第24話 縁結びの木の怪(1)

 教室内の雰囲気がいつもと違う気がするのは夏休みが近いからだろうか。それとも……別の何かのせいか。

 お弁当の包みを広げると私は教室の中にいる生徒の数が少ないことに気が付いた。


「メロンパンゲーット!」


 ちょうど落合が帰ってきた。教室が静かなせいで落合の声がいつもより大きく響く。


「メロンパンって……。人気ですぐ無くなるんじゃなかった?」

「そう。なぜか今日はすんなり手に入ってさ……。みんなどこ行ったんだろう?」


 落合は左隣の席に座りながらメロンパンの袋を豪快に開ける。


「みんな『縁結びの木』のとこに行ったんだよ」


 私達の机の間の通路に割って入って来たのは佐野ひかりさんだった。オオムカデの一件以来まともに会話していなかったので驚きで瞬きを繰り返す。


「縁結びの木って何?」


 落合はオオムカデの一件を少しも気にすることなく佐野さんに問いかけた。


「そのまんま。縁結びのご利益があるって木。旧校舎寄り、校庭の隅っこ生えてるんだって。その木の枝に「赤い布」を巻き付けると好きな人と結ばれるんだって。陽向ひなたが言ってた」

「なんだ。ただのおまじないか……」


 私はため息を吐いた。なんとも女子校らしい噂話である。こういうおまじないも怖い話と同様、突然生まれ、突然流行り出す。


「夏休みと文化祭の前でしょ?だから告白に向けてみんな願掛けしてるってわけ。私はもうそういうのこりごりだから……やんないけど」


 どうりで教室の雰囲気が変わったわけだ。世の女子高生は夏や文化祭に向けて備える時期らしい。小学生の時、「おまじない」の本が流行ったのを思い出す。これも学校という場所でしか起こらない特有の現象なのかもしれない。

 佐野さんの言う「そういうの」がオオムカデの一件であることを悟った。


「ただのおまじないならどうってことないけど……気味が悪いんだよね」


 佐野さんが床に視線を落とす。長いまつ毛が際立って見えた。


「気味が悪い?」


 言葉の続きを促すように佐野さんの言葉を復唱する。


「そ。おまじないをしに行った子達がさ……何度もその木の元に通うんだよね。『一度のお祈りだけじゃ足りないから』とか言って。まるで何かに憑りつかれてるみたいで……」


 そこまで話して佐野さんが言葉を止める。


「藤堂さんと美織、心霊現象のプロじゃん?だから……縁結びの木について調べてくれないかなと思って。まだ何か起きてるわけじゃないんだけど」


 予期しない依頼に私は目を丸くさせる。私が運営する『心霊現象考察サイト』のネタにもなるのだ。断る理由はない。


「分かった……。調べてみる」

「もちろん私も。文香ふみかの相棒なんで!」


 楽しそうに落合が答える。勝手に相棒を名乗られても……。無言で非難する視線を送っても落合は知らん顔だ。佐野さんはほっとした表情を浮かべた。


「私も手伝えることあったら手伝うから」


 驚いた。相手のルックスで話し方を変えていた佐野さんが私を認識しているだけでなく手伝うとまで提案してきたのだ。

 驚きで黙り込んでいると、佐野さんが腰に手を当てて眉間に皺を寄せる。


「何?藤堂さん。私変なこと言った?」

「いや……変なことは何もない。ありがたいです」


 どうやら心霊現象は人をも変えてしまうらしい。佐野さんの場合はいい方向に変わって良かった。


「ひかり、なんか雰囲気変わったね~」


 落合が呑気にメロンパンを頬張る。


「とりあえず……ご飯食べ終わったらその『縁結びの木』、見に行ってみる」

「えー?外暑いのにー?」

「……」


 私は無言で落合を睨んだ。私の視線に気が付いた落合は両手を上げて「行きまーす」と言って笑う。


「ふたりとも……本当にありがとう」


 動画撮影の時には見られなかった自然な笑顔が何故か私の心に残った。




「あっつ……」

「あっちい~」


 容赦ない日差しに照りつけられながら噂の場所へ向かう。空気に熱がこもり息を吸うのもしんどい。

 下駄箱からグラウンドに出ると私と落合は太陽に焼かれた。鉄板の上で肌を焼かれているような痛みを感じる。

 左手側には講堂と体育館が見え、問題の場所は右手側、旧校舎の近くにある。蝉の声を聞きながら私と落合はなるべく建物でできた日陰を辿って目的の場所へ向かった。

 日傘をさした生徒達が校舎に戻っていくのを見送りながら、例の場所に辿り着く。『縁結びの木』は旧校舎の建物の奥、緑地の木に紛れて立っていた。この辺りだけ日陰が多いせいか、グラウンドよりもほんの少し涼しく感じた。

 私は目の前に広がる異様な光景に目を見開いた。


「何これ……」

「うわ~。もうこんなにみんな結んでるんだ~」


 長く伸びた枝には隙間が見えないぐらい赤い布が結び付けられていたのだ。見た目はいたって普通の木なのだが、他の木よりも背が低い。それ故布が結び付けやすいのだろう。

 縁結びの木の周辺だけ神社の境内のような神聖な空気が流れているように感じた。とても学校のグラウンドという雰囲気ではない。


「この赤い布……みんな同じものみたい」


 私は赤い、細長い布を手にする。布というより体育祭で使う鉢巻のようだ。筒状になるように縫い合わせられている。

 今まさに結び付けようとやってきた生徒達に話しかけようとして落合に先を越される。


「あの~すみません。その赤い布ってどこから持ってきたんですか?」


 落合の爽やかさにやられた生徒が口元に手を当て、目を輝かせる。完全に落合にやられてしまっている。私は真顔でその様子を眺めていた。足元の上履きの縁が縁色だったので、三年の先輩のようだ。ちなみに一年生は青色、二年生は赤色。ジャージの線の色やバッジの色も学年によって異なっている。

 赤い布を手にした先輩の名札には「坂本」とあり、付き添いの先輩は「高木」とあった。


「旧校舎のどこかに置いてあるみたいよ」

「そうそう。どこにあるかはその日によって変わるの。見つけられればラッキー。この木に結べば好きな人と結ばれるって」


 先輩たちが楽しそうに教えてくれた。


「そのおまじないはどこで知ったんですか?」


 私の問いかけに先輩たちは顔を見合わせた後でにこやかに答えた。


「あれ?知らないの?『東雲女子高等学校卒業生集いの会』のSNSアカウントだよ!非公式っぽいけど。だれかが見つけて拡散して広まった感じかな?」


 SNSをやっていない私は引き攣った笑みを浮かべる。そんな誰でも知っている前提で話されても。


「ああ。あのアカウントですか。そんなことつぶやいてたんだ……」


 流行りに敏感な落合はすぐにピンときたらしい。


「教えてくれてありがとうございました」


 落合の爽やかな笑顔に先輩たちはほんのり頬を赤らめる。また人を誑かして……。私は呆れながらも落合の後ろからほんの少し顔をだして会釈した。

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