第10話 “叔父上”さんの介助

「………良かった……戻って来れた!」


「チュッチュ!!」



 小部屋に置いた『ばぁちゃんち』に戻った途端、緊張が緩んだのか膝が笑い出した。それはもう可笑しいくらいガクガクと。


 はぁ…でもまだなんだよな………。


 俺の肩から降りたチュ太の後を追って、家の方へと向かう。


 爽々と心地よい風が吹く縁側で、大樹くんと幸樹くんはまだそろってお昼寝中だった。


 チュ太がいれば、俺が戻って来たと分かるだろう。それなのに姿が見えないと、また不安にさせる可能性があるな。



『だいきくん、こうきくん。

 おじちゃんは、ゆうごはんまでには

 もどるよ!まっててね!』



 メモにそう書いて枕元に置いた。チュ太も居るし、これなら気づいて大人しく待っててくれるだろう。起きてから食べられる様に、卓袱台の上に、お中元のお裾分けで貰ったクッキー缶とジュースをセットして『ばぁちゃんち』を出た。


 小部屋に異常は無し。


 ドア・ツー・ドアになる様に『我が家』を出す。



「………………………(無事でいてくれ!)」



  願いを込めて手を合わせてから『我が家』のドア開けた。



「………おお……戻ったのか?」



 マットレスの上から“叔父上”さんが声を上げた。

 


「(ああっ!!良かったぁぁぁ!!!)」



 後ろ手にドアを閉めて、俺の膝は再びヘナヘナと力なく折れた。


 本当に良かったよぉぉぉ〜〜!!


 安心したら、少し目に汗をかいたじゃないか!もう異世界やだ!!心配と苦労が、命懸けガチ過ぎるんだよ!!



「……ははっ!……どうやら…だいぶ心配を掛けた様だな。……ほれ、私は生きとるぞ!」



 気遣う様に、“叔父上”さんが明るく俺に言う。怪我や衰弱が解消された訳でも無いだろうに。



「……少なくとも俺達の居た国は、こんな殺伐とした世界じゃなかったんですよ。ましてや、貴方が受けたであろう暴力は、俺からしたら犯罪です。………それより、お加減はいかがですか?もう少し水分をとった方が……」



 そこまで話して、空になったペットボトルの経口補水液が目に入った。



「……喉の渇きが酷くてな……。先ほどの不思議な水、全部…飲んでしまったよ……。それに、痛み止めが効いたのか、調子がだいぶいいんだ」


「本当ですか?!良かった……どうやって治療したらって悩んでたんですよ!」



 まだ、1人で身体を起こせる程では無いけど、寝返りも出来るし、口調もしっかりしてる。顔色は………汚れとヒゲがモジャ過ぎて分からない。


 俺は“叔父上”さんに断りを入れて、マットレスを寝室まで引っ張った。出来れば風呂に入ってもらいたいけど、流石にまだ無理だろう。


 着ている服もボロボロな上にキツい臭いを放ってる。あの牢屋ただの箱で、トイレも何も無かったもんな。


 洗面所から、お湯を張った洗面器とハンドタオルを数枚と剃刀、シェービングフォームを持って部屋に戻り“叔父上”さんに話し掛けた。



「あの……出来れば身体を拭いて着替えをお願いしたいんですけど……どうですか?」


「是非頼むよ。……我ながら、酷い臭いと身体の痒みで辛かったんだ。あるなら風呂にでも入りたい気分だ」



 俺はその一言を待っていた!!

 よし、入ってもらうぞ!今直ぐに!!!


 嬉々として、風呂に湯を張ると、“叔父上”さんを介助して浴室へと向かった。



「…………随分と……かわいい……風呂だな」


「…サイズの事を言ってます?城の風呂と比べないで下さい。これが異世界の庶民基準サイズですよ」



 見たことは無いが、想像としては大浴場ぐらいだろうか?この人の思ってる風呂の基本サイズは。


 さて、先ずはそのかわいい湯船に入ってもらおう。その中で、頭も身体も洗ってしっかり汚れを落としたら、シャワーで洗い流せばいいな。


 そしてこの“叔父上”さ……様。ご自分で服を脱がない種族らしい。全く手を動かそうとしない。いや、俺も手伝うよ?だけどあくまで『手伝い』だからね?出来る事は自分でやってね?



「…………この服、もう捨てた方がいいんで、切りますね?」


「ああ、全部任せたよ」



 だーかーらー!!風呂で全権委任すな!!






□□□□□





「……………はぁ………生き返るよ……」

 

「……そうですか………。もう1回頭を洗い流しますよ」


「分かった……………」




 されるがままの“叔父上”様。人に任せるのに慣れていらっしゃる。恐縮とか一切無い。

 俺は『これが王族なのか?!』と知った。だって、こんな歳(推定40代)になってから、人に頭洗って貰って背中流してもらうなんて、そうそう無いぞ?!


 バシャバシャとシャワーで髪を濯ぎ、最後にひげ剃りしたら完了だ。

 黒く汚れた湯船のお湯を代える事3回目で、やっとお湯が汚れなくなったのを見て、温泉の素を入れた。


 “あなたの疲れと肌荒れに”との売り文句に釣られて買った物だ。


 香りも爽やかで、癒しと共に臭いも誤魔化してくれそうな素晴らしい商品。



「………ほう…良い香りだな」


「……こちらは一応、身体の疲れと肌の不調に若干の効果がみられると言われてます」



 もう、気分は従者若しくは介助者。


 さて、湯温は低めにしてたけど、長湯も身体に良くないだろう。有無を言わせず、髭も全部剃ってスッキリした。『……口髭は!!』とか“叔父上”様が言って抵抗を見せたけど聞こえない振り〜。


 この人を牢屋から連れ出した以上、悠長にもしていられない。


 “叔父上”様に脱出ルートを聞き出して、先ずはこの場所から離れるぞ。

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