第14話:もう、良いよね?

 それから一年が経ち、私達は高校へと進学した。私と月子は海と同じ高校に進学したが、鈴木くんはついてこなかった。


「鈴木くん居なくて大丈夫?」


「あ? 君と月子がいるだろ」


「彼は特別でしょう?」


「……まだ疑ってんの?」


「疑ってないよ。ただ……心配なだけ」


「ああそう。別に僕は心配してないよ。なんかあっても味方で居てくれるだろ。君も、月子も」


「……でも、私達はあの時……」


「はぁ……めんどくせえなぁ。僕が許すつってんだから良いだろもう。それでも自分のこと許せないならもう知らん。勝手に自己嫌悪してろ。バーカ」


 そう言って私のデコを弾いて笑う彼女の笑顔は眩しかった。あの頃ほどではなかったが、それでも私の罪悪感など、最も簡単に焼き尽くしてしまうほどには眩しかった。

 初夏を迎える頃。バイトを始めると彼女はますます輝きを増していった。彼女の輝きは、鈴木くんがいるおかげだと思っていた。彼女は太陽ではなく、太陽の光がないと輝けない月なのだと。そうではないことを証明する彼女の輝きは、私自身も気付かないうちにじわじわと私を狂わせていった。

 秋になると、彼女はバイト先の女性と付き合うことになった。そして同時期に、彼女が同性愛者であるという噂が広まり始めた。彼女はその噂をあっさり認めた。中学の頃のように彼女は孤立していったが、彼女は堂々とした態度を貫き続けた。月子は、相変わらずその強がりな背中に隠れることしか出来ないことを責めていた。海と同じように同性愛者であることを打ち明けることと、海の背中に黙って隠れているのと、どちらが月子のためになるのだろうかと悩んでいたある日のこと。会わせたい人が居ると月子に呼び出された。珍しいなと思いながら約束の日曜日に待ち合わせ場所に行くと、海が居た。


「月子から聞いた?」


「会わせたい人が居るって」


「変な奴じゃなきゃいいけど……」


「月子、人を疑うこと知らないものね」


「まぁでも、大丈夫だろ。人を見る目がないわけでもな……くはないか」


「そうね。私みたいなのを好きになっちゃうくらいだもの。……心配で、閉じ込めておきたくなっちゃう」


「それは困るな。月子は僕の愚痴聞き係なんだから」


「鈴木くんが居るじゃない」


「……流石にもう、あいつには甘えられないよ」


「散々甘えてたくせに」


「嫉妬か?」


「馬鹿言わないで。私が好きなのは月子だけ」


「ははは。知ってる。見ていれば分かるよ」


「……そう」


「うん。そうだよ」


 私の不安を見透かすような優しい笑顔に胸がキュッと締め付けられる。思わず顔を逸らすと、「ちょろいな君」と彼女は揶揄うように笑った。


「閉じ込められなきゃいけないのは君の方じゃないか?」


「うるさいなぁ。そんなことばかりしてるといつか刺されるよ」


「それは困る。僕が死んだら困る人がたくさんいるからなぁ」


「私は悲しんであげなーい」


「ははっ。明るく送り出してくれるならその方が良い」


 なんて冗談を言って笑い合えるほど、私達の仲は修復していた。あの日月子が一緒に謝ろうと言ってくれなかったら、そんな日は来なかったかもしれない。

 しばらくして月子が連れてきたのは、月子と同じクラスの佐倉さくら美夜みやさんという女の子。海に話があるとのことだが、何故私まで連れてこられたのだろうか。恐る恐る海に噂の真偽を問うその態度で、理由はすぐに察した。その不安そうな顔が、私に告白をしてくれた時の月子と重なったから。月子も同じように彼女にシンパシーを感じたから海に会わせたかったのだろう。海も月子の意図を察したのかそういうことねと苦笑し、噂を認めた。彼女はホッとしたように息を吐いた後、自分が同性愛者であることを私達に打ち明けた。そして海に恋人がいることを知ると、わかりやすくショックを受けていた。海に会いたがったのはそういう理由もあったのだろう。私が月子と付き合っていることをアピールしてみせると、あ、そうですかと言わんばかりに苦笑しつつも、羨ましそうに「私も恋人ほしい」と溢す。それに対して海は「すぐ出来るんじゃないかな。美夜、可愛いし」なんて軽口を叩く。可愛いと言われた美夜はあからさまに照れていた。これはちょっと、釘を刺しておいた方が良さそうだと思った。


「うわっ。彼女居るのに口説きだした」


「口説いてねぇよ」


「美夜、気をつけてね。海はかなりの人たらしだから。自分に恋心を抱いてる男を良いように扱ってる悪女だから」


「ちゃんとフッたっつーの」


「でも彼は君のこと諦められてないでしょ」


「それは彼の問題だ。僕にはやれることはやった。これ以上僕が彼にしてやれることはないよ」


 なんの話かと首を傾げる彼女に、海は自ら語った。自分のことを愛してくれている幼馴染の男が居ると。自分がレズビアンであることを受け入れることが出来たのはその男のおかげなのだと。そして「彼が女だったら、好きになっていただろうな」と締め括った。それは流石に聞き捨てならなかった。胸がざわついた。


「どんだけあいつのこと好きなんだよ」


 思わず溢した言葉は、海には届かなかった。隣に座っていた月子は聞こえていたのか私の方をちらっとみたが、触れずに会話を続けた。


 美夜達と別れた後、機に付き合っていることを隠すのはもうやめにしないかと月子は言った。私の不安を察したのか、隠れていることしか出来ない罪悪感に耐えられなくなったのか。どちらにしても、きっと勇気を出して提案してくれたのだろう。震えている。怯えている。それでも戦おうとしている。大切な友達を、私を守るために。そんな彼女だから私は好きになった。守りたいと思った。なのに結局、守られてばかりだ。どうしたら私は、彼女を守れるのだろう。


『閉じ込められなきゃいけないのは君の方じゃないか?』


 海の言葉が蘇る。ああ、なるほど。閉じ込もれば良いのか。月子と二人きりの世界に。そうすればきっと、みんな、認めざるを得なくなる。私がどれほど彼女を愛しているかを。


「そうね。もう、良いよね。誤魔化すの、疲れるもんね」


「……帆波……?」


「なぁに。月子」


「……大丈夫?」


「うん。平気。大丈夫よ。大丈夫」


「何かあったら言ってね」と、彼女は不安そうに言う。私の考えていることを話したら、きっともっと不安にさせてしまうだろう。そう思い止まる理性は、この時はまだ微かに残っていた。

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