第28話 縁結びの木の怪(5)

 長谷はせさんのSNSの最新のコメントは全て誰かへの謝罪文だった。

 縁結びの神様のお陰で彼氏をつくることができ、幸せの真っただ中にいるはずの長谷さんがなぜこんなことになってしまったのか。

 縁結びの木は学校内の人間関係を壊すだけでなく、祈った者の心にも影響を及ぼし始めている。非常に危ない状況にあり、普通の女子高生が対処できるようなことではなくなっていた。


「長谷さん……何があったの?」

「分かんない……。電話してもまともに話せなくて。ただ『神様に謝らなくちゃ。許してもらわなくちゃ』ってそれだけ……」


 佐野さんはスマホを両手で握りしめて震えていた。私達がこうして話している間にも佐野さんのSNSに謝罪のメッセージが投稿され続けている。


「ねえ藤堂さん……皆の身に何が起きてるの?」

「……何かと縁を結んでしまったんだと思う」

「何かって……何?」


 佐野さんが恐る恐る私に問いかける。


「……繋がってはいけない……何か」


 まだ私には今回の怪異の正体が見えていない。だからどうにかしたくてもどうすればいいのか分からないのが現状だ。


「駒井先生も縁結びの木の影響を受けていて話が聞けそうになかった。確認したら理事長もいなくて」

「え?じゃあ私達、どうするの?誰にも助けを求めずに何とかするしかないの?それともお祓いの人を呼ぶ?」

「……お祓いってお金がかかるし、信頼できる人を探すのも大変だと思う」

「どうすれば皆を……陽向ひなたを元に戻せるの?私、陽向とこのままなんてやだ!」


 私は佐野さんに急かされて思考を巡らせた。悠長に構えている時間もなさそうだ。


「手っ取り早い方法がひとつある」


 佐野さんを落ち着かせるように私は人差し指を立てた。


「実際に縁結びの木に赤い布を結んで怪異を体験する……。そうすれば、皆と繋がった何かがわかるかもしれない」

「そんなの……危ないじゃん!幽霊に憑りつかれておかしくなったら。そもそも誰がそんな犠牲になるようなことするの?」

「大丈夫。実際にやるのは私だから」

「え……?」


 佐野さんが瞬きを繰り返す。


「何かあった時は……よろしく」


 私はそれだけ言うと佐野さんを通り過ぎて階段を下りようとした。


「ちょっと!美織みおりにはこのこと伝えたの?」


 今いちばん考えたくない相手の名前を聞いて私は深いため息を吐く。


「言ってない。佐野さんも落合さんには黙っててね。絶対止められるから。もし私に何かあったらその時は……落合さんに全て打ち明けて。ふたりでどうにかして」

「そんないい加減な……。遺言みたいなこと言わないでよ!」


 佐野さんの声が震えている。スマホを両手で握りしめて心細そうにしていた。


「遺言か……そうかもしれない」


 今回の件は本当に危ない。数多くの心霊現象動画を見てきたから分かる。それにも関わらず私は自ら心霊現象に巻き込まれようとしていた。


 怖いけど知りたい。

 危ないけど足を踏み入れたい。


 心霊現象を解明したいという好奇心に抗うことができなかった。こんな時でも人のために行動することのできない自分に呆れて、笑えた。


 「縁結びの木信仰」という異様な慣習が学校で流行り始めても授業は滞りなく行われる。逆に授業が縁結びの木に憑りつかれた者達を「日常」に戻す物として機能していた。

 駒井先生も昨日の相談室での出来事がなかったかかのように普段通りだ。私を見る目に憎しみや妬みは一切ない。それが逆に不気味で、奇妙な感覚に陥る。昨日のことは私の勘違いだったのか……。だからと言って再び昨日のことを問いただす勇気はない。


「今日は何か心霊調査ある?なければ生徒会活動の方に行くけど……」


 放課後、落合が聞いてくる。


「ううん。特に何も。家で心霊現象の分析でも続けるよ」


 何とはない風に答えると落合はふーんと納得したようだった。まさかこれから旧校舎で赤い布を探して木に結びつけて怪異の実証実験をします、なんて言えるはずがない。


「そっか。気を付けてね!」


 いつもの王子スマイルで手を振ると、赤いお守りを揺らしながら教室を出て行った。私は落合が出て行くのを確認すると静かに旧校舎へ向かう。



 旧校舎は100年前の建築様式を今に伝える重要建築物として開放されていた。時々一般人の見学を受け入れている日もある。補強工事も施され、安全性は問題ない。

 整備されているとはいえ、ひとりで木造の旧校舎を歩き回るのは緊張する。旧校舎は木造の2階建てで、屋根は瓦だ。新しい校舎は明るい白壁だが焦げ茶色の木々を基調とした旧校舎の全体像は暗い。昔は東西に別館があったらしいが今はこじんまりとした本館を残すのみとなっている。

 1年生のオリエンテーションで必ず旧校舎の見学がある。私の頭の中に旧校舎の地図がなんとなく残っていた。

 靴を脱いで靴下のまま足を踏み入れるとギイッと木がきしむ音が廊下に響き渡る。窓の作りも不思議で、障子のような格子状になっており、夏の日差しを容赦なく取り込んでいた。

 旧校舎に冷暖房はない。私は首からハンディファンを下げながら散策することにする。ブーンという虫の羽音のようなハンディファン音だけが周囲に響く。

 ここだけ現代から切り取られてしまったような……あるいは私がタイムスリップしてきたような。時代から取り残された寂しさを感じる。

 外から部活動でグラウンドを走る生徒達の声と蝉の音が微かに聞こえてくることで、辛うじてここは現代の日本なのだと認識していられる。

 本当に赤い布なんて落ちているんだろうか?私は半信半疑で旧校舎を探索しはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る