第8話 リスナーたち
「このゲーム、今日はここまでにしようかな」
pico_chan:おつさや
関西人やけど:おつ
ちえぴ:おつ
黒井メロン:おつさや
¥1000 乳首ぴんこ:さーやお疲れ様
東雲さんだ、と思う。
今日はバイト休みだろう。
この間迷惑かけてしまったけど、まだ配信を見てくれているらしい。
「まだ少し早いし、ちょっとだけ雑談配信してもいい?」
ちえぴ:珍しい
乳首ぴんこ:いいよ
「実は、最近色々あって、家族や知り合いの人に迷惑かけちゃったんだよね」
青柳(犬好き):色々?
naoya_110:話聞くよ
関西人やけど:キモコメやめろ
「コンビニで以前色々あった人と偶然再会しちゃって。辛い記憶が蘇って動けなくなっちゃったんだ。それで今はしばらく外出控えてるんだけど」
青柳(犬好き):嫌いなやつか
関西人やけど:俺も似たような経験したことあるわ
「みんなは昔の嫌な思い出とかあったりする?」
黒井メロン:無限にあるが
関西人やけど:先生「じゃあ二人組作れ」
青柳(犬好き):学校のこと思い出させるな
ちえぴ:仕事ですごいパワハラにあって鬱になったことあったなぁ
「それってすぐに乗り越えられた?」
黒井メロン:無理
青柳(犬好き):今もたまに思い出す
pico_chan:10年くらい経ったら多少は薄れるかも
「やっぱり辛い記憶って、乗り越えるのに時間がかかるよね」
pico_chan:乗り越えるって言うより同居するほうが近い気がする
ちえぴ:分かる。そのまま抱えて生きるよ
「ごめんね、ちょっと愚痴っちゃった。話聞いてくれてありがと」
関西人やけど:ええで
ちえぴ:さーやの身の上話珍しいから聞けてよかった
青柳(犬好き):さーやも人間か。いつも淡々とゲームしててAI女子かと思ってた
「誰がAI女子だよ。じゃあ今日の配信はここまで。またね」
◯
配信を閉じたことを確認して、ふっとゲーミングチェアに体を預ける。
ギシリと音が鳴って、背もたれが私を支えた。
何となく天井を見上げる。
「色んな人がいるんだな……」
コメント欄を眺めながら、私は呟く。
こうして向き合ってみると、本当に人の人生ってバラバラだ。
東雲さんと出会ってから、少しずつリスナーの見え方が変わった。
前まではゲーム配信に突っ込んでくれるAIくらいにしか思ってなかったのに、今はコメントをしてくれる一人ひとりに人生や生活があるんだって思えるようになった。
今まではリスナーに興味がなかったから、自分のことを話そうと思えなかったけど。
少しだけ、歩み寄りたいと思えるようになった。
急に雑談なんてしてしたのはそのためだ。
そういえば、私のXの配信者アカウントにも千人くらいフォロワーがいる。
今日コメントしてくれた人も、フォロワーにいるだろうか。
ふと気になった。
何となく申し訳ない気持ちになりながらも、興味本位で上から順にアカウントを覗いてみた。
私の配信を見てくれている人が、普段どんな呟きをしているのかを知りたかった。
ポチリポチリとアカウントを眺めていると、不意にコンコン、とドアがノックされる。
「はい」と返事すると、兄の
「今からコンビニ行くけど、プリンでいいか」
「うん、ありがと」
「あとで金返せよ」
「ケチ」
「ふざけろ」
今は深夜四時だ。
いつもの私の配信が終わる時間。
通常、この時間に私の付き添い以外で兄がコンビニ行くことはない。
先日のこともあったから、たぶん私を気遣ってくれてるんだ。
家族はイジメられていた私のことを大切にしてくれている。
家に引きこもってゲームしているだけなのに、配信活動を応援してくれている。
ありがたいことだな、というのは分かっている。
だからこそ心配かけたくないのに、上手く行かないものだ。
こういう時、自分が子どもであることを実感する。
せめて何か目標みたいなのが見つけられれば良いのだけど。
正直、今はそんなメンタル的な余裕はない。
さっきコメントがあったし、今日は東雲さんもバイト休みだろう。
そう思いながら画面を見ると、見覚えのあるXのアカウント画像が目に入った。
モジャモジャした髪型の女の子が真顔でこちらを向いているイラストが描かれている。
プロが描いたような、可愛らしいイラストだ。
ハンドルネームは『りん』と書かれていた。
「どこで見たんだっけ、これ」
呟いて思い出す。
乳首ぴんこの画像だ。
配信サイトではプロフ画像が縮小されるためすぐには思い出せなかった。
でも色合いや見た感じの印象は同じだ。
何となく悪いなと思いながらもポストに目を通してしまう。
『さーやの配信今日も癒やされる。バイト頑張ろう』
『今日は色々あって疲れた。帰ってさーやのアーカイブでもみよう』
『つらい仕事も帰ったらさーやが見れるって思ったら頑張れるぞー』
『りん』の投稿はさーやに関する話題ばかりだ。
更に過去を追ってみる。
『今日信じられないことがあった。奇跡かもしれない』
そのポストがされていたのは、私が東雲さんと初めて会った日だ。
私が身バレした日も、彼女からしたら推しと出会えた特別な日なんだろう。
「この人、私のことが本当に好きなんだな……」
何となく呟くと、あるポストが目に留まる。
『イラストずっと練習しているけど、投稿しようか迷う。まだ踏ん切りがつかないなぁ』
「東雲さん、イラストなんて描くんだ」
それは、私の知らない彼女の姿だった。
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