第5話 前夜
宿舎の部屋に逃げ込むように帰ってきた。ベットに座り、考える。病院ではこんなことはなかった。相手にされていなかったのかもしれない。何もしないまま時間が過ぎる。気づけば窓から夕日が差し込んでいる。ここは西側の部屋なんだ。気にしていなかった。作業を早く終えた農場の人達が帰ってくる。話し声が聞こえるけど、外には出ていかなかった。完全に委縮してしまった。
時間が経ち、夜になった。窓を開けたままだと、気がついた。今はここにもいたくない。外に出よう。食堂や廊下の様子を確認して外へ出る。農場のあたりで声を掛けられた。
「どこに行くの?」
「!!」
詠美が前にいた。
「ご飯は食べた?」
「・・・」
「こっちに来て。一緒に食べよう。」
手を引かれる。
「離せよ!」
手を振りほどく。けど、その場から逃げ出したくはなかった。反抗できる。これなら言える。
「ここから出せ!」
「違うよ。ここが家になるんだよ。」
「わかるか!相手になんかしてないだろ!」
「・・・」
沈黙の後は何も言うことがなかった。空には月と星、地面には土や草花。その場にあるのは空気が止まるような感覚だけ。
「・・・話すことはありませんよ。」
気持ちも落ち着いてきた。
手を引かれ、作業棟の共有スペースに行く。そこに食事が用意してあった。食べなくてもいい。そんな気持ちだった。
「みんな、話してほしいんだよ。だめだったら私が聞くよ。」
「・・・。」
今日はダメだ。その場を去ろうと背を向ける。それがわかったかのように見ているのがわかる。前に踏み出せず、立ち止まる。ここで止まるには。頭をかきながら肩を落とす。ゆっくりと席に着く。
「いただきます。」
食事を食べ始める。これが見たくないのかもしれない。詠美が目の前で何も言わずに待っている。食事を早くすませて戻ろう。急いで食べ始める。
「焦らなくていいだよ。」
「・・・」
むかつくという言葉が頭に浮かぶ。でも、気持ちが怒りではなくなる。どうしてだろう。この人からはぶつける気持ちが和らぐ。時間が止まってほしいとも感じる。気がつくと夕食も残さず食べられた。
「ママ。もう暗いよ。おうち帰ろう。」
後ろから声がした。
「どうしたの?おうち抜け出しちゃダメでしょ!少しここで遊んでて。」
詠美は明るく答えている。子供は詠美の隣に座り本を読み始める。
「・・・」
声をかけることはできなかった。読みだしている本も何かはわからない。緑色のカバーでタイトルも見えない。その場にいられず立ち上がる。
「ごちそうさまでした。」
「はい。明日からよろしくお願いします。」
少し寂しそうにも見えたが、明るく見送られながら作業室をあとにする。
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