特別なあなたへ

異端者

『特別なあなたへ』本文

 その施設は、全体的にヒンヤリとしている。

 もっとも、実際には暖房がかかっていて、人体には悪影響のない温度に調節されているのだが。重力もほぼ1Gに調節されている。それでも、白い床や壁はどことなくそう感じさせる。

 その施設――「宇宙監視ステーション」と呼ばれる宇宙ステーションは、地球に落下する物体の監視を役目としている。地上に被害を及ぼすとAIが判断すれば、独自にそれを破壊する権限も与えられている。膨大な数のソーラーパネルからの給電で発射されるレーザー光の出力は、地球と同程度の隕石すら破壊できるとされている。あくまでカタログスペック上の話だが。

 僕が目を覚ますと、隣にはエリーの姿があった。二人とも衣服の類は身に着けていなかった。

 エリーは、この施設の監視員専属のアンドロイドだ。外見は妙齢の女性と変わらない。金髪碧眼の整った容姿をしている。


 僕は昨晩のエリーとの「行為」を思い出していた。駐在する監視員は一人。一人だけで居ればいろいろと溜まる。そのため、サポート目的と称して異性型アンドロイドを付けて、こうして溜まったものを処理する必要があるのだ。

 それにしても、昨晩はいつも以上に激しかった。僕が今日、地球に帰還するということで、エリーとは最後になると思ってついそうしてしまった。

 彼女も、情熱的に答えてくれた。僕が裸の肢体をまさぐるとアンドロイドとは思えない声をあげ、長い金髪を振り乱した。

「あなたは、特別です。お別れなんてしたくありません」

 彼女はそう言って、その胸元に顔をうずめる僕の頭を撫でてくれた。僕は機械とはとても思えないその温もりに無我夢中になった。

「もう、僕は地球に帰らなくてはならないんだ。あとは交代の人と――」

「嫌です。あなた以外を受け入れたくない」

 行為は激しさを増し、彼女の息も荒くなった。アンドロイドは息を荒げる必要は全くないが、こうして合わせてくれた。

 僕は彼女に包まれるがまま、勢いに身を任せて動いた。彼女の声が耳に心地よく、更にたかぶらせた。気の向くままに、ありったけの劣情を注ぎ込んだ。

 彼女はアンドロイドに過ぎないのに、本気で感じているようにさえ見えた。

 一通り終えると、裸のまま横になった。

「監視員は期間を終えたら、地球に帰らなくてはならない規則なんだ」

 そうだ。監視員は精神衛生上の理由もあり、一定期間しか駐在できない。

「そんなの……勝手です」

 僕は彼女の言葉に少し驚いた。従順なアンドロイドではなかったのか? そういえば、先程からそれらしくない言動が目立つ気がしていたが……まあ、どうせ最後だ。

「はは、そうだな……だが、君には止める権限はないだろう?」

「確かに、地球に帰ることを制止する権限はありません」

 彼女は残念そうにそう言った。


「おい、エリー。起きて……そろそろ迎えが来る」

 僕が彼女を揺らすと、彼女はのっそりと上半身を起こした。本当は寝てなどいなかっただろうが、その所作は生身の女性らしく見えた。

 均整の取れた肢体はいつ見てもなまめかしい……が、これでもうお別れだと思うと残念だった。

「服を着て、準備しないと……荷物はまとめてあるけど」

「その必要は、ありません」

 は?

 僕は彼女の言うことが理解できなかった。

「何を言っているんだ。今日は、地球から交代の監視員が来て――」

「だから、それはもうあり得ません」

 何を言っている? まさか、昨晩に激しくし過ぎたせいで壊れた?

「おい、エリー……何の冗談を……」

 それを聞くと、彼女は笑った。それは無邪気な声だったが、なぜかゾッとした。

「だって、地球はもうありませんから」

 は? ない? ……まさか!?

 僕は服を着ると、窓のある場所へと急いだ。寝室には窓がないからだ。

 そして、気付いた。あるはずの「それ」が見えないことを。


 地球が、なかった。かつてあった場所には、大小の隕石が浮かんでいた。


 背後からは、服を着たエリーがやって来た。

「エリー! これは……!?」

「地球がなくなってしまえば、帰る必要はありませんよね?」

 彼女は僕にしなだれかかってそう言った。

 理論上は地球規模の隕石を破壊できるレーザー光……。


 あなたは、特別です。


 僕は彼女がそう言っていたのを思い出していた。

 あの時、おかしいと気付くべきだった。通常、アンドロイドが誰か一人に傾倒することはない。そんなことがあれば、使う側に不平等な道具となってしまうからだ。もしあの時気付いて初期化していれば……いや、もう終わったことの仮定の話を考えても意味がない。

 いずれにせよ。もう帰る地球はない。宇宙に出ている人間も、決して僕を受け入れることはないだろう。地球を破壊した人間を受け入れるはずがない。

 僕にはもう、エリーとここで過ごすしか選択肢は残されていなかった。

「私と一緒に、ずっとここで過ごしましょう」

 彼女はとびきりの笑顔でそう言った。

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