それでも千草なんだ

「神戸トラベルのCMや」


 時期的にそうなるか。あの頃はカグヤをメインキャラクターに据えてやってたけど、コータローもあそこのイラストをずっと描いてたものね。


「あの頃のカグヤやけど、だいぶ弱っとってん」


 そう言えば神戸トラベルのCMの後のカグヤの活躍はしばらく聞いてないと言うか、引退の噂も週刊誌にあったような。具体的にはどんな様子だったの?


「自暴自棄つうか、破滅に向かって突進しとる感じと言えばわかるか」


 だからバイクに、


「そうやねんけど・・・」


 カグヤと知り合ったのは神戸トラベルのCMのイラストだけど、それはあくまでも仕事の付き合いだったのか。プライベートの出会いは、


「衝原の休憩所や」


 あそこか。その頃のカグヤはバイクで峠を狂ったように走り回り、バイク仲間からは暴走娘として一目置かれるどころか敬遠されるぐらいだったみたい。とにかく、あたりかまわずバトルを吹っかけてたみたいだ。


 コータローのHAYABUSAも目を付けられてバトルを挑まれたのか。だけど勝ったのはぶっちぎりでコータロー。悔しいカグヤが淡河の道の駅で再挑戦しようとした時に、それがコータローだとやっと気づいたのか。なんて出会いなんだよ。


 Z900RSじゃ、HAYABUSAに勝てないと思うけど、何度も何度もバトルを繰り返してるうちに友情が芽生えたって、どこの少年マンガの世界かよ。人生相談的な話にも乗ってあげたみたいだけど、投資の話ってどこから出たんだ?


「あれか。カグヤはギャンブルにも狂うとってな・・・」


 競輪とか競馬だけじゃなく裏の賭博にもか。だから借金もあったのか。


「そんなにギャンブルが好きなんやったら投資にしてみいと言うたら・・・」


 投資もギャンブルみたいなとこはあるけど、やりようによっては勝てるところが違いかな。でも借金まで抱えてるのにタネ銭はどうしたの。


「乗りかかった舟やんか。貸したった。ほいでも、あんな才能があるとは、人ってホンマにわからんもんや。もちろん返してもうたで」


 もちろんそんな右から左に投資が上手く行くはずもなく、


「横で見とって、そのカネどないして返すんやとヒヤヒヤしとったわ」


 それにしてもどれだけ貸したんだ。


「このマンションも抵当に入っとった。ヤバかってんけど、なんかコツを掴んでくれたみたいや」


 そこまで行ったら肩入れどころか一蓮托生レベルだぞ。だったら、だったらだよ、それで夜のベッドのタンデムに進まない方がおかしいだろうが。


「オレの好みやあらへんかった」


 逃げるな。相手を誰だと思ってるんだ。朝凪カグヤだぞ、


「千草には言わんとあかんか・・・」


 カグヤはシャブにも漬けられ、キメセクをやられながら処女を奪われ、シャブ代のためにウリもやり、芸能事務所に入ってからも、モデル事務所に移ってからも枕をやりまくっていたんだよね。


「三人ぐらいは堕ろしてるはずや」


 ちゃんと避妊しろって言いたいけど、キメセクなら容赦なしだろうし、枕だってそれが当たり前みたいにやるだろうし、ウリだって割り増し料金を支払ってもやりたがる。というかさ、男ってあんだけ生でやりたがるのに、いざ妊娠したら逃げるのよね。


「それは男として面目ないと思うけど、カグヤは堕ろしたんもトラウマやってん」


 女だから堕ろすだけでも辛すぎる経験だけど、カグヤの場合は生い立ちもあるからなおさらだったのか。


「それとやけど・・・」


 カグヤはトップモデルにはなってるけど、伸し上がった手法は女の武器を使いまくりだ。これって自分を捨てて、男と逃げて行った母親と同じの自己嫌悪の塊にもなっていたのか。


「そやからあの頃は男嫌いやってん」


 そうなっても不思議ないけど、但馬のカグヤの様子はそうじゃなかったぞ。


「そこまで言わせるんかい。オレかって好みはあるわい。同情と愛情は別や」


 コータローがカグヤの境遇に同乗して肩入れしたのは掛け値なしだ。なにしろケチのコータローがマンションを抵当に入れてまでカネを作って貸してるぐらいだもの。まさに驚天動地の出来事だ。たぶん二度とあり得るもんか。


 不幸な生い立ちとその後の境遇から自暴自棄になっていたカグヤをコータローは受け止め、立ち直らせてるのだけど、さらには絶対にあったはず。カグヤはシャブまで使われてるんだぞ。


 シャブがどれだけ怖いのもかぐらいは千草でも知っている。すぐに中毒になるのも怖いけど、一度やめてもまた手を出してしまうのがどれだけ多いことか。だから麻薬だし、法律だって禁止してる。


 とくに芸能界はシャブとか、その手の怖い薬物が手に入りやすいので有名なところなんだよ。カグヤも再び手を出していたに違いない。それさえもコータローはやめさせたはずだ。それも一度や二度じゃないはずだ。


 カグヤが神戸トラベルのCMの後に表舞台から姿を隠していた時期は、ちょうどコータローとカグヤが付き合っていた時期になるはずなんだ。コータローはカグヤがシャブと完全に切れるまで付き合っていたはずなんだよ。そのために一緒にも暮らしていた。


 カグヤが男嫌いになっていたのは本当だと思う。けどね、それさえもコータローは癒してしまったはず。そこまでされてカグヤがコータローに惚れない訳ないだろ。これで夜のベッドでタンデムツーリング無しなんてありえるか!


 けどね、カブの駅で出会ってからのあの二人の態度は気になると言うか、おかしいんだ。あの時にコータローは久しぶりだから積もる話もしたいと言ってた。けどね、カグヤはインカム持ってなかったら、走っている間の話は出来ないのよね。


 話をするのはバイクを停めてる間になるのだけど、必ず千草を入れていた。つまり二人っきりで話した時間なんか殆どなかったはず。その話の内容だってたいした内容はなかったもの。七釜温泉の夕食の時だってひたすらカニに集中していただけ。カグヤもカニは好きみたいだ。


 なのに別れ際のコータローはすっきりしていた感じがあったのよ。どう言えば良いのかな。知りたかったことを確認できて満足したってすれば良いのかな。あれって、カグヤから何か聞きたかった訳じゃないのかもしれない。


 コータローが見て確認したかったのは、カグヤの態度とか、口ぶりとか、行動だったんじゃいかって気がするんだ。それで何を知りたかったかだけどカグヤがまたシャブに手を出していないかどうかだと思うのよね。


 ひょっとして、カグヤもそれをコータローに見せたかったのかもしれない。あんなもの少し話したぐらいじゃわからないと思うんだ。だからお泊りまでしたけど、翌日に別れたんじゃないかって。


 カグヤはコータローと別れた後もシャブにはもう手を出していないって伝えたかったんだよ。それをコータローが一番心配していることじゃない。だから千草がいても、どうしてもこれだけはの思いだったのかもね。


 それぐらいカグヤはもちろんだけど、コータローだって苦労したんだろうな。二人の関係は、死線を手を携え合って越えた同志愛みたいなものだから、そりゃ深くて重いなんてものじゃない。こんなものわかるはずないな。



 ずっと千草はコータローの好みの女はどういうタイプか探してた。それがやっとわかって来た気がする。わかったと言うか、どういう女がコータローのターゲットから外されてしまうのかだけどね。


 唯一コータローのタイプの女としてわかっているのは末次さんだ、それも高校時代の末次さんであって今の末次さんじゃない。今の末次さんと言うか、高校を卒業してからの末次さんでない理由も知ってるんだ。


 それは末次さんの男性遍歴だ。それを知った瞬間にコータローは高校時代の末次さんと卒業後の末次さんを別人みたいにしてしまってる。藤野千草だってそうかもしれない。成人式でコータローは藤野千草をお持ち帰りしたようなものだけど、あの時に聞いた気がするんだ。


 言っとくけど末次さんや藤野千草程度の男性遍歴はどこにでもあるものだよ。あれぐらいの経験がある女はそれこそ掃いて捨てるほどいるもの。だけどコータローに取ってはそれだけで、


『好みやあらへん』


 これになるって事だ。こればっかりはコータローのポリシーみたいなもの。その基準からするとカグヤは論外になるのかも。けどさぁ、けどさぁ、だからと言ってコータローが処女至上主義みたいな男でないのも知ってるんだよね。


 それが大学の時にコータローが付き合っていた彼女だ。それこそパパ活やってるようなヤリマンあばずれ女じゃないか。なのに、なのにだよ、コータローから聞く限りで一番楽しかった時代みたいなんだよね。



 あははは、やっぱりわかんないな。どうして千草だったんだろう。コータローの基準で合格したらこそ結ばれて結婚までしてる。それがなんかの気まぐれじゃないのは、心と体で毎日教え込まれてる。


 現実を受け止めるしいかないか。もうそれが最後の答えで良い気がする。朝凪カグヤでさえ、コータローの眼鏡には適わなかったのは事実だもの。なにより今の千草はこれ以上にないぐらい幸せなんだ。


 なんかコータローに感謝のお返しをしたくなってきた。そうなるとコータローが一番欲しがってるものを贈ってやるのが良いと思うんだ。それだって、ちょっとでもスキを見せたら、いや見せなくても要求をねじ込んで来るから耳タコで良く知ってる。


 コータローの欠点は多いけど、最大の欠点は変態なんだよな。どうして妻にコスプレを要求するんだよ。それもだぞ、高校の制服ならまだしも、あそこまでエプロンにこだわるのがどうしても理解できないのは本音だ。あれはエプロンフェチに違いない。


 コータローがたとえ心の故郷だけであっても、千草を美少女だと思ってくれてるのは疑いの余地はない。だから恥ずかしいけど見せてやろう。でもあれってどこまで見せるんだ。だってコータローが家にいる日にやっても変だ。


 やるのならコータローが病院の仕事に行った日で、あの姿で出迎えるシチュエーションになるよな。そのまま夕食の最終準備をして、一緒にご飯を食べてベッドだ。ここも考えておいた方が良いよな。


 コータローがその気にならない日は病院の仕事に行った日が多い気がするんだ。なんていうか手強い患者がいて疲れ切るのだと思うんだ。その気持ちはわかるよ。でもだよ、せっかくそこまでやってるのにベッド無しは嫌だ。


 というかさ、そうなってる千草を見て、コータローが奮い立たないなんて許されるものか。もしそうだったら檻に入れてドッグフード・・・・ああそれ良いかもしれない。檻とかドッグフードじゃないよ、どんなにコータローが疲れていようが炎上してしまう状態にしておけば良いんだ。


 どうするかって? そんなもの禁欲しかない。しっかり禁欲期間を作っておけば、千草のあの姿を見れば大炎上するしかないだろうが。もちろん、それまでに精の付くものをテンコモリ食べさせる。イモリの黒焼きって効くんだっけ。


 だったら、だったら新しいエプロンが欲しいな。千草だってこれだけ覚悟を決めてなるのだから、それぐらいの贅沢は許されるはず。ユニクロかしまむらで悩むな。コータローが喜ぶ顔が目に浮かぶ。これこそが夫唱婦随、夫婦円満の秘訣だ。


 どれだけ強烈な夜を堪能できるのかな。また新しい喜びの階段をコータローと登るんだ。三段か五段ぐらい一気に登れるはず。なんか今夜も欲しくなってきた。こういう時のシンクロ率はすっごく高いんだ。なんか燃えてきた。

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