第20話 孤立

 今日は朝から変な空気に包まれていた。


 うう、働きづらいよ。

 心なしかみんなが冷たいように感じるのは、私の考えすぎなのだろうか。


 いつも一緒にいたメイドの子たちも、今日はよそよそしい態度で遠巻きに私を見ている。


 パーティーの前日にメイド長から私がミハイル様のパートナーとして参加するという話を聞いた時は色めきたった様子であれこれ聞いてきて楽しそうにしてたのに……。


 そりゃそうか。


 私が突然ミハイル様のパートナーとしてパーティーに参加するなんて、やっぱりおかしいものね。

 自分自身、夢でも見ていたんじゃないかという気分だもの。



 とにかく、パーティーはもう終わったんだから今は自分のやるべき仕事に集中しないと。

 私は気合いを入れて大量のシーツに向き合った。


 そうして、大量の洗濯と言いつけられた各所の掃除、合間にミハイル様のお茶や軽食を運んで仕事をこなしていたらあっという間に時間が過ぎた。


 そろそろ休憩の時間だし、しっかりご飯を食べてからまた頑張ろう。



 いつものように使用人専用の食堂に入ると、私の姿を見たメイドたちは途端に静まり、私の顔を見てヒソヒソ何かを囁いたりチラチラ視線を送ってくる。


 うう、なんだか居心地悪い……。

 でもお腹すいた――――。


 食欲には抗えず、私はいつものようにご飯を受け取るため列に並んだ。


 冷たい視線を耐え忍び受け取ったトレーを見て私は驚く。


 え、ちょっと待って。

 これだけ??


 トレーには見るからにカチカチになっている古いピットパン一つ。


「あの、」


 トレーを渡してきた配膳担当のメイドに声をかけるものの、彼女は私を避けるように後ろに並ぶ次のメイドに視線を向けた。


「ちょっと、受け取ったなら早くどいてよ」


 後ろにいたメイドから急かされて私は思わず言葉を引っ込めた。

 見れば並んでいる使用人たちが皆、迷惑そうにこちらを見ている。


 意義を唱える雰囲気ではない。



 えーん、お腹ぺこぺこなのに古くなったカチカチのパン一つなんてひどすぎる!

 心で泣き言を叫びつつ、不穏な空気の中、私は大人しく席についた。



 でも、しっかり食べるけど。

 ちぎれないほど硬くなったピットパンにかぶりつく。


 か、噛んでも硬い…………。


 1度目の人生のあんな逆境でも、こんなに硬くなったピットパンは食べたことがない。


 あまりの硬さに呆然としていると、近くにいたメイドたちがこちらを見てクスクスと笑い合っている。

 その瞬間、居た堪れなくなって思わず席から立ち上がった。


 もうお昼はいいや、ここから出よう。

 立ち上がり急ぎ足でトレーを戻そうと入り口へ向かうと、目の端に何かが動いた気がした。



 何かに躓き、大きな音を立てて派手に転んでしまってから理解する。


 っく、足を引っ掛けられた。


 起きあがろうとすると、いくつかの影が私を取り囲む。

 顔見知りのメイドたちだ。



「どうしてこんなことするの?」

 彼女たちに問いかけると、皆が私を冷ややかな表情で見下ろした。


「あなた公子様にひどい色仕掛けをしたそうじゃない」


 え?


「やけに公子様周りの仕事ばかりしていると思ったのよね。どうやって取り入ったのかしら」


 何が?!


「ほんと、信じられないほど計算高いのね!」


 ええ?!何のこと?!


「そうよ、マリーのこと貶めるようなことまでしただなんて!」


 メイドの一人がそう叫ぶと、後ろの方にいたマリーがこちらをギラリとした瞳で睨んでいるのが目に入った。


 うっ、怖い。


 思わず私が息を呑むと、マリーは急に弱々しい表情になり私を取り囲むメイドたちの前に進み出てきた。


「みんな、もういいの」

「でも……! アリシアがマリーに酷いことをしたんでしょ?!」

「ええ、でもきっとアリシアも必死だったのよ。私にあんなことまでしたくらいだから……」


 そう言って悲しそうな顔で俯いた。


 ?!

 あんなことって何?!

 そんな思わせぶりな言い方じゃ、まるで私がマリーに危害でも加えたみたいじゃない!


 案の定、周りのメイドたちは私に厳しい視線を向けてくる。


「可哀想にマリー……。アリシア! あなたって人は本当に酷いわね」

「そうよ、そうよ!」


 なるほどね、みんなの前ではしおらしく、可憐で可哀想なマリーを演じて私を悪者に仕立てたということなのね。


 私が起きあがろうとすると、マリーは悲しそうな顔のままメイド達を宥めるようにしてからこちらへ寄ってくる。


「みんな、ありがとう……。でもきっとアリシアもいずれ正気に戻ってくれると思うわ」


 な、正気って!


「きっと公子様のことしか見えなくて、少し間違えてしまっただけなのよ」


 皆には辛そうな面持ちでそう言いながら私の傍に跪き、立ち上がるのを手伝う素振りでそっと手を差し伸べてくる。


「そんな人に親切にすることないわよ! マリーったら」

「そうよ、あなたって本当に優しい人なんだから」


 メイド達は私を鬱陶しそうに見ながら口々にマリーを窘めた。


 その瞬間、マリーは私にだけ見えるように表情を曇らせニヤリと笑う。

 私を立ち上がらせようと介助する素振りをしながら、私にだけ聞こえる小さな声で囁いた。


「いい気味ね。私のミハイル様を独り占めしようとするからいけないのよ」


 ……!


「食材費の着服の罪でチャラにしてあげようと思ったのに……身の程も弁えないあなたがいけないのよ」


 あれも、マリーの仕業だったのね?!


「まあ、あれは失敗しちゃったけど。ここまでしないとあなた分からないみたいだから」


 マリーは笑顔でそう言った後、再び恨みのこもった表情でこちらをきつく睨み据えながら続けた。



「私はずっとミハイル様に仕えてお慕いしてきたのに。急に現れたあなたに盗られるなんて絶対に許さない……!!」

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