第16話 影絵

 水中は存外温かい。そして騒がしい。

「旅の人だ!」

「ねえ、どこから来たの?」

 人魚が二人の周りに集まり、次々と声をかけてくる。案内役の人魚は「どいて」と両手を振って道を開ける。

「これから、里長のところに案内する。里長は、きっとたくさんの話を聞きたがるだろう」

 岩を丸くくり抜いた、大きな通路を、どんどん奥へ進む。通路の最奥は広間になっている。天井付近に大きなクラゲがいて、より一層明るい。壁一面を薄桃色の海藻が覆っている。広間の最奥に、珊瑚のような赤い岩があり、そこに一人の男性の、威厳のある人魚が腰掛けていた。首に金色のネックレスを下げている。水中に靡く黒い長髪が美しい。

「里長様、旅人を連れて参りました」

 案内役はそう言って、後ろに下がる。

「おお、君達が。ようこそ、我々の里へ」

 里長は珊瑚の椅子から立ち、二人の前に泳いできた。背丈がモナの倍近くある。

「この里への客人は久々だ。是非とも他の世界の話を聞かせていただきたい。あちらに食事も用意してある」

 里長が腕を伸ばした方角には、大きな泡が浮かんでおり、その中にテーブルがあった。料理が置かれているのが見える。里長に促されて泡の中に入ると、そこは地上と同じように空気があった。しかし浮力はあり、ふわふわと身体が浮く。

 里長の側近と思わしき人魚が、頭上でゆったりとした舞を披露する。優雅に泳ぐ彼らの影が、湾曲した壁と床に落ち、まるで影絵のようだった。

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