それぞれの恋模様と災難

クスノキ

主な登場人物のプロローグ

第1話 プロローグ

 「ふっ!」

 榊麗香は威勢のいい掛け声と共に木刀を振り下ろして、立木を打った。

 高校で剣道部に所属しているが、帰ってからも欠かしたことのない自主練習だ。


 彼女の家は建速(たけはや)神社というスサノオを祀った神社で、子供の頃から宮司をしている祖父と共に氏子総代や氏子の相手をしていた関係か、同世代の女子と比べると大人びた所があり、それが内面の激情を抑える役割を果たしていた。


 麗香は身長168センチと女子の中では長身の部類に入る。


 クラスで彼女より背が高い女子は女子クラス委員で吹奏楽部の北条恭子(ちなみに170センチ)ぐらいで、まだまだ成長期なので、ひょっとしたら追い抜くかも知れない。


 凛とした整った顔立ちと黒々としたロングヘアーの麗香は、まずクラス一、いや学年一の美人といっていいが、性格的には御淑やかとは到底言えず、その場の感情や直感によって行動する一面があるが、その分さばさばした性格で、女子同士で群れるより男子と話すことを好んだ。


 剣道部に在籍し、剣道二段のその強さは部内は勿論、県下でも5本の指に入る。

 そして剣道の団体戦なら相手に合った作戦を立てて試合に臨むなど、下準備は入念に行って臨むタイプで、それで中学3年生の時に主将としてチームを県下の大会で優勝に導いた。


 その実績もあって、女子剣道部の次期主将は確実視されている。成績も上の下といったところであり、基本的には性格も良かった。

 因みに非公式だが山猫の麗香という二つ名がある。



 彼女が通っている私立邦栄高校は邦栄市の一番東にある名邦区のほぼ中央に位置している。校舎が戦国時代に、この辺りを収めていた領主の住んでいた平山城の跡地に作られている関係で、遺跡と校舎が入り混じった独特の雰囲気を醸し出しおり、左隣には私立邦栄大学がある。

 

 都市部と農村地帯のちょうど境目にあり、校舎の北側から広々とした農村地帯と新興住宅地、南側からはごみごみした都市部を見渡すことができる。

レベルは中の中、今時の高校にしては堅苦しい校則も少なく、自由な校風で知られていた。


 またクラブ活動も盛んで、運動部は硬式野球部とラグビー部が特に強く、甲子園や全国大会に出場への出場経験もある、地元ではちょっとした有名校であった。

 特に硬式野球部は過去数回にわたって甲子園で優勝した実績を誇り、プロ野球に進んだ選手も数多く輩出している。

 その関係か、全体的に運動部と吹奏楽部の勢力が強いスクールカーストが形成されているが、大半の生徒は余り気にしていない。

 


 麗香は他の二年生数人と一年生の男女の初心者の練習を見ていた。

 彼女は叫ぶ様に言った。

「大きく振りかぶって、足を運んで素早く打つ。視線は常に真っ直ぐ前を向いている事を心掛けて置くことを忘れずに!」


 初心者なので、なるべく剣道用語を使わずに、分かり易く教える事を心掛けている。

 中学校時代からそうだが、入部してから半月程で初心者の半数が辞めてゆき、防具を付けて本格的な稽古をするまでに、残った半数と一部の経験者が辞めてゆく。

 この流れは運動部も文化部も同じである。

 ただ文化部の方が幽霊部員の割合が運動部より多いのも事実ではあるが……


「どうだ、今年の初心者は?」

 声のした方を振り向くと、顧問の柳生がいた。

 四十半ばの教師で日本史を教えている。


 麗香が代表して答えた。

「初心者用のメニューでやってますけど、半数が残ればいい方だと思います。毎回そうですが、この先稽古がきつくなったら、何人残るかが問題ですね」

 今、一年生の男女の初心者の練習を見ているのは二年生の幹部候補生だった。

 全員が小学校か中学校からの経験者で、麗香みたいに主将を勤めていた者もいる。

 柳生は基本的に部員から問われたり、彼から見てやり過ぎだと思わない限り口出しはしない。


 常に部員に考えさせる。

 そうする事が社会に出ても通用する人間になると考えているからである。

 間違いはその都度正せばいい、その為に顧問がいるのだから。


 ……という考えで今までやって来た。

 それが信念と言うか、こだわりですかと剣道日本の取材を受けた時に問われた事がある。

 彼はテレビや雑誌が、安易に信念とかこだわりと言う言葉を使うのを嫌っていた。

 しかし、そのことについて取材担当と要らぬ議論してもしょうがないと分かっているので、信念というより教育方針ですよと軽く流した。

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