2話 黒衣の旅人、来たる

 サカキは走る。

 里山に通じる道を。

 亜麻の畑を超え、原野を抜け、西の御山を目指す。

 息を切らせながら、でも足は止まらない。

 

 アクリは、その三十歩ほどを後ろを追いかける。

 背負った編かごが邪魔になり、それを捨てる。

 その時に――見たことのない物が道端に落ちていることに気付く。


「サカキ! よそ者だ!」

 アクリは叫ぶ。

「よそ者がいる! 悪い奴らかも知れない!」


 しかし、サカキには声は届かない。

 近付く御山しか目に入らない。

 風が運ぶ『呻き声』しか聴こえない。



 西の御山は、濃い草色に染まっている。

 周りの草の丈も高くなり、サカキの肩から下を覆い隠す。

 おやしろに続く一本道には目もくれず、高い草を掻き分ける。




 その先の、大きな岩の手前に、一頭の熊がうずくまっていた。

 背に数本の矢が刺さっている。


「……ヤマさま!」

 サカキは駆け寄り、泡を吐いている雌熊に駆け寄る。

 触れると、手のひらに赤黒い血が付いた。


「……ひどい……」

 矢は太く、矢羽根は見覚えのない黒色だ。

 


「……ふん。ガキだったか」


 ドス黒い声だった。

 ほとばしる悪意に首の後ろか逆立った。


 草を踏み分け、男たちは姿を現した。

 全部で八人らしい。

 直垂ひたたれに括り袴と云う出で立ちで、頭に薄汚れた布を巻いている。

 

「……ひゃ、さ、き……」


 アクリが呻いた。

 長身で痩せた男が、アクリの腕を後ろに捻じり、口を押さえている。


 サカキは、八人の中の最も小柄な男を睨み付けた。

 構えているから刀の柄には、血錆がこびり付いている。

 数多の断末魔が胸をえぐり、吐き気が込み上げたが怯みはしない。


「……あんたが頭領か?」

「……ほぉ……」

 

 男は、ヒュッと口を鳴らした。

「売っぱらうつもりだったが、勿体ねえ。五年もすりゃ、使い物になりそうだ」

「……あんたらがヤマさまを撃った!」


 サカキは吐き捨てた。

 横にいる男の矢籠には、黒羽根の矢が収まっている。

 だが、大切なものを傷付けた賊に屈服することは出来ない。

 腰帯に差していた刀子とうすを抜く。

 物を切るときに使う小ぶりな刀だ。


「許さない! 私と闘え!」

 

「はいはい。お前ら、熊の皮をはいで持って行くぞ。ガキどもは売っぱらおう」

「下郎が!」


 サカキは、刀子とうすを構えて頭領に突進する。

 だが、手下のひとりに呆気なく羽交い絞めにされた。

 

「嬢ちゃん、かわいいねえ」

 男たちは笑った。

 アクリは顔を真っ赤にして足を前後に振るが、状況を好転させることは出来ない。

 

 小柄な頭領は、黄ばんだ歯を剥く。

「おい、ガキどもの服は汚すなよ。売り物になるからな。上物の麻だぞ」

「東の村のガキですかねえ」

「ついでに、村の麻をいただくとするか。晴れ上がったぼうずの顔を見れば、快く渡してくださるよなあ?」


 男どもは笑い、サカキは唇を噛む。

 このままでは、村が焼かれる。

 全員、殺されるかも知れない。


「悪党が! 呪ってやる!」


 叫んだが、男たちの笑いは止まらない。



「……物騒な言葉は口にせぬがよろし」


 ゆったりした低めの女性の声が、笑い声を遮った。

 全員が糸で摘ままれたような顔で、声を目で追った。


 いつの間に現れたのか――旅装束の尼と僧が、笑みを浮かべて立っている。

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