第7話 悪役の夜

 麦の狩り入れも終わった初秋の夜。クレヴィング伯爵家の領地。とある街道にて。


「へっ……ショボい商人集団の割にはなかなかいい商品扱ってるじゃねえか。ええ?」


 そこには10人程の武装した男達と、その男達に取り囲まれ地面に膝を突き震える3人の商人の姿があった。商人達の方は街から街へと旅をして商売を行う行商人で、彼らを取り囲むのは盗賊達だ。

 つまり要約するとこういう事情となる――。行商人達は旅の途中、盗賊に襲撃され抵抗するすべもなく盗賊達に捕らえられてしまったという事だ。普段なら夜間の移動は避けるのだが、急ぎの商談があったために夜に移動してしまったのが商人達の不運だった。


「で、おかしら。こいつらはどうしやす?」


 盗賊のひとりが、剣の切先で商人達を示しながら問いかけた。


「生かしてもしょうがねえだろ。殺せ」


 盗賊達の頭目……口元から顎までを覆う髭を生やした男は冷酷に告げた。その発言に商人達は震えあがりつつも説得を試みる。


「ご、強盗殺人は重罪だぞ……!と、特に新当主ジークヴォルト様になってからは、法の適応が厳しくなったと聞く……」


「そ、そうだ!強盗だけならば禁固刑で済む……だ、だが、俺達を殺せば縛り首確定だ。だ、だから……み、見逃してくれ……!」


 命だけは助かりたい一心でそう懇願する商人達だったが、盗賊団の頭目は嘲りの笑みで返答する。


「はっ……バカが。それは捕まった場合の話だろうが。俺らは捕まるようなヘマはしねえんだよ」


「だ、だが……ジークヴォルト様は短期間で悪代官達を一掃をさせた有能な当主と評判だ。あ、あんたらが捕まる可能性も高いんじゃないか……!?」


「俺らを悪代官なんかと一緒にするんじゃねえよ、カスが。俺らはな、誰が相手だろうとビビったりしねえ。ジークヴォルトだか何だか知らねえが、そんな貴族如きに……」


「俺を呼んだか?」


 不意に聞き慣れない声が背後から聞こえ、首領は振り返る。そこには月光に照らされ闇夜の中に浮かび上がる青年の姿があった。月の光よりもなお妖しく光る白銀の髪。貴族らしい秀麗な顔立ちと、均整の取れた体格。そして、見る者を深淵にいざなうが如き闇を秘めた蒼い瞳。


「しかし、いい月だ――月光の下こそ、悪の活躍する舞台には相応しい。お前達もそう思うだろ?」


「なっ……なんだてめえ!?」


「ジークヴォルト・フォン・クレヴィング。この地の支配者であり……そして、いずれ世界の支配者になる男だ」


「り、領主のジークヴォルトだと!?ふざけやがって!」


 盗賊のひとりが反射的に剣を抜き、青年に向かって振り下ろした。しかし闇夜に青白い光が浮かび上がったかと思うと、盗賊の剣はその半ばから断ち切られて宙を舞う。それとほぼ同時に、盗賊は胸から血を吹き出し絶命した。


「な、何が起こった!?」


 盗賊達には理解出来なかっただろう。魔力によって強化されたジークヴォルトの手刀により盗賊の剣が断ち切られ、そのまま胸を切り裂かれた事など。


「くそ!殺せ!殺せぇ!」


 頭目は叫ぶ。突然現れた相手が本物のジークヴォルトなのかどうか、そんな事はどうでもいい。とにかく殺さなければまずい相手だという事は間違いない。


 盗賊達がジークヴォルトに殺到し、そして青白く光るジークヴォルトの手足がその肉体を切り裂いていく。その様子を見て、商人達は場違いな感想を抱いてしまった。


(う、美しい――)


 月夜の中でジークヴォルトの戦うその姿を、そんな風に思ってしまったのだ。そして、数分後……。周囲には9つの死体が転がっていた。残る盗賊は、頭目ただひとり。


「く、く、クソが!な、なんなんだよてめえは!」


 恐怖に震えながらも、ジークヴォルトに向かって必死に剣を構える頭目。そして、頭の中で自分の目の前の青年の力量を比べ……計算を巡らせる。


「はぁ、はぁ……クソッ!」


 頭目は手に持っていた剣を投げ捨てた。


「と、投降する!俺を捕まえるなり何なりしろ!」


「ほう……」


「この領地の法律じゃあ、強盗殺人は縛り首……。強盗だけなら禁固刑、だったよな。ここで殺されるよりは禁固刑の方がマシだ」


「なるほど、小規模とはいえ盗賊達の頭目だけあってその辺りの計算は出来るという事か」


 そんな事を呟きながらジークヴォルトは首領に近付き……腰から剣を引き抜いた。


「お、おいおい!ま、まさか俺を殺す訳ねえよな!?俺は投降したんだぜ!?それに、大人しく禁固刑を受け入れるって言ってるじゃねえか!」


「なるほど、強盗は禁固刑というのが我が領内の法だ。しかし……それはお前に相応ふさわしくない」


「ふ、相応しくない……?」


「その通り。お前は盗賊達の頭目としてこれまで数々の悪事を働いて来たのだろう?人も殺してきたはずだ」


「……それを否定はしねえ。だ、だがな!俺は証拠を残すようなヘマはしてねえ!裁判になっても、余罪が明らかになる事はないはずだ!」


「そんな事を言っているのではない。お前は小さな盗賊団とはいえ悪の組織のリーダーだった男だ。その男の終わりが禁固刑など……寂しすぎるだろう」


「え、え……?」


「悪には悪に相応しい最期というものがある。牢獄に繋がれて終わり……というヌルい最期は貴様に相応しくない。俺が華やかにお前の命を終わらせてやろう」


「な、何を言っている……?」


 頭目はジークヴォルトの理論が理解できない。そしてようやく気が付いた。自分の目の前にいる男は――イカれているのだと。そもそも考えてみれば、10人もの盗賊団相手に単身乗り込んで来るというのがまともではない。

 そして、まともではないからこそ目の前の男は迷いなく己の言葉を実行するだろう。そうだ、この青年は……自分のような小悪党とは格の違う、真の悪なのだ。


「ま、待ってくれ!お、俺は死にたくない!お、俺は……!」


 頭目はガクガクと足を震えさせつつ半歩後ずさる。


「ゆ、許してくれ!俺は死にたくねえんだぁ!ひっ……ひあああ!」


 ジークヴォルトに背を向け走り出す頭目。そんな彼の背に向かって、無慈悲なる刃が振り下ろされた。


「鮮やかに散れ。名も知らぬ悪党よ」


「げはっ……がはっぁぁぁぁ!」


 鮮血が舞い、月光の下で頭目の命は儚くもついえた。

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