第20話 なでなでタイムではなくハグタイム

 ドリンクだけでなく、その後、注文したポテトやナゲットが届くとそれをみんなで分けて食べることになった。


「胡桃、今回の試験はいけそうか? 中間の時、赤点2つぐらい取ってたけど」


 海人のその言葉に胡桃は「し、試験……」と言って試験の話はしたくなさそうだった。


「赤点取ってたのかよ」

「海人、りーくんと渚ちゃんの前で暴露しないでよ! 恥ずかしいじゃん!」

「いや、これぐらいしないと本気で頑張らないかなって」

「うぅ……確かにそうかもしれないけどさ……」


 もうすでに諦めている教科があるって前に言ってたしこの様子だとまた赤点になる確率は高い。そうならないよう海人が俺と渚咲の前で前回の試験のことを言ったわけだが……効果はありそうだな。


「渚ちゃん、数学教えて~」

「ふふっ、もちろんです」

「やっぱ渚ちゃん天使! 海人もりーくんも数学できすぎてて教えてもらっても意味分からないんだよねぇ~」


(意味分からんて……)


 聞かれたら分かりやすく丁寧に教えていたが理解されてなかったのかよ。


「じゃあ、今度から聞かれても教えない方がいいか……なぁ亮平」

「そうだな」

「わーまってまって! 別に2人の教え方が下手ってわけじゃないの! 上手すぎてってことだから」

「ほんとかなぁ」

「ほんとだって!」


 胡桃と海人のやり取りに隣にいる渚咲は面白かったのかクスッと笑っていた。


 彼女が楽しそうだとなぜか嬉しい。俺は彼女の笑っているところが好きなんだろう。


「藤原、飲み物入れてくるけど、何か入れてこようか?」


 空になったコップを見て、ついでにと思って聞いてみると彼女は椅子から立ち上がった。


「大丈夫です。八神くんが行くのでしたら私も行きます」

「ん、わかった」


 飲み物を入れていくと海人に声をかけてから渚咲と再びドリンクバーへ行くと高校生が何人かいて、暫く待つことにした。


 やがて人が減ると前に並んでいたカップルの会話が聞こえてきた。


「玲奈、また同じのじゃん」

「いいじゃん、好きなんだし」


 話すのはいいから早くして欲しいと一瞬思った。けれど、それよりも聞き覚えのある名前に俺は嫌な予感がして、海人が言っていたことを思い出した。


『そういや、あいつこの前見かけたよ。何かチャラい男とイチャついてた。多分、今も昔と変わってないんだろうな』


(まさかな……)


 まだ決まったわけじゃないのに心臓の音がうるさくなっていく。落ち着きたくても落ち着けない。


「でさ、明日なんだけど……」

 

 そう言って彼女は振り返る。そして、俺と目が合うと言葉を止めた。


「八神くん」

「…………」

「久しぶりだね。元気してた?」


 久しぶりに会った仲のいい友人のように話しかけてきた彼女は鈴宮玲奈すずみやれいな。中学が同じで俺が1番会いたくない人だ。


「玲奈、コイツ誰だよ」

「中学の時、同じクラスだった八神くん。バスケ上手くて、クラスで────」

「すみません!」


 鈴宮の言葉を遮り、迷惑にならないぐらいの少し大きな声を出したのは隣にいた渚咲だった。


 鈴宮も俺も驚き、自然と彼女の方へと視線が集まる。


「ここでお話しすると他の方に迷惑かと」

「…………たっ、確かに、そうだね。ごめんね、八神くんの彼女さん」


 ドリンクバーの前で話すのはと思った鈴宮は「じゃあ」と一言言ってから彼氏と一緒に立ち去っていった。


「渚咲、ありがと」

「いえ……亮平くんが彼女と何があったのかわかりませんが、辛そうな顔をしていたので。間違っていたらお話を中断させてしまいすみません」

「いや、正直話したくなかったから……ありがとう」


 飲み物を入れ終えて海人達がいるところへ戻ると胡桃がちょいちょいと手招きしていた。


 何だろうと椅子に座ってから耳を傾けると胡桃が小声で話しかけてきた。


「ね、鈴宮さんに話しかけられてたけど、大丈夫だった?」

「……大丈夫だったよ。俺が知ってる鈴宮じゃなくてちょっとうわぁってなったけど……」

「彼氏っぽい人といたからいい子ちゃん演じてるのかな? それは確かにうわぁだね」

「うわぁって何だよ」

「そっちが先に言ってたじゃん」


 座り直すと隣に座る渚咲が俺の肩をちょんちょんと指をつついてきた。


 何だろうと横を見ると目の前にはアイスが乗ったスプーンがあった。


「八神くん、どうぞ」

「えっ……と」

「甘いものは癒し効果があります。私だけかもしれませんが……」

「ありがと」


 スプーンを口に咥え、アイスを食べると目の前に座る海人と胡桃にじっーと見つめられていることに気付いた。


「どうした?」

「いやぁ~ねぇ~? イチャイチャしてるなぁーって。海人さん、これは付き合ってますよね?」

「そうですな、胡桃さん。同居して何もないって言うけど絶対何かある」

「いや、本当に何もないから」


 何もない。同居を始めてから仲良くはなったが、こっそり付き合うような関係になってはない。


「ふ~ん。そだ、渚ちゃんって好きな人のタイプとかある?」

「タイプ、ですか?」

「うんうん、こういう人と付き合いたいな~とかない?」


 少しだけだが気になってしまう。渚咲がどんな人が好きなのか。


「そうですね……優しくて、いつも周りを気にかけていて、一緒にいて落ち着く人です」

「そかそか。何か心当たりが……」


 胡桃は俺の方へチラッと視線を向ける。俺に当てはまっているといいたいのか……。


「いい人に出会えるといね」

「…………はい(もう出会うことができている気がしますが、今は内緒です)」




***



「亮平くん!」

「は、はい……」


 お風呂上がり、リビングへ行くと両手を広げて待っている渚咲がいた。


「久しぶりになでなでタイムにしましょう」

「なでなでタイム……何かなついワードだな」


 なでなでタイムをしたのは確かまだ渚咲がこの家に来てすぐのことだったっけ……。


「胸に飛び込んでください。なでなでするので」


 胸に飛び込む必要はない気がする、そう思っていると渚咲が真っ正面から俺をぎゅっと抱きしめた。


「な、渚咲……?」

「すみません。なでなでタイムと言いましたが、本当は私がこうして亮平くんにぎゅっと抱きしめたかったんです」

 

 付き合ってもないのにダメだと言わなければならない。けど、彼女に抱きしめられて安心している自分がいた。


「亮平くんのこと知りたいです。鈴宮さんという方と何があったのか……良ければ教えてほしいです」

「…………わかった。聞いても楽しくないと思うけど」




 


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