第4話 夜光虫
二人は急いで、近くの建物の中に避難した。
薄茶色の石でできた建物で、内部はとても綺麗だ。壁や天井にヒビ一つない。傘も一本も落ちていない。
床にペタリと座り、入口から外の様子を窺う。
「傘の雨の世界、ですか。記録しなければ」
ルイズライカンは、カバンから薄い半透明の石板を取り出し、尖筆で字を書く。
「モナさんは、何度かここに来たことが?」
「うん。でも、二、三回だけ。傘が危ないから、ほとんど来たことがない」
色とりどりの傘が、遥か高みから降ってきては、黄土色の地面に音を立てて突き刺さる。
「こんなに傘が降ってきたら、いずれこの世界は傘で埋もれてしまいそうですが、どうなってるんでしょうか?」
「どうなって……? 知らない。勝手に消えるんでしょ」
モナは心底興味なさそうだ。猫のリューズを膝に乗せ、毛並みを撫でている。
ルイズライカンはコンパスを見た。
「次の門はあちらですね。建物の中を通っていきましょうか」
「うん」
建物は巨大だ。高い天井に、ほんのり光る丸い照明が等間隔に並んでいる。家具などはない。ドアや窓ガラスも無い。ここが何に使われていたのかを示すものは一つもない。当然、二人以外に誰かがいる気配もないが、床に埃も落ちていない。
建物と建物は、屋根付きの渡り廊下で繋がっている。次の建物も、その次の建物も、似たり寄ったりの構造だ。建物の用途を示す物や住人の跡はない。
進むうちに、薄暗くなる。この世界は昼夜が存在するようだ。
モナが欠伸をした。
「疲れましたか?」
「うん。眠い」
「じゃあ、今日はここで休みましょうか」
小部屋に入り、荷物を下ろす。モナの家から持ってきた木の実を食べ、水を飲む。ランプに火をつけ、部屋を明るくする。
「モナさんはお休みください。私は見張りをしています」
「ルイず……えーと」
「ルイズライカンです。ルイで結構ですよ」
「ルイは寝ないの?」
「妖精族は、人のように毎日睡眠をとらないのです」
「よーせい?」
「会うのは初めてですか?」
モナは、ルイをジロジロと見た。人間族と見た目は似ている。頭は一つ、手足は二本ずつある。モナより背は低い。肌は紫色、髪はオレンジ色、目は黄色。額に一本の白いツノがある。そして、背中に一対の透明な羽根が生えている。
「じゃあ、ずっと起きてるの?」
「ずっとではないですね。眠たくなったら、数ヶ月から数年まとめて寝るんですよ」
「旅の途中でも寝るの?」
「少し前に二年ほど寝ましたので、しばらくは起きてます。安心してください」
「う、うん……」
モナは戸惑っていた。しかし、すぐにうとうとし始める。ルイは彼女に毛布をかけ、小部屋を出た。
夜になると、建物の照明は消えるらしい。漆黒の闇が広がっている。ルイはいつ何が起きてもいいように、耳を澄ませて立っていた。
前方がぼんやりと青く光り始めた。
(ん……なんだ?)
最大限の警戒をしながら、ルイは光に近づいた。
光源は、窓の外にあった。通りに突き刺さった傘が、青く発光しているのだ。大量の傘が淡く輝き、外を青白く染め上げていた。
傘は次第に崩れていった。光の粒子が地面に少しずつ広がっていく。地面はゆっくりと、光の海と化していく。
(まるで夜光虫だ)
ルイは故郷の海を思い出した。海に夜光虫が大量に発生し、海面が青白く輝くのを、見たことがあった。
光の粒子は建物の壁に到達した。壁を徐々に登ってくる。ルイとモナのいるところも、やがて光の海に飲まれるだろう。
(移動した方がよさそうだ)
ルイは、モナを起こしにいった。
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