愛憎のプロパガンダ
ベランダに
チカンかしら?
彼女は
もう七時過ぎだ。朝日がまぶしい。こんな朝っぱらにチカンはないだろう。
「う~~……」
かなめはむくりと起き上がり、
エアコンの
「にゃあ」
「あ。おはよー……」
猫はしばらく彼女を
かなめはのろのろとシャワーを
なんとか
三分間、
ほっそりした、線の薄い顔。
「ふっ。はっはっはっ……」
わざわざ笑ってみると、なんとか
朝食をとってから
すべて問題なし。
引き出しから金色の
「……うっし、
彼女は
「じゃ、行ってくるね、母さん」
かなめは写真に向かって微笑むと、いつもと変わらぬ
さあ、急ごう。一時限目は
ベランダに
彼は枕元の九ミリ
時計を見ると、朝の七時二分だった。
「…………」
相良宗介は音もなく
向けた
「にゃあ」
「…………」
猫はしばらく彼を眺め、隣の部屋のベランダへと立ち去った。
そろそろ出かける時間だ。
彼は朝食をとった。ハム一切れとトマト一個、ミネラル・ウォーター、塩と
続いて、宗介は
三秒間、鏡をのぞく。
きびしく
「…………」
顔色・
彼は
自動拳銃、リボルバー、コンバット・ナイフ、アーミー・ナイフ、
「……よし。完璧」
いまや、出発の
彼は
色あせた写真の中で、
彼はその場で
「では、行ってくる」
相良宗介は
さあ、
●
かなめは東京
女子大や短大、高校などが多い
「千鳥さん!」
「ん?」
駅のホームで彼女を
「あ。
かなめはそっけない
「待ってよ。きのうの話、考えてくれたんだろ?
「なんのこと?」
「俺とさ、付き合って
「おー、その
すたすたとその場を立ち去ろうとする。
「ちょ……待てよ!」
白井
「しつこいわね。ヤだって言ってるでしょ?」
「なんでだよ!? いまの彼女とも別れるからさぁ……」
「ンなの知ったこっちゃないわよ」
かなめは相手の手を
「待てって言ってるだろ!」
今度は彼女の手首を
「いたっ……!」
「この俺がこれだけ
「…………な?」
いつのまにか、彼は何者かに後ろからはがいじめにされて、首に
「そこまでだ、
それ以上に怪しいナイフの
「あ、ソースケ。おはよ」
と、あいさつした。
白井の肩の向こうに、
むっつり顔にへの字口。陣代高校の学生服。彼女のクラスメートの相良宗介だった。
「千鳥。この男は?」
「きのうね、
「
宗介は耳元でささやいた。相手は小さく何度もうなずいて、
「……そ、そうだよ」
「なぜ彼女に近付いた。
「は……はあ? ひっ……!」
氷のような
「俺はすべてを話せと言ったのだ」
かなめは青ざめた白井の
「いいの、ソースケ。その人はフツーの
宗介は彼女に
「本当か?」
「本当だってば」
「だれかが
「ンなわけないでしょっ!!」
「ふむ……」
彼はナイフを持つ力をゆるめて、
「聞け。おまえが手を出した彼女は、
「は、はあ……」
「今回は
「そ、そんなぁ……」
「
「いねーってば、おい」
かなめがツッコむのも気にせず、宗介は相手を放し、
「わかったな。では行け」
白井は
「まったく……。もうすこし
「別に本気ではなかった」
なにがどこまで本気なのやら、かなめにはさっぱりわからなかった。
かなめはため息をついてから、
「はいはい。一応、ありがと。さ、はやく学校いこ。一時限目は古文だよ」
「む……」
かなめは宗介の
その日の昼休み──
「どーも
ぼそりとかなめはつぶやいた。
青空を背にして、
「ミョーな視線? 男の子の?」
バナナ・オレをストローですすりつつ、かなめの友達の一人がたずねた。
「さあ? ただ……なんというのか、こう、肩の
そう言って、かなめは首をぐるぐると回して見せた。
「ふーん……。きのうの帰りに声かけて来た人とか? 白井とかいう……」
友人の言葉に、かなめははっとした。
「おー、そうそう! そいつがね、
離れた席で食事をとっていた宗介に、声をかける。宗介は
「聞いていなかった。なんの話だ」
「だからぁ、今朝の……」
そのおり、教室の入口に一人の男子生徒が
「千鳥くんはいるかね?」
「あ、
その男子は
彼──林水
「なんです? わざわざ教室まで」
「ふむ。
「別にぃ……」
「だが君の顔は、『
「あんたは北●鮮の映画オタクですか」
「
「そーいうことを、こーいう場所で言うから迷惑なんです!」
かなめはクラスメートの視線に
「落ち着きたまえ、千鳥くん。私は君への
「忠告……?」
「うむ。その
林水は持っていた
「トイレの
いずれの壁も、
「これがなにか?」
「壁の赤文字に
かなめの
どの写真の壁にも、赤いマジックで落書きがしてあった。その内容は──
『副会長のK・Tは、
『四組の千鳥かなめは、
『千鳥かなめ(2─4)が
『K・Tは
『二年四組の千鳥かなめは
どれも
「うわ、えげつな……」
「ひどいよ、これ……」
などと口々に言い合った。
「おもに
林水は
「あのー。
「心配ない。落書きそのものは、
「それはどうも」
「うむ。言うまでもなく、これらは根も葉もない
「こんな大ボラ、信じる子がいるわけないじゃないですか」
『そーよ、そーよ』と言わんばかりに、周りの女子はうなずいた。
「こんなのデタラメに決まってます!」
「カナちゃんはそんな人じゃありません!」
黄色い
「美しい
バカはお
ふと気付くと、離れて昼食をとっていたはずの宗介が、ポラロイド写真を手に取って、その内容に読みふけっていた。
「……どしたの、ソースケ?」
彼は落書きの内容に
「千鳥。まさか……まさか君は……」
「真っ先に信じるなっ!!」
かなめは宗介を力いっぱい
「はぁっ……はぁっ……」
肩で息をするかなめが落ち着くのを、林水は気長に待ってから、
「それで、千鳥くん。
「さあ……。ここまで
「どんな小さな
「だって……知りたくもないですよ」
「悪いようにはせんよ」
こう見えても、林水会長は切れ者で通っていた。校内の不良生徒や、
「ホントにいいんです。犯人なんて
かなめは立ち上がった。
「あ、カナちゃん。ねえ……」
「ごめん。ちょっと気分悪いの」
話を
かなめがいなくなると、林水会長は彼女のクラスメートの一人、
「
おさげ髪にトンボメガネの恭子は
「あのー。お気持ちはありがたいんですが、私たち、
「気にするな。では、
「ちょっと、センパイ……!」
恭子が止めるのも聞かずに、林水は教室を出ていってしまった。
「相良くん、生きてたの?」
「なかなか痛かったがな……」
彼は
「
「いや、そこまで大げさな話じゃないと思うけど……」
ここにも一人、林水会長を
「にも
「……ウラってなに?」
「千鳥は、犯人に
彼は
かなめが『犯人を探さなくていい』と言ったのは、犯人が見つかると
「……つまり千鳥は犯人を知っていて、ひそかに
「スゴいなぁ……」
「
「そうじゃなくて。自分のクラスメートをここまで
「…………。だが、彼女が消極的な理由は、これで説明がつくだろう」
「そお? もっと
「なんだ、それは」
「だめだ、こりゃ。あーあ、カナちゃん、かわいそ……」
それでも彼は
「千鳥の秘密が、どれほど
「そんなワケがないでしょ!」
「いずれにしても、彼女の弱味を知る必要がある。
宗介は
「さいわい、犯人には心当たりがある」
スライドをずらし、
「犯人って……。いちおう聞くけど、だれ?」
「けさ出会った二組の男だ」
「あの白井って人のこと? どうして?」
「駅で千鳥を
恭子のメガネが
「それ、ぜったい、ちがうと思う……」
「
「いや、そーいう問題じゃなくて……って、相良くん、どこ行くの?」
「会長
恭子は
「まったく。そんなこと、林水センパイが許すわけないじゃない……」
しかし、彼女は間違っていた。
その日の放課後──
「あ、あの、千鳥さん……」
「ん、なに?
相手は、おとなしそうな男子生徒だった。同じクラスの風間
「これは?」
風間信二は
「ええと……中に八〇〇〇円入ってます。こ、これでいいんだよね?」
「はあ? なにが?」
彼はデジタル・カメラを取り出して、もじもじとはにかみながら、
「その、千鳥さんの
かなめは鞄を
「
倒れた相手に現金入りの茶封筒を
「ったく、これで四人目よ? 林水センパイの
午前から感じていた視線の
「ねえカナちゃん、ホントに
恭子は心配顔でたずねた。かなめはうっとおしげに手を振って、
「平気よ。こんな
「……そうなの?」
「そっ。昔からね。はっはっは」
わざわざ笑ってみせるが、それでも恭子の顔は晴れなかった。彼女はそこで思い出したように、
「そういえばね、カナちゃん。昼休みの時、相良くんが──」
その時、
「お……?」
二人の行く手、一〇メートルほど先の角から、相良宗介が姿を見せた。男子生徒に自動
「白井くんだ」
宗介は白井をひったて、すぐ近くの男子トイレに入ろうとしていた。
「た、助けて!」
「
「だってオレ、知らないんだよ! 本当だ、信じてよ!」
「俺は黙れと言っている」
宗介は白井の
「このことを話そうと思ってたんだけど」
と、恭子。
「……ったく、あのバカ」
かなめたちは男子トイレの入口まで走ると、中の様子をうかがった。
宗介は白井を
『殺さないで! 殺さないで!(バタバタと
『まだ殺さん。
『そんなぁ……(うわずった泣き声)』
『千鳥の秘密を話せば、
『うわーっ!(なぜか
中が見えないだけに、なおのこと個室内の
「あー。いかんわ、こりゃ」
「カナちゃん、相良くんを止めないと」
「そうね。……うー、
男子トイレに入ったことなんて、生まれてこのかた一度もなかったが……。かなめは意を決すると、第一歩を
……が、まあ、それはともかく、
「ソースケ!!」
かなめはトイレの個室の前まで行くと、
「千鳥か。女子トイレは
「ンなこたー、わかってるわよ。あんた彼をどうする気なの!?」
彼は
「……君には気の毒だが、
「はあ? 脅迫?」
「隠さずともいい。おおよその
「いったいなにを……」
宗介は一枚の
《相良宗介(安全
千鳥副会長の
陣代高校生徒会長・林水敦信》
「……なにこれ?」
会長補佐官・相良宗介は胸を張り、
「会長
「なんか、話が見えないんだけど……」
「だれにでも
「あんたがひどく人聞きの悪い、失礼なことを考えてるのだけは
「そうか、わかってくれるか」
二人の間には、ほとんどコミュニケーションが成立していなかった。
「千鳥さん、助けて!!」
白井は彼女に泣きついた。
「はいはい。……ねえ、ソースケ。なんか
「君がそう
「だ~か~らぁ! あたしには秘密なんてないってばっ!!」
「絶対にそう言えるのか? 人に隠していることは一つもない……そう断言できると?」
「う……」
その時、かなめの
「……やはりそうか。君には恐ろしい秘密があるのだな」
「な、なにを……。ちょっと、ヘンな想像やめてよ!」
彼は『
「千鳥は向こうに行っていろ。女子供が見るものではない。……さて白井とやら、彼女の秘密を
あやしい
「やめなさいって! ちょっとソースケ、聞いてるの!?」
彼女が
「やめてぇ!!」
かなめを押しのけて、一人の女子生徒がトイレの個室に飛びこんで来た。
「なによ、あんたたち、なんなのよ!! あたしの白井クンにナニしてるのっ!? ああ、ひどいよ、あんまりよっ!! 白井クン、しっかりして!!」
「うう……
「四組のサガラが白井クンをひきずり回してる、って聞いたの。ねえ、だいじょぶ!?」
「ああ。なんとか……」
瑞樹と
「あなたは?」
「あたしは白井クンのカノジョよ! とってもラブラブなんだかんね!? 彼に手を出したら、あたしが
それを聞いた宗介の目がきらりと光った。
「彼女。ラブラブ。……つまり、白井の女なのだな? それはちょうどいい。おまえを
瑞樹ににじり寄る宗介の
「しばらく
うんざりした声で言うと、彼女は瑞樹に向き直る。
「えーと。
だが瑞樹は、怒りをあらわにして、
「あんた、千鳥かなめでしょう?」
「ええ、そうだけど……」
「ちょっと最っ低じゃない……? 自分の悪い
「え?」
「
「ちょっと待ってよ。あたしはただ……」
「うるさい、このメギツネ!」
「…………」
瑞樹は
「本当にヒドい女ね。
頭のてっぺんを襲ったゲンコツに、瑞樹は小さな
かなめは自分の
「悪いけど、この時計だけは
「ぶ、ぶったわね!? パパにもブたれたことないのに!! 許さないわよ!」
「えーと、そのー。……も一回、ぶつ?」
「あんたは
「
「
稲葉瑞樹は
「では稲葉瑞樹。君はいま、千鳥の時計の話をしていたな。それはだれから聞いた?」
「聞いたんじゃないわ。トイレで見たの。
「ふむ。確かに
宗介は彼女を
「二人とも、こちらに来い」
かなめと瑞樹を
「なによ、こいつ?」
「ソースケ、どうしたの……?」
二人が身を乗り出すと、彼は個室の
「これを見ろ」
言うと、真新しい張り紙を
『千鳥かなめ(2─4)が
「…………!!」
たちまち稲葉瑞樹の顔が
「
「そっ……あっ……しまっ……」
瑞樹は何度も口をぱくぱくさせた。
「これらの落書きは今日の午前、
「しょ、
「
宗介たちのやり取りを聞いていた白井は、うろたえる瑞樹の顔を
「瑞樹……おまえが? どうして……」
「許せなかったのよっ!!」
少女は泣き
「だって白井くん、駅でこの女のこと
今度は白井が青ざめた。
「なんだって……! ちょ……それは」
「あたしのこと、
たちまち白井はうるさげな顔をして、
「……だって、PC─FXなんか
かなめはこの会話を聞いただけで、二人のぎくしゃくした関係を、おおよそ
「
「まだ言ってるの、あんたは……?」
かなめが
「……
「最初からそう言ってるでしょ!!」
宗介はしぶしぶと
「ふむ……。だが、それでもデマを流した
『停学』の二文字に、瑞樹の
「いいよ、そんな……」
「ならば
「
「では、どうする」
「どーもしない。ほっときましょ」
瑞樹の顔に小さな
「え……?」
「もういい、って言ってるの」
さばさばした調子で言う。
かなめは
だから、もういい。
(そう。自分で納得できたんだから……)
ところが宗介は食い下がる。
「だが、それでは見せしめの
「あんたね。あたしのキモチとかオトメゴコロとか、そーいうの考えたことある……?」
「? なんの話だ?」
彼女は宗介を
「……で、稲葉さんだっけ。もう気も
「あ、安心ですって……?」
瑞樹は泣き
「千鳥かなめ! あんた、すっげームカつくのよ!! 特にそういうところ! ちょっとモテてるからって、調子に乗ってるんじゃないわよ!
「ああ、いっちゃった……」
「
「いや、そーいう意味じゃなくて……。それよりソースケ、白井くんに
「ああ。そうだな」
宗介は
「ご
「……なにがいいのよっ!!」
けっきょく、かなめは宗介を張り倒した。
かなめが教室で
「カナちゃん、ちょっと来て。すぐだから」
恭子に連れられ、かなめは教室近くの女子トイレへと向かった。
「どしたの?」
「ほら、これ」
恭子は個室の
とあった。写真にあった落書きの一つだ。
「これがなにか?」
「違うよ、その下」
そこには同じ
と、書き加えてあった。
「ほかのトイレも全部こうなってるって」
「そうなの? ふーん……」
かなめは
「
〈愛憎のプロパガンダ おわり〉
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