気がする。


 それも含めて僕は、今日初めて会った凌さんに惹かれてしまった。


 だからこの誘いは告白のようなものでもある。


 ちなみに僕はゲイではない。


「……連くん……ごめんね」


 本当に振られたような瞬間になってしまった。


「俺にはもう少し、やることがあるんだ……」


 やること?なんだろう?それが終わったら泉村に行きたいと思っているのだろうか?


 疑問が溢れ出しそうになったが、なんとか飲み込んだ。


「ですよね!わかりました!」


 そして、そう言った。


「なんか連くんって……昔の俺に似てるかも」


 凌さんの言葉に耳を疑った。


「凌さんと僕が?どこがですか?僕は凌さんみたいに魅力的じゃないし……勝ち組じゃない」


「連くんにだって連くんの魅力があると思うよ。それに……俺は勝ち組なんかじゃないよ」


 そう言って力無く笑った凌さんは、確かに憂いを帯びていた。


 僕達が似ていると言うのなら、凌さんにもあるのだろうか……。


 決して癒えることのない心の傷が……。


 人に言えないような忌々しい過去が……。





「あのー、邪魔するようで悪いんだけど、ちょっといいですか?」ゴスロリ女がにやにやしながら言った。


 おそらく僕のことをゲイだと思っているし、絶対にからかっている。


「DMで色々聞いたけど、一つだけ聞き忘れたことがあって……」


「うん、何?」


「もし泉村で死んだら、その後はどうなるの?」


 僕は斬新な質問だと思った。


 凌さんは少し考えるような仕草をしたが、わりとすぐに答えた。


「さぁ……聞いたことないからわからないや。ごめんね」


 まぁ、そうだろう。前例がないだろうし、あったとしてもどうなったか死人に聞けるわけがない。僕はそう思った。





「じゃあそろそろ、儀式を始めようか」


 凌さんの言葉に全員が賛同した。


「例の紙切れを出して」


 そして、全員が少なめの荷物から紙切れを出した。


 ただの紙切れではない。


 白い紙切れに自分の名前を書いて、七日間、枕の下に入れるなどして共に寝たものだ。


 おそらく身代わりのようなものだろう。


 幽界に生身の人間がズカズカと入れるとは思えない。


 魂を紙切れにも宿して、肉体はおまけのような感じでしれっと入るのだろう。


「横に一列に並んで、紙切れは身体の前に出すように持ってね」


 僕達の準備は整った。


 フェンス越しに坂の上を見た。

 

 相変わらず深い霧で何も見えない。


 でもあの向こうに泉村がある。きっと。


 凌さんは線香を焚きはじめた。


「目を瞑って、泉村に行きたいと強く願って」


 たぶん心の中で願えばいいのだが、ぶつぶつ呟いている者もいたし、おじさんなんかはわりと大きい声を出していた。


「目を開けて」


 目を開けたが、何か変わったのだろうかと疑問がわいた。


「うん、大丈夫だと思う。


坂を登り切って村に着くまでは、紙切れから手を離したり、紙切れを後ろにやらないように気を付けてね」


 凌さんはそう言うと扉を開けてくれたが、老朽化かのせいか不気味な音が響き渡った。


「いってらっしゃい」


 魅惑的な笑みだった。


 凌さん……さようなら……。

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