第11話 将来

 今日も左隣の席では、エマがいそいそとノートに絵を描いていた。


 この前は現代文の教科書にパラパラ漫画を描いて、今回は風景だ。


「エマって絵を描くの、好きだよな」

「え? うん。好きだよ」

「…………俺も」

「本当!? テルくんも絵が好きなんだ!」


 …………ふう、告白されたかと思った。思考を戻そう。


「俺は風景のイラストが好きかな。スマホの画面も、ほら」

「本当だ、綺麗だね! 僕ね、絵を見るのも好きだけど、どちらかというと描くほうが好きなんだ」

「へえ。将来はイラストレーターとか?」

「あ、えっと……」


 エマは照れくさそうにモジモジと手をこねて告げる。


「じ、じつはね……漫画家に、なりたいんだ……」


 漫画家……か。

 ちょっと想像つかなかったな。でも、エマは自分の将来について考えていたんだな。俺は強くエマに言った。


「きっとなれるよ。エマの漫画が出版されたときには十万冊買うよ。ローン組んで」

「ロ、ローンを組んで!?」

 仮に一冊六百円と考えて、600×100000だから……六千万円か。家が建つな。


「さすがにちょっと厳しいな。千冊にしておくよ」

「それでも多いよ!?」


 エマの将来を聞けたことで、もう一人、将来が気になるヤツがいた。

 そちらへ目をやる。

 今日は一人でトランプのジジ抜きをやっていた。ツッコまない。


「なあ、新茶」

「ん? なんだー?」

「おまえは将来なりたいものとかあるのか?」

「オレかー? たくさんあるぜー」

「たくさんあるのか……」

「そうだなー、まず一つは――」


 まあ、どうせ単純な発想で『総理大臣になりたい』とか言うんだろう? 想定内、想定内。もし本気で総理大臣になりたいなら一から国を作ったほうがまだなれる可能性があるぜ。

「公務員かなぁー」

 

 すまない、君を見くびっていた。しかし公務員って。


 現実的で安定した職業だが、新茶が目指すとなると急に非現実的な職業に思えてくるな。新茶は続々と将来を語っていく。


「それからラーメン屋だろー、あと映画館の清掃員もいいなー。あっ、パン屋も!」

「意外と人並みだな……」


 すると自席で寝ていた鬼ヶ島が目を覚ました。

 ちょうどいい、鬼ヶ島にも聞いてみるか。


「鬼ヶ島は、将来なりたい職業とかあるのか?」

「……日本一の除霊師に、なる予定だ」

「マジ?」

「マジだ……」


 こっちだったか。総理大臣タイプは。


「俺は……こう見えて、寺生まれでな」

「寺生まれなの?」

「多少の霊感なら……持ち合わせている」

「そうなのか」

「ああ……」


 …………いつもの冗談だろ、これは。

 まあ、鬼ヶ島なら幽霊に殴り勝てそうな気がしなくもない。


「住職にはならないのか? 跡を継いで」

「……無理だ。とくに、精進料理が耐えられない」

「嫌いなのか?」

「焼き肉が食いたい……寿司も食いたい。……自堕落に、ジャンクフードもな」

「そりゃ無理か」

 すると話に入ってくる新茶。

「オニガシマ、幽霊がみえるのか!? だったらオレの守護霊をみてくれ!」

「……いいぞ」

 鬼ヶ島は新茶にむかって手を伸ばし、念じるように目を瞑る。それからパッと眼光を鋭く光らせると新茶に告げた。


「……新茶の守護霊は……………………フライドポテト」

 なるほど。冗談だったか。けれどせめて生き物で答えてやれよ……。


「……そんなはずがないだろ?」

ほら見ろ。さすがの新茶も疑うに決まって――。



「でも『L』サイズなんだよなぁ!?」

 疑えよ、このアホ。


 鬼ヶ島は首を横に振り、静かに言う。

「……『S』だ」

「そんな……Sサイズなんて、だれからも注文してもらえないじゃないか……」

「なあおまえ、今どういう視点で会話してんの?」


 膝から崩れ落ちる新茶、俺はその心境をどう受け止めればいいのかわからなかった。


 エマは、漫画家に。


 新茶は、公務員とその他諸々。

 

 鬼ヶ島は、結局わからずじまい。


 とはいえ、鬼ヶ島も言わないだけで本当は考えているのかもしれない。なんだかんだ、みんなは将来のことを考えているんだな。

俺は椅子にもたれかかる。ふと視界の隅に、自席で物静かに座っているアリスの姿が映る。そういえばアリスには聞いてなかったな。


「………………勉強するか」

「ちょっと待ちなさいよッ!! なんで私には聞かないのよッ!?」

 怒号を挙げながら真横にいる俺の胸倉を一瞬で掴んではなさないアリス。

「えー……だって聞いたら庶民がどうたらこうたらって言いそうじゃん……」

「そりゃ言うわよ! それでも聞きなさいよ!」

「えぇ……」


 聞かれたかったら最初から会話に入ってこればいいのに。

 ようやく胸倉から手をはなすと、聞いてもないのにアリスみずから語りだした。


「私の考えは庶民とは違うわ! 私は将来を考えない! なぜならこの今一瞬を強くたくましく面白く生きることで、その生き方にふさわしい将来がむこうからやってくるからよ! さあ輝かしき将来よ! この私につづけ! ビクトリー・オブ・ビクトリーッ!!」


 拳を高くグッと掲げるアリス。

 その力強い演説に俺以外の三人はパチパチと拍手していた。

 結局、将来についてなにも考えていないでかだろ。やっぱり聞く必要はなかったな。


「テルくんの将来の夢は?」

「え?」

 不意にエマにたずねられた。


「俺の将来の夢か。俺の将来はなぁ……うーん………………うううぅぅん……!?」


 な、なにも思い浮かばない……。


 いや、そんなことはないはず! もっと深く思考を凝らせ!

 保育園で覚えていること、小学校で味わったこと、中学校で学んだこと、すべてを思い返せばきっと心の奥底に眠る俺の将来の夢が見えてくるはずだ! だって新茶でもきちんと答えられたんだぞ!? 俺にだって将来の夢くらいあるはずさ! 

 目を強く閉じる、深く考える、よくわからない汗がだらだらと額にたれていく。

 周囲から心配される声が耳に届いてきたが、それどころじゃない!

 プツンと、脳内で強く握りしめていた思考がはち切れる。

「…………………………ぷへぇ?」

「テ、テルくんが壊れた!?」

「えっ? テル、ホントに大丈夫?」

「オ、オニガシマ! これは悪い霊にとりつかれたんじゃないのか!?」

「……いや。悪い霊も、守護霊もついていない」


 ゆ、夢もなければ……しゅ、守護霊も……いないんだ………………し、思考が戻ってきたぞ。


「すまない。将来について考えすぎたせいで脳みそがオーバーヒートしたがもう大丈夫だ。そのおかげで将来の夢を見つけることができた」


 ああ、そうさ。

 

 ありのままに飾らずに答えればいいんだ。大きな将来でなくてもいい。自然体で考えればいい。それでいいんだ。

 俺は勉強が得意じゃないけれど、人との関わりを大事にできる人間だ。だから人との繋がりで生きていきたい。だから――。




「俺、将来は『ヒモ』になりたい」




 一同、ドン引きしていた。

 仕舞いには「テルくん、それはダメだよ……」と、慈悲の権化でもあるエマにさえ否定されてしまった。……消えてしまいたい。

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