第18話 夏祭りが終わっても

 私はこれまでお父様に振り向いて欲しくて勉強、スポーツといろんなことを頑張ってきた。けれど、何を頑張ってもお父様は私に無関心で、「そうか」と一言だけ。


 今も昔もお父様は変わらない。私にだけじゃない。家族にも無関心で家にいることはほとんどない。


 もう高校生だから親に褒められたいとか気にして欲しいとかそういうのは子供っぽいだろうか。


 けど、このまま家族がバラバラなのは寂しいし、ダメな気がする。


 家族と、お父様と一度ちゃんと話したい。けれど、それが無理だと思ってしまう。今の私はお父様に会っても言いたいことが言えずに終わってしまう。


 お父様に会ったら多分、小学生の時に言われたあの言葉を思い出してしまうから。




***




「渚咲?」


 後ろを振り返るとそこには背が高く、黒のスーツを着た男の人が立っていた。  


 渚咲はハッとすると慌てて頭を小さく下げて挨拶した。


「お父様、こんばんは」


(お、お父さん!?)


 彼女が憧れていて、凄い方と言っていた人。確かに見た目というかオーラからして凄い感じがする。


「そちらの方は?」

「友人の八神亮平です。八神裕子さんの息子さんです」

「あぁ、八神さんの……そうか、君が。藤原浩介ふじはらこうすけです。八神亮平くんのことは桃花から聞いてるよ」


 何だろう。渚咲の父親の視線が…………君が住む家に娘を預けられるか!って心の中で思っていたりして……なんて思っていたが、渚咲の父はそんなことを思っている様子はなく微笑んだ。


「桃花が日本に戻るまで渚咲をよろしく頼むよ。八神家の皆さんには挨拶ができてなくてすまないね。また時間があればそちらに伺うよ。これ、良かったら食べなさい」

「あ、ありがとうございます……」


 中にはドーナツが入っているらしく渚咲はゆっくりとそれを浩介さんから受け取った。


 優しい父親、そんな感じがするが、先ほどから隣にいる渚咲の様子が気になる。何というか父親を怖がっている感じがする。


「じゃあ、これから行くところがあるからここで」


 浩介さんはそう言うとこの場から立ち去っていった。


 再び2人きりになると大丈夫か心配で俺は彼女の名前を呼んだ。


「渚咲……」

「亮平くん、帰りましょうか。今日からまた八神家にお邪魔します」

「…………うん」


 渚咲は先に家へと向かって歩き始めたので俺も遅れて歩き始める。


 父親とはまだ会ってはいけないと渚咲は言っていた。けれど、まさか会うとは……。


「このドーナツ、もらっても良かったのでしょうか。夕食だったかもしれないのに」

「夕食って……ドーナツが?」

「はい。お父様はちょっぴり不健康な生活をしてまして……特に食に関しては酷いです、何かしら食べたら大丈夫、生きていけるみたいな感じでして」


 渚咲はそう言って苦笑いする。


 何かしら食べたら大丈夫、生きていけるってちょっぴりじゃなくてかなりヤバめな食生活だな。すごく心配だ。


「ドーナツを受け取ったということは今日、夕食を食べないということも……いえ、柏原さんがいるから大丈夫なはずです」

「柏原さん?」


 知らない名前が渚咲の口から出てきて誰かと気になってしまった。


「柏原さんは家政婦さんです」

「へぇ、家政婦……」


 聞き馴染みのないワードに俺は藤原家の凄さを知ってしまった。


 暫く会話なく歩いていると腕に柔らかいものが当たった。


(ん?)


 状況を把握すると俺は渚咲に腕をぎゅっと抱きしめられていた。


「亮平くん、見てください。もうすぐ夏祭りがあるみたいですよ」

「へ、へぇ……もうそんな時期か」


 夏祭りより今のこの状況の方が気になるんですけど。


 この時間とはいえ同級生と会う確率は低くない。今、出会ってしまうと誤解を与えかねない。


「渚咲、少し近い気がする」

「そうですか? 私、こうしてると落ち着きます。今は1人になりたくない気分なんです」

「…………それはこうしていた方がいいかもな」


 だとしても良くないだろと思いつつも俺は離れてなんて言えなかった。


 多分、彼女はお父さんと会って寂しくなったのではないだろうかと思ったから。

 

「手繋ぐのでもいい? 腕に抱きつくと歩きにくいしさ」

「ふふっ、確かに歩きにくいですね。すみません。ではぎゅーするのは手にします」


 俺から手をと思ったが渚咲から俺の手を握ってきた。


 彼女の手は小さくて柔らかい。女の子の手だ。折れないよう優しく握り返すと渚咲と目が合った。


「夏祭りの日、この日までですね、私が亮平くんの家にいられるのは」


 夏祭りの日付を確認して、渚咲は悲しそうな表情で小さく呟いた。


 渚咲にも渚咲の家がある。だから引き止めたくても引き止めてはダメだ。


 寂しいからずっと居てくれ、なんて言ったら渚咲はどんな表情をするだろうか。やっぱり友達だとしても何言ってるんだとか思うだろうな。


「もし、良かったらだけど……夏祭り、一緒に行かないか?」


 ポスターから目を離し、隣にいる彼女を見ると渚咲は驚いた表情をしていた。


「それは2人で、ってことですか?」

「……まぁ、うん……。海人と胡桃も誘いたいなら俺から誘うけど」

「ふっ、2人っきりがいいです! あっ、その、胡桃さんと村野くんと行きたくないってわけじゃないのですが……」


 誤解させてしまうと思い、慌てた様子で口をパクパクさせる渚咲を見て俺は小さく笑い、手を繋いでいない方の手で彼女の頭を優しく撫でた。


「わかってる」

「…………楽しみにしてます、夏祭り」


 そう言って嬉しそうに微笑む彼女の笑顔は天使のように眩しかった。


「夏祭りが終わっても私達、友達ですよね?」

「うん、もちろん。同居人じゃなくても友達であることは変わらないよ」

「ふふっ、良かったです。一緒に住むことが当たり前になってしまっていつか終わると思うとちょっぴり寂しいです。多分、最後の日は泣いてしまうかもしれません。変ですよね、同級生の家に安心感があって、ずっとここにいたいほど居心地がいいと思うなんて」

「…………変じゃないよ。渚咲が居心地がいいって思ってくれていて俺は嬉しい。知らない家に住むなんて普通は不安でいっぱいなはずだから」


 知らない家、ましてや同級生の男子が住んでいる家に住むなんて不安すぎるし、安心なんてできない気がする。渚咲も最初はそうだったはずだけど、変わったんだろうな……。


「不安を消してくれたのは亮平くんのおかげですよ。亮平くんはいつも気にかけてくれて、誰かといたいと思うとき側にいてくれます。ありがとうございます」

「…………俺も渚咲には何度も助けられてる。ありがと」

 

 もっと自信を持ってと渚咲に言われたときは救われた。自分が思ってもそうだなと思えなかったのにどうしてか彼女の言葉は素直に受け入れることができる。それは多分、彼女が俺にとって特別だから。




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