第33話 焼肉屋に慣れないチーム
「はい、どうぞ」
「ありがとっ海人。いただきます」
目の前でたこ焼きを食べさせあっている胡桃と海人を見てここでもイチャイチャできるんだと謎に感心してしまった。
恋人がいたらこんな風に俺も彼女とやるんだろうかと変なことを考えていると隣からじっと見られていることに気付いた。
隣にはポテトを1人黙々と食べる渚咲がいて、目が合うと彼女は慌てた様子でプイッと前を向いた。
怒っているというわけでもなさそうだが、何か俺がやらかした可能性はある。じっと見られていたから口の周りにたこ焼きのソースでも付いているのかとも考えたが口の周りには何も付いていなかった。
後はたこ焼きが食べたくてこちらを見ていたのかもしれない。一口欲しい的な……。
これがもし勘違いなら少し恥ずかしいが、食べたくて見ていたような気がする。
まだ使っていない爪楊枝を手に取り、それをたこ焼きに突き刺す。
(ふぅ……よしっ!)
一旦深呼吸してから俺は爪楊枝に突き刺さったたこ焼きを持ったまま渚咲のいる方向へと体を向けた。
「藤原……たこ焼きいる?」
「…………良いのですか?」
一瞬、いいのかとフリーズしていたが渚咲はたこ焼きへと視線を落とした。
「いいよ」
「ありがとうございます」
渚咲は口を開けて待っているのを見て、俺はたこ焼きを彼女の方へと近づけていく。
自分が持っているのだから食べさせるつもりでいたが、いざやってみようとすると緊張しつつ気恥ずかしくなってきた。
「ではいただきます」
渚咲は目の前にあるたこ焼きをパクっと食べると幸せそうな表情をしていた。
(ほんと美味しそうに食べるなぁ……)
「八神くん、とっても美味しいですね」
「あぁ」
気付いたら手が彼女の頭の上にあり、撫でていた。撫でられるのが好きと前に言われたからやったら喜ぶだろうとわかっていたからだろうか。
「八神くん?」
「! ごっ、ごめん……」
慌てて頭から手を離すと渚咲は驚いた顔をしていたが少し寂しそうな表情を見せた。
「いえ、前にも言いましたが八神くんの手は落ち着くので頭撫でられるの好きです」
「……そ、そっか」
特殊な手、というわけでもないが落ち着くと言われて嫌な気は全くしない。
「たこ焼きのお返しにポテト差し上げます」
「ありがと」
ポテトなら手でと思ったが、渚咲がポテトを俺の目の前に持ってきてどうぞと言いたげな表情で待っていた。
(これは食べてってことだよな……?)
口を開けて食べさせてもらうと彼女はどうですかと俺が食べ終えるのを待っている。
「塩がちょうど良くて美味しい」
「ですね、私もこれぐらいが好きです」
「私も好き。藤原ちゃん、私もあーんして?」
渚咲の隣に座る彩音はニコニコしながらポテト欲しいアピールをしていた。
「いいですよ」
「わ~い、ありがとう!」
「もう、彩音さん? ポテト頼んであるじゃないですか」
渚咲に食べさせてもらおうとしていた彩音だが目の前に座る真綾に怒られていた。
「私はあーんしてもらいたいの」
「あーん!? 私も食べさせてもらいたい! あーちゃんだけズルい!」
「胡桃はダーメ」
「むむっ、それは渚ちゃんで決めることだもん」
(人気者だな、渚咲)
***
お昼を食べ終え、みんなで遊んだ後は胡桃と彩音の提案により焼肉屋へ行くことになった。
プールで遊んだ後で体力が持っていかれて今から焼肉屋に行ける気力があるかといえばあまりなかったが渚咲に誘われ行くことにした。
「何頼む?」
「やっぱこれでしょ!」
「わっ、いいね」
胡桃と彩音を中心に何を頼むか決めていく中、焼肉屋に初めて来た渚咲はどこか落ち着きのない様子でいた。
「渚咲、大丈夫か?」
プールで遊んで疲れたのかもしれないと思い、声をかけると渚咲はコクコクと首を縦に振った。
「少し慣れない場所に緊張してしまって……」
「あーなるほど。俺も焼肉屋とかカラオケはまだ慣れないな。あんまり行かないから」
友達が少ないのも理由だがこうして大勢でどこかに集まって一緒に食べる機会は今まで数えきれるほどしかない。
大勢で何かするのは嫌いではないが好きともいえない。おそらくこう思うのは穏やかに過ごしたいと願う気持ちが強いからだろう。
「私もです。この3人でチーム組めそうですね」
そう言って共感したのは渚咲、ではなく彼女の隣に座っている真綾だった。
「どういうチームなんだ?」
「焼肉屋に慣れないチーム、でしょうか?」
「そのまんまだな」
「ふふっ。でも仲良くなれそうな気がします。グループ作ります?」
「いいですね」
真綾はスマホを鞄から取り出し、グループを作っていた。俺もスマホを取り出し見ると『焼肉屋に慣れないチーム』というグループに招待されていた。
(そのまま……)
「あっ、裕子さんから連絡が……」
「あっ、忘れてたな」
「ですね、楽しくて忘れてしまってました。私が食べて帰ること裕子さんに伝えておきますね」
「ありがと」
渚咲はお母さんに帰りが遅くなることをメッセージで伝えている間、真綾から見られていることに気付いた。
「真綾? どうかした?」
「……いえ。ふと久しぶりに亮平くんの家でお泊まり会をしたら楽しそうだなと思いまして」
「あぁ、小さい頃はよくお互いの家に泊まってたな」
異性の家に泊まることは小さい頃だったからこそできたことだ。今じゃ幼馴染みとしても難しい。
真綾と懐かしい話をしていると渚咲は俺の腕をツンツンして話しかけてきた。
「お泊まり会ですか?」
「あぁ。真綾の家族とは仲良くてよく泊まってたんだ」
「楽しそうですね。お泊まりなんてしたことがないので羨ましいです」
「渚ちゃん、したことないの!?」
「えっ、あっ、はい」
先ほどまで彩音と話していた胡桃が突然会話に入ってきて渚咲は驚いていた。
「なら私と今度お泊まり会しよっ!」
「お泊まり……はい、是非しましょう!」
「やったっ!」
胡桃は喜び、そして俺を見てどや顔する。
羨ましいだろ、みたいに見てくるけど俺と渚咲一緒に住んでるんだけど……。
***
焼肉屋を出た頃には外はもう日が暮れて暗くなり始めていた。
解散後は皆家に帰宅したが私は駅前の喫茶店で紅茶を頼み、待ち合わせ時間まで待っていた。
(友人と過ごす夏休み……悪くないですね)
窓際の席から歩いている人を見ていると後ろから足音がした。近くで足音が止むと今度は声がした。
「茅森さん、何の用かな?」
名前を呼ばれ、振り返るとそこには中学が同じ鈴宮玲奈がいた。
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