ヒーロー遅刻の原因なのでもう少し頑張ってみる
あのますとろふぃー
時間を飛ばしたプロローグ
三つ子の魂、百超えて
『僕らはどうしようもなく、曖昧な救いの中で生きている』
それがアイツの口癖だった。
誰も彼もが幸福になるには、誰も彼もが妥協をしなくてはいけない。
それを是としたこの世で、そこからはみ出そうとする行為は確かに酷く身勝手なモノだろう。
だが、そういう輩だけがこの残酷な世界を変えられる逸材になり得るのだと今の私には理解できる。
世界の救済?それは普通じゃない。
堕ちた天使の再生?それも普通ではないわね。
神々亡き後も世界の観測を続ける?普通とはかけ離れているわ。
ならば、異常になりきれない普通の人間が普通じゃない事を叶えるには?
そう。普通からはみ出さなければならない。
そして、普通からはみ出すには強靭な自我と他者を寄せ付けない願望が必要になる。
たとえ、この願いの為なら何者をも犠牲にしても構わない。
これさえあれば何も必要なんてないんだ、と。
これが異常の正常。
狂人の中にも狂人なりに課した最低限のモノがある当たり前。
異常の中の正常。
どんなにねじれたとしても、一番だけは手放すことが出来ない奴らが狂人なのだと私は知っている。
きっと始まりは奇想天外の多くで結末は悪徳に満ちたものだったのかもしれないが、その全てが自分の幸福に根ざすものであると私は知っている。
そんな私の経験則から導き出した結論で言えば、アイツこそ生粋の
確かにアイツは他者の願いを焚べるほどに幸福を胸に秘めて生き抜いたのだろう。
だが、一番がない。そう思えた自分がいない。
最初から矛盾しているのだ。
人々を守る為に、人々の願いと自分自身を天秤にかけるなんて行いは矛盾している。
約束も最愛も夢も記憶も何もかも忘れてしまったアイツ。
全部消えて空っぽになった器に、それでもと。そうだとしてもと。
心のどこかで叫び続ける何かだけは置いていけなかった哀れな人間。
後付けというには深く、本能よりも深く根付いた
アイツは人の姿をした便利な装置だった。
『僕らは卑怯だ。愛も夢も友情も信頼すらも妥協のために捨てられる』
『だから、絶対に曲げられないものを見つけたいと願っているんだ』
かつて厭悪したものに媚びることなんて日常的だ。
何が悪くて、どれが事実かより、手っ取り早くインスタントで嘘に塗れた正義が好物で仕方がない。
失った日々を後悔の象徴と知りながらも、代わりに埋め合わせた矛盾で満足するなんて日もざらにある。
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。
周りの人間はそれに気づいていないのだろう、と高を括っている人間が八百万人。
今だって、なんだかんだと理由をつけて戯言を述べる。
つまるところ、私自身もこの世界にいる一人なのだ。
だからこそ私は絶対に諦めない。
それが私だ。私が恋したアイツを愛する人を愛する私だ。
私が誰かなんて誰に言われるまでもない。
そんな、今はまだ未熟な私が確信を持って言えることがある。
「人は幸福になる為に生きている」
で、ここで最初に戻るワケ。
結局、書き出しは一緒。
バカは死んでも治らない、ってね。
////
「唐突だが、幸福とは曖昧なものだと思わないかい?」
「は?」
昼下がり。
持ち寄った昼食を食べ終えた俺の視界に蒼い軌跡が走ったと思ったら、目の前には美しい蒼の長髪を大きく二つに結んだ容姿百万点の美少女が前の席に座っており、こちらに真剣な顔を向けてそう言った。
困惑。
コイツが変なことを言うのは別に今回が初めてではないが、それにしたって今回はいつも以上にとりとめのないことを言い出したと思う。
ただ、唐突なんて言葉を使う辺り本人にも自覚はあるのだろうか。
「そう思わないかい?真崎クン」
彼女には深いワケがあるのかもしれない。そう考えるとすぐに返答を返してやりたい気持ちもなくはないが、一旦置く。
これは全てを差し置いてでも優先すべき事柄だからだ。
一度、彼女に静止の意を込めた掌を向けた後に机の上に置いた紙袋から一つのものを取り出す。
それはオレンジ一色の世界に描かれた花丸とにっこり笑顔の少年が目印のパッケージに、とどめと言わんばかりに大きく『ばくだん!』と書かれたデザインの代物。
俺はおっかなびっくりとその美しい
至高の芸術品。
その名を、【まぐなむ君の絶品100ぱーせんとおれんじじゅーちゅ!】という。
「……感謝します」
至宝を味わう為、手を合わせた後に無言のまま柔らかい手つきでストローを取り出して穴に刺す。そのまま意を決して口に含んで広がるは青々とした樹に生えた美しいオレンジの実がなる景色。次に来るは芳醇な甘さと、透き通るような酸味、オレンジ100%という文字に違わぬコクの深さ。たった一種類の果実からなるジュースだというのに口の中はまるで熟練されたオーケストラの如く、味覚の旋律を口内に響き渡らせる。
あまりの美味さに昇天しそうになったが表面上は一切取り乱すことはないように我慢をし、飲み込んだ後に口を開く。
「さて…それは真面目な話か?それとも、中学二年の春を思い出して思わず口から出てしまったリビドーの発露か?」
「…まあいいや。いちおー、ボクとしては大真面目なつもりだけど?」
「俺の言い方が悪かったな。お前はいきなり何を言っているんだ?」
大真面目だという言葉とは裏腹に、いつもと変わらぬ表情が顔に浮かんでいた。
様子からして、このまま聞き流しても良さそうな話題だなと思いつつも俺は飲んでいるパックのストローから口を離し、腕を組んだ。口元が寂しく名残惜しいが仕方がない。
そうやって俺なりに真面目に話を聞こうとする姿勢を作ると、満足したかのように彼女は口を開き始める。
「だってそうだろう?最近の若者はって勝手にこっちを見て嘆いてる分にはいいさ。 でも、これを面と向かってこうした方が将来的に良いに決まってるって自分達の主観だけで生徒に押し付けられたら困るよ。大体、将来的な幸福って何だい?金銭?精神的余裕?私的な時間?地位や名誉?それとも死ぬまで寄り添ってくれるパートナー?どれが一番で正解だなんて言うには千差万別すぎるだろ。曖昧だ。曖昧すぎる。これを曖昧と言わずして他にどう形容するんだい?」
もっと直接キミの才能を活かしたい!利用したい!とか言ってくれればこっちだって楽なのにさ、と嘯く彼女を見てると頭が痛くなってくる。
コイツに対して忌憚のない言い方をすれば、出来の良いガキだ。
出来が良すぎるせいか壊れやすい。
今回は特にイライラしているのか無駄に早口なのもあって、何を言いたいのかさっぱりわからん。
「早口すぎて聞き取れない。いや、聞き取れたとしてもまるでわからん。
恐らくは進路に関係する話なんだろうが、俺はお前の親でもなければ親身になってやれる担任の先生でもない。そういう話は───」
「でも、頼れる友人ではあるだろう?」
「……随分と勝手な信頼だな」
容姿最高。誰もが認める才の塊。
だが、綺麗な形の唇から出る言葉全てがうるとらめがとん地雷。
彼女を見る度に馬鹿と天才は紙一重という諺を思い出す。
諺が生まれるまでの経緯を俺は一切知らないが、諺の作成者がどんな奴を見てこの言葉を思い浮かべたのかなら痛いほどわかる。
それは目の前の女によく似た人物だったのだろう。
「だって、納得できないだろ。何をどうしてボクがこんなモノを書かなければならないのか…出来ることならボクより優れた人間に3行以内にまとめて説明してほしいくらいだね」
「それが出来る奴がいればな」
「よくわかってるじゃないか!ボクはボクより優れた人を見たことがないからね!」
「さいですか…そんなら鏡の前で『ワタシは一体、どんな道に進めば良いんでしょうか?』とでも聞けばいいんじゃねぇか?」
「ためしてっ、いないわけっ、ないだろう!!」
わざわざ3回に分けて溜めたその言葉と同時に用紙ーーー進路希望調査票が机の上に叩きつけられた。
丁寧に書かれた学年と組と番号とついでに名前。
それ以外が白で埋め尽くされている。空白ではない。白だ。
「いや、お前…修正ペンどんだけ使ったんだよ」
ドン引きを超えたドン引きである。
見てるこっちまで悲しくなってきた。
純白の白ではなく、さながら汚れを知った白濁といったものだ。
いや、今のはナシで。なんか気持ち悪い。
「真崎クン、あれはいいモノだよ。決して変えようのない現実を編纂できる魔法のペンさ」
「変えようのない現実って言ってる時点で俺にはお前をどうにもしてやれない。大人しく、その頭脳と肉体を活かしたそれっぽい仕事に就け」
「万能ってのも困りものなんだよ!大抵何でもできるから自分が何をしたいかなんてわからないのさ。この際、ボクに何が向いてるかじゃなくて、ボクに何をして欲しいか真崎クンが決めてくれよ」
「はあ?」
お転婆娘がとんでもないことを言い出した。俺がお前に何をして欲しいかだと?
「………」
「ほらほら!なんでもいいよ!」
Q.その頭脳を使って世界征服をしてくれないか? A.別に支配しても損しかない。
Q.その身体能力を使って世界を救ってくれないか? A.そういうのは既に結構いる。
Q.見た目だけはドストライクだ!恋人になってくれ! A.色々問題で論外。
「…………」
「ねえ、聞こえてる?」
「聞こえてはいる」
コイツは俺のことをかなり信頼している。かなり、だ。
下手になんか言ったら面倒なことになる。
だが、何も言わなかったら言わないで面倒くさいことになるデッドオアアライブ。
とりあえずは即席で済む願いでも口にして誤魔化すしかない。
現時点でコイツの相談内容からかなり話がズレてる気がするが、もう気にするだけ無駄という奴だ。
とにかく何かないかとあたりを見まわし、ちょうど良いものを見つけた。
低位飛竜、ワイバーンである。
ーーーここで一つ解説をすると、我が学園では生徒自身の問題解決能力を培うという価値観から、高位魔獣以外の侵入を黙認している。つまり、よっぽどの上位種でもない限りは魔獣がばかすか襲ってくるワケだ。頭おかしいんじゃねぇの?
だが、ある程度は何とかなってしまうのがこの学園でもある。
理屈としては簡単で、そういう魔獣をどうにかできる生徒が大勢いるからだ。その中には問題児も多くいるが、人格者もいないわけではない。お陰様で実力不足から酷い被害に遭う生徒はかなり少なく、まず死ぬことはない。
まあ、そのせいで悪法がまかり通ってしまっているとも言えるが。
今回の場合は低位とはいえ竜。学園全体でも半分が討伐できるかどうかだろうが、この女に限っては敵ですらない。
故に、願うべきはーーーー
「今校舎に向かってきてるあのワイバーンどうにかしてくれ」
これ一択だ。
だが、天才様としてはご不満なのか、口を尖らせている。
「んー?...ああ、アレね。相変わらず目が良いね!でも、そんなんでいいのかい?ボクだよ!?このボクだよ?他にないのかい!?せめてエンシェントドラゴンとかーーーーあ」
「いいから、さっさとあの化け物を…って」
エンシェントドラゴンとかここら辺にいるわけねぇだろボケと思いつつも口にはせず、さっさとあれをどうにかしてくれと言おうとしたところだった。
校内中に響く、大きな「どりゃああああああ!!」という掛け声と共に凄まじい速度で飛んでった謎の物体がワイバーンに当たり、校庭の方に落ちていく。
巻き込まれたらたまらんと元々校庭にいた連中がそそくさと逃げて誰もいなくなったところに『どぉおおおおおん』と大きな音と共に何かが校庭に堕ちて、土煙が晴れた先には跡形もない妙に光を反射する何かの残骸とぐちゃぐちゃになったワイバーンの死体だけがあった。
誰がやったのか、おおかた予想はつくが周りを見渡してみることにした。
教室ではざわつきが止まらず、廊下に耳を向ければ、
「また金龍姫がなんかしてる…」「校長室にあったオリハルコンの甲冑をぶん投げたらしい」「えぇ…それがワイバーンに当たってああなったってこと?」「そうはならんやろ」「なっとるやろがい」「リルノート怖すぎるっピ!」「わ、ワシのオリハルコンアーマーがああああ!!」と、ロクでもない声が聞こえてくる。
「ーーそういう事らしいけど。どうする?代わりになんかして欲しいことあるかい?」
「暫く検討させてくれ」
クソすぎる。本当にクソ。まじでもークソ。あークソ。
「酷すぎる…ほんとにどいつもこいつも全部クソだ…」
「君は落ち込んでる姿が一番可愛いね!ボクがよしよししてあげようか」
今だけはコイツに何を言われてもどうでも良かった。そのくらいにこのありふれてしまった日常の景色に俺は慣れない。だからこそ、言おう。
使い古されて苔が生えてるくらい陳腐な表現だが、あえてこう言おう。
「どうしてこうなった…」
空を見上げれば八つの月
そのすぐ下では青く発光した円盤型の飛行物体と色とりどりの雷を放ついかにも魔女って風体の女やよくわからん生物達が空中でドッグファイトをしており、地上では先程のワイバーンの死体と他称オリハルコンの甲冑だった何かに群がる学生服に身を包んだ多種多様な外見の人々。
正に地獄絵図。
それに対して、天才様の返答がこれだ。
「さあ?ボクに聞かれてもこればっかりはわかんないかな」
不思議だよねぇ、と間抜けそうな顔で教室の窓の外を見ていた。
俺はもう全部嫌になって【まぐなむ君の絶品100ぱーせんとおれんじじゅーちゅ!】を一気飲みした。美味い。
ただ、先程よりもしょっぱくなった感じがする。
最後の数滴を飲み干した時には、味覚のオーケストラは悲しみのバラードに変わっていた。
ほんとに終わってる。
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はろー
再投稿だよ
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