(2)
「痛くねえのかよ」
「すごく痛い。でも大丈夫」
言いながら、ガキは起き上がった。そしてぬいぐるみを抱える。
「おじちゃん、クマゴロー役に立った?」
「ああ? なにがだよ? ってか、おまえ、それ忘れてくなよ。それがないと寝れねえとか言ってただろうが」
「違うよ。忘れてないよ。クマゴローはお守りだから」
………………まるで意味がわからん。
「クマゴローいると、嫌なこととか悪いこと、みんななくなるんだよ? だから、おじちゃんが持ってていいよ。貸してあげる」
「いらねえよ。お守りなら、おまえが自分で持ってりゃいいだろ」
「うん。でも、ぼくが持ってると、男のくせにおかしいっておじちゃんが」
「だから言ってねえってばよ。んなこと俺は思ってねえし、おまえのもんなんだから、おまえが持っとけってさっきから言ってんだろが」
「違うよ。おじちゃんのことじゃなくて、もうひとりのおじちゃん」
「あ?」
「クマゴローがダメって言ったのは、ママのカレシのおじちゃん」
なんだ、こいつ。親父はいねえのか?
「だからね、クマゴロー持ってると捨てられちゃうんだ」
「そのおっさんにか?」
うん、とガキは頷いた。
「クマゴローは、ぼくのためにならないんだって」
「なんだそりゃ」
「ぼくが男らしくないと、ママを守れないからよくないって」
内心でもう一度、なんだそりゃ、と呟いた。
母親を守れる男になれ、というのは理屈としては正しいのかもしれない。だがそれを、こんなガキに強要すること自体間違っている。しかもこいつの母親のオトコなら、
「ねえ、おじちゃん、今日、ぼくのこと待っててくれたでしょ」
「……べつに待ってねえよ」
「でもちゃんと、クマゴロー連れてきてくれた」
「俺が持っててもしょうがねえからだよ」
「うん、ありがとね」
ガキはぬいぐるみを抱えなおして、嬉しそうに頬ずりをした。
そんなに大事なら、持って帰りゃいいだろうにと思う。だが、そうするとまた、その母親のオトコとやらに捨てられるということなのだろうか? というか、そもそも、そいつも一緒に暮らしてるってことなのか?
「ねえ、おじちゃんのお仕事も『むしょく』なの?」
そのひと言で、充分だった。
なるほど。こいつの母親のオトコは、
思ったら、無性に腹が立った。
そんなクズ野郎と一緒にすんな、という思いと、いまの自分は、どうあってもそいつとなんら代わり映えしないレベルの人間なのだ、という両方に。
自分の無能を棚上げにして、自分より遙かに弱い相手にのみ偉そうに振る舞うクソ野郎。そんなクズなんかと、おなじラインに並んでいると思うだけで吐き気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます