第2話 迷い猫

 ほどなくして、彼女は、湯気の立つコップをテーブルに持ってきた。ルイズライカンの前に片方のコップを置く。中はお湯が入っていた。

「ありがとう」

「お水も火も使っていいよ。食べ物は、この家の裏にある木の実を取ればいい。いつでも食べられる」

 部屋の奥で、ニャーンと鳴き声がした。大きな古時計の影から、一匹の子猫が現れる。毛並みは真っ白で、右の後ろ足が機械仕掛けの義足である。

「可愛い猫ですね」

「リューズっていう。迷い猫だ。この家で飼い始めた時は茶色の猫だったけど、色が抜けて白くなった」

「あの精巧な義足も、あなたが作ったんです?」

「うん」

 リューズは、古時計の側面をガリガリと引っ掻いている。

「いいんですか? 大事な商品でしょう?」

「いいよ。もう、誰も取りに来ない」

 少女は部屋の奥にある作業台の前に座った。

「外の世界の話をしてよ。あなたはどこから来たの?」

「私は、外の世界から来ました。天穹迷宮の全貌を解明するプロジェクトの一員です。迷宮の中の地図を作るため、私は旅しています」

「今まで、同じような目的の旅人が何人も来た。兄さん達は、絶対成功しやしないって言ってたけど」

「そうなんですか?」

「この迷宮の外に出れた人などいやしないって。兄さん達の親の親の親も、私の親の親の親も、探検家として外から迷宮の中に入って、出られなくなって、住み着いたんだって」

「そうですね。今まではそうでした。しかし、外の世界の技術も進んできまして。空間転送装置や次元アンカーなど、色々と開発されています」

 ルイズライカンはカバンから一枚の紙とコンパスを取り出した。

 紙には、人間が住む町と、その上級に浮かぶ巨大な正八面体の立体が描かれている。

「これが、外から見た天穹迷宮です。この正八面体の中に、今私達がいる世界を含む、無数の異世界が内包されています。現在、外では迷宮の中の世界と外の世界を繋げる実験が進行中です。この実験はある程度成功しております。迷宮の住人を数名、外へ連れ出すことに成功しました」

「本当に? 外へ出られた人ってどんな人?」

「種族は様々でございます。人間族や猫族、鬼族もいました」

 気だるげな少女の顔色が、はっと変わった。

「鬼族? なんて名前?」

「シュバ・オウとシュバ・セキです」

 少女は目を皿のように見開いていた。やがて、両手で顔を覆い、大きなため息をついた。

「その二人は、私の兄さんだ」

「あなたの、兄? もしかすると、貴女がクリスティ・モナ様ですか?」

 彼女はコクリと頷いた。

「あなた、兄さん達を知ってるの? 今は元気にしてるの?」

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