続・そして彼はヒーローになる
飛馬ロイド
第1話 恩讐
黒い炎が、胸の内から溢れる。
三月に入れば多少寒さも和らぐかと思ったが、今日は一段と冷え込んだように思う。夕暮れともなればより一層寒さは増してくる。陽の落ちた街に容赦なく北風が吹きすさび、街をゆく人たちは防寒具で身を包みながら家路に就いている。
そんな中、燕谷力弥は高い木々に覆われた人のいない境内を歩いていた。その足取りに迷いはなく、ただ一心に目的地に向かっていた。彼の向かう先は拝殿横の人の目に付かない場所だ。
力弥はしばらくその場に佇むと、右手に握られていた小さな花束をそっと置いた。そして、ただ俯き、目を閉じた。それは誰に知られることもなくこの世界から消えた彼への鎮魂であった。
墓もなく、骸もない。それどころか、一切の記憶も記録も残されていない。ただ、力弥の心の中にだけその生きた証を残した彼。力弥は在りし日に思いを馳せながら、目を開ける。
その時、北風が一層強く吹いた。木々が騒めき、黒い枝が風に揺れ動く。それはまるで闇が風に揺れているように見え、あたりに響く騒めきと相まって不気味な空気をあたりに漂わせていた。すると力弥はかつての相棒が消えた場所を優しくも鋭い眼差しで見つめていた。
「あれから、二年経ったよ」
力弥は誰もいない空間に彼の顔を思い浮かべてぼそりと語り掛けた。一瞬、力弥の顔に寂しさが滲むも、既にその目の涙は枯れ果てていた。彼との別れを思い出しても悲しみに暮れることは今の力弥にはない。
彼と過ごした半年を力弥は今でもありありと思い浮かべることができる。しかし、その記憶を有しているものは力弥を置いて他にいない。記録もまた残されていない。明星勇輝という人間は存在しないことになっている。そのことで、力弥は今まで以上にこの世界から疎外感を受けつつ日々を送っている。
それでも力弥は生き続けている。そうできているのはある思いがあるからだった。
けれど、それは変質した思い、かつての誓いから遠く離れた感情が彼の中に湧きおこり、その変質した感情がとうとう力弥の内面を覆いつくしていた。
「勇輝、俺はあいつらを絶対に許さない。俺は、俺はお前の
眼鏡の奥にある力弥の眼には禍々しい黒い炎が燃え上がっている。それは恩讐に身を委ね、復讐以外の感情は黒い炎によって灰になった後だった。二年という月日は力弥の視力だけでなく、感情すら減じたのだろうか。
「あと少し。あと少しであいつらの尻尾を掴めそうなんだ」
力弥は右手を強く握り、憎しみに満ちた表情でそれを見つめた。
「見ていてくれ。俺があいつらを全て焼き殺す。そして、その後は・・・」
力弥の眼は違う獲物を狙う狼のように、鋭く不気味に光っているように見えた。
「秩序を守るなんて大義名分のもとに、お前や俺に何もかも押し付けて、何もしないあいつらにも復讐をする」
そう言って右手に嵌められたブレスレットを憎々しげに睨んだ。この力があるから戦えるが、こんな力がなければ失う悲しみにその身が蝕まれることはなく、己の無力に怒りを覚えることもなかったと今の力弥は考えている。
「そして、それが全部済んだら・・・」
力弥はそう言うと顔を伏せ、小さく笑った。今の彼にとっての生とは復讐が全てとなっていた。この復讐が全て果たされれば、きっと彼の元へ行ける。その歪んだ思いが彼に笑みをもたらした。
彼は恩讐の炎の果てに何か大切な約束を忘れてしまったようだった。暗黒に目をふさがれ空に輝く星を見失った今の力弥には、かつての誓いを見つけることはできない。彼の頭上には黒い木々が星空を覆い、闇と混沌が彼の全てを覆いつくさんとしている。
星が、新たな導きの星が、今の力弥には必要だった。
続・そして彼はヒーローになる 飛馬ロイド @hiuma_roid
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