第9話 帰り道
失敗もあったが、無事に納品は終わった。
「戻るには時間あるけど、どうしたい?」
・・・そんなこと言われたら。
頭を過るのはここで少し道草をしたい。そんなことしか出てこない。思い浮かぶモヤモヤを振り払い、こう答えた。
「みんな待っているから戻りましょう。」
詠美は満足そうに笑っている。
「そうね。昨日、言ったことわかってくれたんだ!うれしいな。」
「話せることからですよ。」
嘘でしかない。本当に言いたいことは、このまま逃げよう、なのだから。
「今日は楽しかったです。こんな作業は初めてですよ。」
自分から切り出した。
「そう言ってくれると嬉しいな。これからも期待しちゃいそう!今日の事は内緒だよ。私を助けようとしたことなんだから。」
戸惑う言葉が返ってきた。
「帰りは運転しますよ。」
「うれしいけど、ダメ。それは私の仕事だから。」
「・・・」
渋々、車の助手席に座る。運転席はまた詠美が乗り、車を駐車スペースから出し始める。運転している姿にも見とれてしまいそうだ。自分が完全に落ちたのがわかる。
帰り道が無言だ。沈黙に迷って、言うことも無い。キョロキョロせずに外を見ていた。すると、詠美に声をかけられる。
「この景色が一番好きなんだ!」
気づけば郊外にいた。目の前には雪が山頂に残っている山と夕暮れ前の空だった。日が沈む前の赤ではなく、山が黒くなる前だから雪も見える。そんな光のバランスが整った景色だった。窓を開けて風を入れると少し寒い。けど、これが自然なんだ。崩れることなくそこにある。そんな印象。
「周りは野原ですね。」
とぼけてみた。
「そう!広いでしょ!」
普通に言葉が返ってきた。残念そうな雰囲気はなく、ここはこんな所と伝えたかったのかもしれない。今、住んでいる場所を『村』と呼ぶようにしよう。自分ルールだけどしっくりくる。
村が見えてきた。ゲートを詠美が開けて中へ入る。特別なカードキーでないと開かないようだ。カードをかざすと門が開く、単純に見えるけど高度な技術が使われていた。ここでの生活の印象からは想像できなかった。ただ、出れないと感じたことは本当だった。
「今日はお疲れ様です。明日はまた違う作業になるのでよろしくお願いします。」
「お疲れ様です。」
去ろうとする詠美を見て思う。何か言わなきゃ。伝えなきゃ気持ちが伝わらない。焦り始める。
「この後は何をしますか?」
出た言葉に戸惑う。とっさだけどこれしか思い浮かばなかった。
「やる気あるねぇ!うれしいけど、今日はもういいんですよ。」
「・・・はい。」
逃げるようにその場を後にした。
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