おんなトモダチ(俺)

楝めーこ

第1話 気になるあの子は男嫌い


「…うん。よし。意外といける」

おおよそ平日真昼間の男子中学生の部屋の光景として普通ではないだろう。

…俺、日向影人は今、姉の古着で女装をしている。

姿見に映った自分は、あとは首から上…髪さえなんとかすれば、ちゃんと女子に見えるだろうという仕上がりであった。


説明、いや弁解しよう。俺には元々そんな趣味があったわけではない。

今も別に…目的は女装そのものではない。

俺は中学に入ってすぐ周りの空気に馴染めず、もうふた月は学校に行っていない。要するに不登校だ。

不登校になったのは中学からだが、小学校の時馴染めていたのかというとそういうわけでもない。

日向に影というこの矛盾した名前も、男なのに小さい背丈も、高い声も、自分のなにもかもが嫌いだと気づいたのはいつのことだったか。

男と女では成長のピークが異なるとは言うが、さすがにクラスの女子の全員が自分より背が高くなった小6の春、思えばあの時にはじゅうぶん『大勢の中にいる自分』から目を背けたくなっていた。

クラスでのポジションはもっぱらいじられキャラで、先生も俺を『かわいがられている』と解釈して問題にしなかったが、俺は常にプライドを傷つけられているという感覚でしかなかった。

理解ある親友、というのも特にいない。

一緒に登下校をする友達も特にいなかった。なんなら近所のクラスメイトは全員女の子だったから、そのうちの誰かと一緒に帰ろうものならまたいじられるだけだ。

中学に上がれば学区が広がり、小学校の頃にはいなかったメンバーも加わって、俺もそのうち背が伸び声変わりをして馴染んでいくのだろうと希望を持っていた。ただそうそうすぐに人は変われなかったし、結果あっさり不登校になってしまったというわけだ。

毎日この部屋でゲームをしたり本を読んだり、親は勉強さえしていればいいと言ってくれたので勉強だけは置いていかれぬよう真面目にやる日々。

背が高くなって声変わりもすれば学校に行ってもいいかな。その時にはもう、クラスの人間関係は出来上がってしまっているか。

俺はただ『今の自分で学校のクラスに所属する』ということが嫌なだけだったから、ゲームや読書のような娯楽のひとつとして窓を開けて近所の公園を観察することもあった。

そんなときに、彼女は現れたのだ。


彼女は遊具の錆びた古い公園に似つかわしくないお姫様のような女の子であった。

シワやヨレひとつないワンピースに、丁寧に手入れしているのであろうツヤのあるロングヘア。

自分と同年代でありながら見覚えがなかったためすぐわかった。母からなんとなく聞いていた最近引っ越してきた女の子だ。

あまりの可憐さに2階の窓からじっくりと見てしまったが、視線に気づかれている様子はない。なにやら母親であろう女性と会話している様子だったので、こっそり少しだけ窓を開けて耳を澄ます。


「今度はちゃんとお友達と仲良くできる?」

「うん…」

「あんたのために引越しまでしたんだからね」


どうやら引越しの理由に彼女の人付き合い問題があるらしい。

あんな可愛い子でもそんなことあるんだ。

俺は勝手に親近感を覚えたが、見た目の華やかさからしてとても同じではないだろう。あの感じだとやっぱり俺より背が高いだろうな。

でも、もっと近くで見てみたい。中学。私立でないなら同じなのかな…

そうしてぼうっと見つめていたのだが、次の彼女の母親の言葉に固まった。


「ちゃんと男の子のいない町内にしたんだから」


…男の子?いるが。ここに。

どうやら引きこもりすぎて男子が住んでいることが把握されていないまでになっていたらしい。

いや。ただ引越しの下見の際に見かけなかったという理由だけで勝手にいないと言っているのだと思うが…それよりも待て。

なぜ男の子がいるかどうかが関係あるんだ?


「うん!だって男の子キライだもん、近所に住んでるだけでも嫌!女の子の友達が欲しい…!」


頭の上に固い石が落ちてくる感覚があった。

男の子が…キライ!?

あんな可愛い子と中学が同じなら学校に行ってみてもいいかなとか今少し思っていたところだったのに。

話しかける前から嫌われてしまった。

彼女がなぜ男嫌いなのかは知らないが、俺も男にいじられすぎて不登校になった身だ。男がキライな女の子だということを理解するのは早かった。

なんならあんなに可愛い子を傷つけぬためなら俺はここに住んでいないという設定を貫く覚悟もある。

…だが。

やっぱりもっと近くで見てみたい。

話したい。

一目惚れではあるが、なにも付き合いたいとかは言わないんだ。

ただ話してみたい。

彼女と話せるのなら、それが俺としてじゃなくたっていい。


そうして至った結論が、これだったのだ。


女装をして別人として外に出て、彼女の女友達になる。

完全に変身して仕舞えば俺を知る近所の人にも俺だとわからないだろう。

…背が低く声が高いという俺のコンプレックスが、役に立つ時が来た。

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