28歳、OL。婚活やめて、魔法少女始めます。

八星 こはく

第1話 逆切れ男から救ってくれたのは、最推しキャラでした

「……ごめん。やっぱり私、俊輔しゅんすけさんとは付き合えない」

「……は?」


 目の前に座る、二週間前に『恋人』という関係になった男が目を大きく見開いた。


「そういうことだから」


 逃げるように伝票を掴み、鞄を持ってそのまま席を立とうとする。しかし腕を掴まれたせいで、私は動けなくなってしまった。


「どういうこと、香澄かすみちゃん」


 いつもの穏やかな微笑みが消え、鋭い眼差しで私を睨みつけてくる。申し訳ないとは思うけれど、先程の言葉を撤回するつもりはない。


 下田しもだ俊輔。私より3歳年上の31歳で、地方国立大の大学院を卒業し、大手メーカーに勤めている真面目そうな男。

 私がマッチングアプリの中から、まともそう、という理由だけで選んだ人だ。


「……いろいろ考えたんだけど、俊輔くんと付き合いを続けるのは無理かなって」

「なんで!?」


 いきなりの大声に、周りの視線を集めてしまう。

 二人きりになるのが嫌で人の多いカフェを選んだのが裏目に出てしまった。


「分かった。どうせ、アプリ消してなかったんだろ! それで他の男がいるからだろ!? スマホ貸せよ、俺が見てやるから!」


 俊輔さんのこんな姿を見るのは初めてだ。幻滅した……なんて思わない。元々、全然好きじゃなかったから。


 26歳あたりから、周りの友達の結婚ラッシュが始まった。最近は出産報告も増え、どんどん遊んでくれる友達が減っていった。


 だから私も、なんとなく婚活を始めて、結婚に向いてそうな男と付き合ってみたけど……。


「とにかく、別れたいの。いきなりで悪いけど」

「ふざけるなよ! お前、いい加減に……!」


 俊輔さんが手を振り上げ、私の頬を叩こうとした、その瞬間。


「これ以上続けるなら、警察呼びますよ」


 いきなり現れた人が、俊輔さんの腕を掴んで止めてくれた。ほっとしつつ、お礼を言おうとその人を見て……私は、思わず大声を出してしまった。


「エドワード王子!?」


 光り輝く金髪と、ミステリアスな紫色の瞳を持つ王子様。

 フリルがたっぷりとあしらわれた派手なシャツに黒いパンツ、そして真っ赤なマントに王冠。


 私が大好きなアニメ『魔法少女・プリンセスメイカー!』という作品に登場する、エドワード王子にしか見えない。


 っていうかこれ、完全にコスプレだよね?

 ……そういえば店内にもコスプレしてる人いるし、今日ってなにかイベントやってるんだっけ?


 いきなりのことに驚いて、頭から俊輔さんのことが消えてしまう。おい! と再び怒鳴られて、ようやくその存在を思い出した。


「お前は関係ないだろうが!」


 口汚く叫ぶ俊輔さんを、エドワード王子は冷たい視線で見つめ、いきなり私の手をとった。


「行きましょう」

「……え?」


 ちょっと待って。どういうこと? 私、全然状況が理解できてないんだけど……!?


「行きますよ!」


 混乱したままの私を引っ張って、エドワード王子は走り出した。意味が分からないけれど、とりあえずついていくしかない。


 だってこの人、コスプレのクオリティーがめちゃくちゃ高いし、なにより、エドワード王子って、私の最推しだもん!





 しばらく走ったところで、エドワード王子は立ち止まった。私の手を放し、心配そうな眼差しを向けてくる。


「大丈夫でしたか、持田もちださん」

「……えっ!?」


 持田? 今、持田って言ったよね?

 なんで、私の苗字を知ってるの?


 俊輔さんが口にしていたのは、下の名前だけなのに。


「もしかして、気づいてませんか?」

「……気づいてないって、なにがです?」

「やっぱり、気づいてないみたいですね」


 はあ、と溜息を吐いて、エドワード王子は私をじっと見つめた。


 やばい。格好いい。照れちゃう。


 最近、婚活に必死で、アイドルのライブや推しの舞台には行けていない。

 だから、顔のいい男を見るのは久しぶりなのだ。


 婚活だとやっぱり、顔が好きかより、年収とか仕事とか学歴とか家庭環境とか見ちゃうもん。


「私ですよ、私」

「……ん?」

諏訪すわです、諏訪。諏訪すわかおるですよ」

「えっ、諏訪ちゃん!?」


 諏訪薫……私の2歳下で、同じ部署の違うグループに勤務している後輩だ。

 そして諏訪ちゃんは正真正銘、女の子だし、普段は今の姿とは全然違う。


 メイクなんてほとんどしていないし、顔立ちもちょっと地味。眼鏡をかけていて猫背気味なこともあり、根暗な印象の強い子だ。


 でも今の諏訪ちゃんは、どこからどう見ても、きらきらと輝く王子様。


「はい。私の趣味、コスプレなんです」

「ええーっ!?」


 かなりの大声を出した私に、静かにしてください、とエドワード王子……いや、諏訪ちゃんが溜息を吐いた。


 いやいや、でも、無理だって!

 こんな状況で落ち着けるわけなくない!?


「諏訪ちゃん、格好良すぎない!?」


 いろいろと聞きたいことはあるはずなのに、真っ先に私の口から飛び出たのは、そんな言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る