第15話 夜会のパートナー

 ここ最近、公爵家は慌ただしい。


 公爵家当主であるミハイル様のお父上の誕生日パーティーが開催されるのだ。

 この屋敷で働く全ての使用人たちが、その準備に全力を注いでいる。


 私もあちらこちらに駆り出されていて多忙な日々を送っていた。

 そのおかげで、マリーと顔を合わせることもなく過ごしている。


 ミハイル様も忙しそうで、この前、夜会のパートナーに誘われたことも夢だったのではないかと思うほど、あれ以来何の音沙汰もなかった。


 そりゃあそうよね!

 いくら私が一応貴族出身とはいえ、こんな貧乏子爵家のましてやメイドなんかを夜会のパートナーに誘うわけがないもの。


 ミハイル様も冗談とか言う人だったのかな。

 私が火傷してたのを気にしてくれてたから、気を紛らわそうとしてくれたとか?



 マリーに至っては、考えても思い当たる節が何もない。

 なんであんなに怒っているんだろう。

 私、気づかないうちに失礼なことをしてしまったのだろうか。


 優しくて明るかったマリーがあんな態度を取るなんて……。


 気がかりなことはたくさんあったが、忙しいおかげで余計なことを考えずにいられるのはありがたい。


 とにかく今は、自分のやるべきことに集中しよう。


 いよいよ明日となった誕生日パーティーの準備が整い、使用人が集められ全体ミーティングが開かれた。


 メイド長からメイドたちにそれぞれ、当日の担当が発表されていく。



「――――以上が皆の担当箇所になります。間違いのないように」


 あれ?私の担当が発表されてないけど……。


「そして、アリシア」

 メイド長が私の顔を見てはっきりとした声で告げた。


「あなたは明日、公子様のパートナーとして参加すると聞いています。くれぐれも粗相のないようにね」


 その瞬間、どよめきが起きる。


 え?

 あの話は本当だったの?夢じゃないの?


 私が呆然としていると、周囲には驚く者もいれば遠巻きにこちらを見ながらヒソヒソ話している者もいた。


 顔馴染みのメイド達は『どういうこと?!』と頬を紅潮させながらキャーキャーと騒いで詰め寄ってくる。


 少し離れた場所に立っているマリーは顔を伏せていてその表情まではわからない。



 そうしてミーティングはお開きとなった。

 私はみんなの反応にいたたまれなくなり、部屋へ戻るため早足で歩き出す。


 どうしよう。

 ミハイル様は本気だったんだ。


 私の立場でそんなお役目を仰せつかるなんて。

 それになにより公爵家主催の夜会に着ていけるようなドレスもアクセサリーもない……!


 悶々と考えながら部屋まで戻ると、私の部屋のドアをノックしている執事のポサメさんが目に入った。


 私に気付き近寄ってくる。


「アリシアさん、伝言があって来たのですが丁度よかった」

「はあ、なんでしょうか」


 半ば放心状態で答える。


「明日は起床後、迎えを寄越しますのでそのまま馬車にお乗りください」

「へ?」

「ではこれで」

「あ、ちょっと、」


 ポサメさんは言うだけ言って、私の呼び止める言葉に振り向きもせず早足で去っていく。

 お忙しい方だものね。


 って、説明が足りなくてよく分からないよ!


 そんな私の心の叫びも届かず、ポサメさんの姿はあっという間に見えなくなった。


 マリーのこと、ミハイル様のこと、明日のこと。

 考えても分からないことだらけで、私は頭を振って気を取り直し自分の部屋に入った。



 考えても分からないことは悩んでもしょうがない。

 人間て一人で考え込んでたら余計なことまで思い描いてしまうものだから。


 人は心の中までは見えないから、その人が何を思っているかはその人に聞くしかない。


 明日のことはまた明日考えよう。


 うん。過去3度の人生経験を積んだ今、我ながら解決が早い。

 とりあえず、今は寝て疲れた体を回復しよう。


 明日も忙しそうだ。

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