第28話

日曜日、約束なんてしていない。


『葵のところに行ってもいい?』


『いいよ』


日曜の午後に予定がないのは知っていたから、葵にそうメッセージを送る。

本当はもっと前に聞くつもりだった。休みの間って何か予定があるの?なんて金曜に聞いたのに、遊びに行ってもいい?って面と向かって言うのが恥ずかしくて言えないまま土日休みに入った。だから今日になって突然メッセージを送った形になった。それでも迷いもなくすぐに返信されたメッセージにほっとする。


『じゃあ今から行くね』


『わかった、待ってる。気をつけて来て』


そのままでいてと言った通り。葵が優しい返信を返してくれるから嬉しくなった。


待ってる。気を付けて来て・・・・・・


思わずスマホを胸に抱きしめる。

たったそれだけの言葉に、胸がキュッとなった。


葵のマンション位に向かう間も、終始笑みがこぼれていた。

マンションのエントランス、上に通じる入り口を開けてもらって、エレベーターに乗り込む。静かに上がっていくエレベーターが目的の階に着くと。扉が開いて、葵が目の前にいた。


「わざわざ、ここまで出てこなくても」


「なんとなく」


なんか恋人にするみたいな行動だね・・・なんて冗談でも言えたらいいのに。私の期待を膨らませるような行動だと思う。そんなことをしてるんだってことさえ深くは意識せずに、葵は目の前に立っているのだろう。

わかってる、私ではなく山田さんが今ここに来たとしても、葵がそうするんだろう。



「イヤだな・・・みんなにそうなんて……」


それは勝手なつぶやきで、葵には聞こえない。


玄関を入ると葵が前を先に靴を脱いで、それについて入る。

葵の後姿、彼女の髪がカーディガンに少し挟み込まれてるのが見えて、手を伸ばす。

ふわりと髪を掬ってカーディガンの外に出す。ただそれだけのこと。

首筋に触れてしまったのは不可抗力で、意図したものじゃない。


バッと、葵が首筋を押さえて急に振り返って、驚いたように私の顔を見る。


「ごめん、髪の毛挟まってたから」


咄嗟に謝った。少なからず意識されているんだ……。そう思うと嬉しくなった。


「ああ、そう・・・だよね……ごめん」


葵も何故か謝ってくる。

覗き込むと、首筋を押さえたまま、照れたように赤くなった葵の顔が見えた。

そんなのを見てしまったら、もう一度手を伸ばさずにはいられなかった。

葵の手に私の手を重ねる。


「いつもだったら、そんな反応しないのにどうしたの?」


「いや、ちょっと……」


「ちょっとなに?」


「……麗華は、聞きたくないと思う」


「……どういうこと?」


私は聞きたくないこと?むしろ喜んでいただけに意味が分からなかった。


「中に入ろうよ」


葵が私の手を剥がして、先に行ってしまう。照れたと思った葵が、一瞬にして申し訳なさそうな顔に変わった。

私も追いかけて、リビングで捕まえる。


「ねぇ、待って。さすがにこれは、聞かせてくれないと離してあげられない」


後ろからギュッとハグするようにお腹のあたりに手を回す。


「ごめん…、春美さんがそういうことしてきたりするから。勘違いした」


「……」


喉が詰まる。私はバカだ、葵は私が振れたくらいで照れてりしないに決まっている。

しかも、春美さんが葵にするそういうことって何なのか。数分前まで喜んでいた気持ちは、一気に冷たい水に沈められたように、さめざめと痛む。


回していた腕に力が入って、苦しかったのか葵の手が私の腕と掴む。

けれど、引きはがされはしなかった。やっぱり、葵は優しいのだ。


モヤモヤした、私の気持ち。

伸ばした葵の長い髪。綺麗に整えられているからこそできたその肩口の割れ目に首筋が覗く。


春美さんは、葵に何をしたの?

覗いている葵の肌に、彼女に尋ねることなく唇を付けた。一度で気は済むわけもなくて何度も離しては付ける。わざとらしいリップ音に葵が煽られればいいと思った。


「麗華!……ちょ、ちょっと!」


私の行動に、めずらしく大きな声を上げ彼女はすぐ逃げようとした。今度は私の回した腕を、強く引きはがそうとしていた。

春美さんと同じように反応させたいと思って、放したくなかった。

でも、その抵抗に良心が痛んで、腕を離して首筋へのキスは数回で終わった。


やり過ぎだと思ったけれど、モヤモヤのせいで後悔はなかった。

俯いて葵の顔を見ることなく、ソファーに座る。

葵は部屋に行ってしまうだろう。

そしたら、帰ろう……

俯いたまま目を閉じてそれを待った。


休みの日を楽しく過ごすはずがまた壊してしまった。

バカバカバカバカ……

慣れたように心の中で叫んだ。

葵は明日も普通に接してくれるだろうか……もっとうまく立ち回りたいのに、嫌われかねないことばかりしてしまう。



あれ――

そこで、いなくならない気配に顔を上げた。

私の不安な顔を確認すると、葵は私の隣に腰掛ける。


「……麗華のばか、――――」



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