第8話

「ただいま〜」


 誰もいないのに習慣で言ってしまう。


 とりあえずは家の中にある窓を全て閉める。別に俺はアンチ換気ってわけじゃない。これからする事には窓を全て閉める必要がある。



 …よし!閉まったな。じゃあクッションに顔を埋めて、と。


「あーーーー!!!やっちゃったよーーーーー!!!!またやっちゃったよーーーーー!!!!!俺は何をしてるんだ!ちょっとの事でも原作が大きく変わるのは知ってただろ!なのにどうして俺は入るって言ってんだよーーー!!!」


 もう無理なのか?俺は原作通りに進める事は不可能なのか?俺は原作通りに進める事が不得意なのかもしれない。面接の時に自分の短所を聞かれたら原作通りに進める事が苦手ですって答えるレベルだぞ。


 文化祭だけが原作通りに進まないのは確定したけど、部活に入った事でもう取り返しのつかない事態になってしまった。


「あーーー!!!俺の馬鹿野郎ーーー!!!」


 あーもー俺は今まで何をやってきたんだ?二ヶ月くらいしか経ってないけど無駄になったかもしれない。


 どう考えても今回のは避けられたはずだろうが、どうして俺は原作通りに進める事が出来ないんだ。


 え、どうすんの?もう結構ピンチなんだけど、まだ1学期終わったばっかなんだけど。全然まだまだこれからなんだけど。


「っはぁ〜」


 そら、ため息も出るよ。俺はどれだけ情けないんだ。


 柴村の件のやつは後悔するから原作から外れたけど、今回は訳が違う。


「新色のあれ可愛すぎだろーーー!!!」


 じゃあどうすれば良かったの?俺、新色に水野がいないと寂しいって言われたんだよ?そんな事言われたら俺、心が動いちゃうじゃん。寂しいんだよ?俺がいないと。俺がいると寂しくないんだよ?俺を求めてるんだよ?そんなん言われたら部活に入るしかないじゃん!


「久田ちゃんも可愛いすぎだろーーー!!!」


 あと、久田ちゃんも俺に入って欲しそうにしてたんだよ?だって俺の裾をギュッと握ってきたんだよ?どこにも行かないでって言ってるようなもんだと思うじゃん!だから俺はどこにも行かないよ、って意味で部活に入りますって言っちゃったんだよ?


 この2人そんな事をしておきながらそんなに入って欲しくなかったらしい。


 …へ?


 そんなのってあり?


 そうなんだよ、俺は2人に弄ばれただけなんだよ。だって普通に考えて俺に入って欲しくないんだから。こんなうるさくて無神経でバカな奴に入って欲しいわけないもん。俺はどうしてそんな簡単な事に気づかないんだよ。


 入って欲しくないのにどうして入るように嘘をついたのかはもう分かりきってる。後輩が欲しかったのだ。


 オリエンテーション合宿で1回新色のカバンを持たされた事があっただろ?あれに味を占めて都合の良い後輩が欲しかったんだ。俺はそれに気づかずにもしかして俺がいないと…、ってまんまと引っかかったわけだ。


 あの2人とんでもない女だ。あんな事されたら俺じゃなくてもイチコロだからな。…魔性の女だよ、あの2人は。

 

 それか俺が将来結婚詐欺に引っかかるタイプってだけの話だったんだ。逆に今のうちに引っかかっておいて良かったのかもしれない。これで将来は結婚詐欺に引っかかっても2回目って事もあって立ち直るのが早くなるかもしれない。


 俺はいつ学習するんだ、新色も久田ちゃんも好きなのは早乙女なんだ。俺はただの親友キャラ、いつになったら俺は覚えるんだよ。転生前も勘違いして惚れて、告白して、振られて、笑い者にされただろ!もう忘れたのかよ。…いや、早く忘れたい。


 結局早乙女だけが俺を求めてたってわけだ。やっぱり持つべきは親友だな。親友は俺を裏切らない。


 

 あー取り下げたい。今すぐにでも入部を取り下げたい。でも、入るって言っちゃったもん!それにまたあの2人にあんな事されたらやっぱり入りますって言う自信あるもん!


 本当に今回だけはダメだったんだ、今回だけは本当に…。


 フミちゃん先輩のイベントはまずフミちゃん先輩の過去を聞く。そこでどうして厨二なのか、部活を続けたいのかを知る事になる。


 元々フミちゃん先輩は魔法少女りんごちゃんというアニメが好きでりんごちゃんになろうとしてたんだけど、周りにバカにされて辞めそうになったけどおばあちゃんだけは褒めてくれたから続ける事が出来た。でも、そのおばあちゃんが危ない事も知る事になる。


 家だけで趣味を楽しむつもりだったけど高校生になってこの部活に出会って、先に入っていた先輩たちがフミちゃん先輩を受け入れてくれた。おばあちゃん以外の理解者に会えて嬉しかった、嬉しかったからこそこの思い出の部活を続けたい。というのを聞く。


 次に部室を賭けてゲーム部と対決する。勝利すると電話がかかって来ておばあちゃんが危ないから今すぐに来てと言われて早乙女が自転車に乗っけて病院まで運ぶ。少したげど言いたい事が言えて良かったと、早乙女の好感度が上がる。


 ここまでがフミちゃん先輩のイベントだ。


 そう、俺はもうフミちゃん先輩のおばあちゃんが危ない事を知ってしまってる。俺もおばあちゃんには言いたい事がいっぱいある。だからこうやって転生してまで頑張ってるわけだ。


 原作だとフミちゃん先輩がおばあちゃんに言いたい事が少ししか言えないのも知ってるから心が痛いんだよな。


 原作通りに進めるためには俺はそれを覚悟して動かなきゃいけない。


 …部活にさえ入らなければな。


 部活に入らなかったら原作通りに進んでも俺は知らんぷり出来るからな。だってこれが元々あった世界だから。


 原作に関わったなら原作を変える権利が発生してしまう。原作通りに進めるも良いし、原作をぶち壊しても良い。だから今回は原作に関わりたくなかったんだ。


 …いや、言い訳だな。どうしても関わりたくない口実を作ってるだけだ。部活に入らなかったら俺の心がちょっとだけ痛まないってだけ、が俺の本音だ。


 悪いけど、今回こそはちゃんと原作通りに進めさせてもらうからな。もう他人に気を遣えるほどの余裕は俺に残ってない。心をどれだけ痛めようが気にしない。


 俺だっておばあちゃんに言いたい事が山ほどある。ちょっとでも話す事が出来るのなら悪いけど、それで我慢してくれ。


 


「ヒロちゃんご飯出来てるよ」


「いらない」


「でも、ご飯食べないと元気出ないよ」


「うっさい!」



 信じられるか?これが俺とおばあちゃんの最後の会話なんだぜ?…死ぬほど後悔してる。


 せっかくもらったチャンスを他人のために使いたくないんだ。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る