第8話 階下へ
チュ太をシャツのポケットに入れ、廊下の気配を探る。………多分大丈夫、誰も居ない。
このまま進める所まで行こう。
緊張で嫌な汗が流れる。自分の心臓の音がやけに大きく身体に響いた。
今回、護身用にと『我が家』から武器になりそうな物を持って来た。高校時代に使っていた金属バットと、鞘付きの果物ナイフ。動きやす服と靴にも着替え済。
そして、万が一の時は躊躇うな!そう自分に言い聞かせて先へと進んで行く。
とにかく、早くここを出たい。でも“急いてはことを仕損ずる”。それだけは避けなきゃならない。
あとは、2つ目の箱庭を作った事で、食料の補充が出来た事と、移動先で『我が家』に隠れられるメリットが手に入った。
人の気配がしたら先ずは直ぐに隠れよう。
ゆっくりと『ばぁちゃんち』を設置した小部屋から廊下を慎重に慎重に進むと、左に折れたところで階段が現れた。
上り、下りの両方へと行ける階段。
外部から聞こえた訓練の掛け声は、上から聞こえて来た。それに最初の広間から小部屋、廊下に至るまで、窓が1つも無い。
自ずと、ここが何処かの建物の地下に相当する場所じゃないかと考えた。
多分、上りが建物から出る為には正解のルートだろう。その代わり、誰かしらと遭遇する確率が格段に上がる。しかも今は昼間だ。無理は出来ないし、すべきじゃ無い。
俺は消去法で、階下へと下りる階段を選んだ。
チュ太がポケットから出て、肩でヒクヒクと鼻とヒゲを忙しなく動かした。何かを察知したのか?
1段1段、石造りの階段を下りていくごとに、自分の鼻でも分かるくらい据えた臭いに混じって血の臭いを感じた。
気持ちが『もうこれ以上行きたくない』と騒いでいる。地下にあるってだけで、碌なもんじゃ無い。しかも、俺はホラーとかスプラッタが苦手なんだよ!
そんな弱々しい心を奮い立たせて、下のフロアまで下り切った。
「(クソ!超怖いんですけど!なんだよココは!まるで……牢屋………それにこの臭い)」
真っ直ぐと伸びた通路の両方側には、鉄の柵が嵌め込まれた部屋が並んでいる。嫌な臭いがするのに、人の気配が薄い。でも確かに誰かが居るのが分かった。これはまた新しいスキルでも生えたかもな。
通路を進む前に『我が家』を設置しておく。
逃げ込む準備は万端。
通路を進み、気配のある鉄格子に近づく。
「ヂュッ!」
「(…ッッ!!痛ってぇ!!チュ太!何で噛むんだよ!!)」
肩に乗ってたチュ太が、いきなり耳朶に噛み付いてきた。叫ばなかった俺、マジで偉い!
『チュ太、おじちゃんのおてつだいしてね!あぶないときは知らせるんだよ?』
探索にチュ太を同行させる時、大樹くんからしっかりチュ太へと手伝いをお願いして貰った。だけどやっぱり大樹くんじゃなきゃ言う事を聞かないのか?
それとも………
「…………………また……か?」
「(!!!!!!ひっ、ビビった!!急に声を掛けるなよ!!)」
「…………何度…来ようと……我が身が…どうなろうと……愚か者に……恭順など……決してしない!……失せろ!!」
「……………………」
鉄格子の中にいた人物は、荒く敷かれた石の床に横たわり、顔だけを動かしてそう叫んだ。
あの顔の腫れようじゃ、目が見えて無いだろう。着ている服もあちこち切れ、血で黒く変色していた。それなのに、声には力を感じる。
この人はいつからこの牢屋に入れられているんだろう。身体もかなり痩せ細っている。とりあえず、話を合わせて情報を探ろう。何でここに捕らえられているのか、誰に恭順出来ないのかを。
「…………気持ちは変わりませんか?」
「くどい!」
「何故です?従った方が楽になれますよ?」
「………誰が従うか!……お前は……お前等は……何度も…何度も!異界から……無理矢理……召喚した者達を…使い捨ての……道具とでも……思っているのか?………人を……人とも思わぬ………所業……お…お前等が……撒いた種だ………自分で贖え!」
この人は………。俺達の召喚を否定したからここに入れられた?いったい誰なんだ??
更に話をしようとした時、耳元でチュ太が鳴き声を上げた。続いて石畳を歩く硬質な音が反響して耳に届く。
俺は出来る限り音を立てない様に『我が家』へと向かった。この数歩が果てしない。
そして複数の足音が地下牢へと下りて来た。
「(セーフ!!)」「チュ!」
カツカツと近づく音に肝を冷やしつつも、静かに『我が家』から牢屋の様子を伺った。
……あれは………確か最初の広間で演説していた奴だ。それと護衛だろうか?騎士とローブを着た魔術師らしき男を従えている。
「…………叔父上、調子は如何ですか?そろそろ根を上げて協力する気になりましたか?」
「…………………………失せろ」
「連れないことを言わないで下さいよ。可愛い甥っ子のお願いですよ?それにマリア様もとても心配されています。早く帰って安心させてあげたいとは思いませんか?」
「…………お前の言葉は………軽いな……クズの吐く台詞は………もう聞き飽きた……」
ふぅ…と態とらしい息を吐いて肩を竦めると、“自称甥っ子”はそのまま背を向け階段の方へと戻って来た。
「(っ!!!チュ太!)」
ドアの陰から様子を見ていたら、不意にチュ太が肩から降りて牢屋の中に走って行ってしまった。
「ん?何か動いたぞ!」
「………ええ、ハイドラットです。階段の手前に、ほんの少しだけ空間の揺らぎを感じたのですが、どうやらネズミがいたみたいですね。屍肉を齧りに来たのでしょう……」
「(……チュ太!!)」
魔術師の言葉に慄き、ゆっくりドアを閉じた。空間の揺らぎ?…………まさか箱庭の存在を感知されたのか?!
恐ろしくてドアを閉めたまま5分ほど待った。再び少しだけドアを開くと、隙間からチュ太が戻って来てくれた。
「チュ太!!お前、助けてくれたんだな!!ありがとう!!お陰でバレずに済んだよ!!」
「チュゥ〜〜!!」
掌にチュ太を乗せて、ヒマワリの種をあげた。危なかった!!はぁ〜〜〜本当に心臓に悪い!
一先ず、地下はもう行き止まりだから、次は上階を目指すしかなくなった。
それと、捕まってる“叔父上”さんを出来れば助けたい。だけどあの鉄格子を開ける鍵はどこにあるんだ?
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