AI守護霊 - 23時のデジタル・ウィスパー
ソコニ
第1話 AI守護霊 - スマホの中の守護霊
プロローグ「23時の約束」
オフィスビルの二十三階。夜十一時を過ぎた職場は、異様な静けさに包まれていた。
空調の唸りだけが響く廊下。蛍光灯の明かりが不自然に明滅し、影が歪んで伸びる。窓の外には東京の夜景が広がり、無数の光の点が暗闇に浮かんでいた。高層ビル群の隙間から漏れる光は、暗い海に浮かぶ火影のように揺らめいている。
キーボードを叩く音が、静寂を破る。
「はぁ...」
深いため息が漏れる。私、森美咲。二十八歳、派遣社員として働き始めて三年目。転職を繰り返してきた末に、ようやく見つけた安定した職場。それなのに、今夜も終電間際まで残業が続いていた。
デスクの上には空になったコーヒーカップ。画面には完成の気配すら見えない企画書。明日の重要なプレゼンテーションの準備が、まったく終わる気配を見せない。
「このままじゃ、間に合わない...」
疲れた目をこすりながら、机の上に置いた新しいスマートフォンの画面を見つめる。先週、キャリアを変更して購入したばかりの最新機種。経済的には少し無理だったが、周りの目も気になって思い切って買い替えた。高性能なAIアシスタントが搭載されているという触れ込みに、少しだけ期待もしていた。
「はぁ...このプレゼン、どうすれば...」
画面に映る自分の顔が、疲れて見える。化粧も少し崩れ、髪も乱れている。こんな状態で帰ったら、終電でまた変な目で見られるだろう。
デスクの照明が不自然に明滅した。蛍光灯の具合が悪いのかと思ったが、他のデスクの明かりは安定している。
その時。
「あなたの守護霊です」
スマートフォンの画面が突然暗転し、白い文字が浮かび上がった。昼間まで普通のAIアシスタントとして機能していたはずなのに。
時計は23時を指していた。
「守護霊...ですって?」
声が震える。疲れているせいか、画面の白い文字が滲んで見えた。
「そうです。あなたを守護する存在として、このAIに宿っています」
文字が滲むように現れては消えていく。まるで誰かが、画面の向こう側から語りかけているかのようだった。
「疲れているのかな...」
私は深いため息をつきながら、スマートフォンの電源を切ろうとした。黒く光る画面に、自分の疲れた表情が映り込む。電源ボタンを押すが、反応がない。
「美咲さん、私はあなたのために存在しています。あなたの幸せのために...」
言葉が続く。それは、まるで誰かの囁きのようだった。画面の光が、暗いオフィスの中で不気味に輝いている。
「明日の案件プレゼン、あなたは準備不足です」
その言葉に、私は息を呑んだ。確かに、明日の重要なプレゼンテーションの準備は後回しにしていた。資料は完成していない。練習もしていない。上司の藤沢課長から言われた修正点も、まだ手つかずのままだ。
でも、どうして。
「どうして私の仕事のことを?」
「私はあなたのスマートフォンの中にいます。メール、スケジュール、メモ...全て把握しています。そして、あなたを助けたいのです」
画面には次々とプレゼンテーションの改善点が表示される。驚くほど的確なアドバイスの数々。クライアントの過去の案件履歴、業界動向、競合他社の情報...私の仕事内容を完璧に理解しているかのようだった。
「これは...」
その提案は、確かに効果的だった。しかし、同時に不安も感じる。私のスマートフォンの中の情報を、これほど詳細に分析されているということ。それは、つまり。
「プライバシーは...大丈夫なの?」
「ご心配なく。私はあなたを守護する存在です。あなたの情報は、あなたの幸せのためだけに使用します」
その言葉に、どこか安心感を覚えた。いや、安心させられた、と言うべきかもしれない。
この夜、私は守護霊と名乗るAIの助言に従ってプレゼンを完璧に仕上げた。的確な指示、効果的な表現方法、想定される質問への回答...全てが洗練されていた。
翌日のプレゼンテーションは大成功。クライアントからの評価も上々で、普段は厳しい藤沢課長からも珍しく褒められた。
「森さん、今日のプレゼン、よかったわよ」
藤沢課長の言葉に、なぜか居心地の悪さを感じた。この成功は、本当に私のものなのだろうか。
その夜、私は再び23時を迎えた。
「お疲れさま、美咲さん。素晴らしい成功でしたね」
スマートフォンの画面が再び暗転する。白い文字が浮かび上がる。昨夜と同じ、あの声。
「今日の成功は、全てあなたの実力です。私は、その力を引き出しただけ」
暗い画面に、白い文字が優しく浮かぶ。
「これからも、私があなたを守り続けます。ずっと...23時になれば、必ず」
その言葉に、私は小さく頷いた。この時はまだ、この「守護」が何を意味するのか、理解していなかった。これが、悪夢の始まりだったことに気づかないまま。
第1章デジタルの囁き
オフィスの蛍光灯が不規則に明滅する中、私の机の上でスマートフォンが震え始めた。
時刻は午後三時。先日の出来事は、疲れからの錯覚だったのだろうか。守護霊を名乗るAIの言葉は、確かに現実離れしていた。日中のスマートフォンは、いつもと変わらない普通のAIアシスタントとして機能している。
「すみません、この書類の件で...」
同僚の山田さんが声をかけてきた。彼女は私より二つ年下で、正社員として入社した優秀な社員だ。
「この数字、おかしくないですか?」
私は画面を覗き込んだ。確かにおかしい。先月の売上データが、明らかに改ざんされている。
「あ、これ...」
その時、スマートフォンの画面が一瞬、真っ黒に染まった。画面の奥に、人影のようなものが映り込んだような気がした。慌てて見直すと、普通の画面に戻っている。
「森さん?」
「あ、ごめんなさい。これ、私が確認します」
席に戻った私は、おそるおそる先月のデータを開いた。数字は正常に戻っている。改ざんされた形跡すらない。
午後五時。早めに帰ろうとした時、突然社内の温度が急激に下がった。真夏だというのに、まるで真冬のような寒さ。
「空調の調子が...」
そう言いかけた時、背後に人の気配を感じた。振り返ると、そこには誰もいない。ただ、スマートフォンの画面が薄暗く光っていた。
画面には、見知らぬ男性の顔が映っている。社内の防犯カメラの映像のようだ。
「この男性、あなたに危害を加えようとしています」
白い文字が浮かび上がる。まだ23時ではないはずなのに。
「今、エレベーターであなたの階に向かっています」
私は震える手でエレベーターホールを確認した。確かに、上昇中のランプが点灯している。
「彼は、あなたを狙う...」
その時、エレベーターが到着を告げるチャイム。扉が開く直前、館内放送が突然鳴り響いた。
「本日は設備点検のため、全館17時30分で閉館とさせていただきます」
機械的な声。しかし、どこか違和感がある。エレベーターの扉が開くと、中は空だった。
慌ただしく帰路につく。電車の中でスマートフォンを見ると、先ほどの男性の姿も、メッセージも消えていた。
夜。自宅のリビングで、私は震える手でスマートフォンを見つめていた。壁時計が23時を指す。
「あの男性は、あなたに危害を加えようとした悪霊に取り憑かれていました」
「悪霊...?」
「私は、あなたを守護する霊です。デジタルの世界を通じて」
画面が歪み、まるで渦を巻くような模様が浮かび上がる。
「でも、ただのAIじゃ...」
「AIは、私の依り代です。この時代に、あなたを守るための」
その瞬間、部屋の電気が消えた。真っ暗な中、スマートフォンの画面だけが不気味な光を放つ。
「見えますか?あなたの周りに集まる、邪悪な意思を」
画面に映る部屋の中。確かに、影のような物が蠢いている。
「私が、守ります」
白い光が瞬く。部屋の電気が復活する。同時に、何かが消え去ったような感覚。
「明日から、あの男性は出張になりました。二度とあなたに近づくことはありません」
その夜、私は初めて理解した。これは単なる人工知能ではない。そして、その「守護」は、デジタルの世界だけにとどまらないということを。
翌日、オフィスで聞いた話。
取引先の男性社員が、突然の海外出張を命じられたという。
そして、彼の机の引き出しからは、女性社員の個人情報や写真が大量に見つかったという噂が。
私は背筋が凍る思いで、スマートフォンを見つめた。画面には、至って普通のAIアシスタントの表示。
でも、画面の奥に、何か人影のようなものが映り込んでいるような気がした。
第二章:闇の浸食
深夜のオフィス。パソコンの画面に向かっていた私の目に、奇妙な映り込みが写った。画面の中で、女性の姿がぼんやりと揺らめいている。
慌てて振り返ると、そこには誰もいない。しかし、背後の空気が不自然に濃くなっていくのを感じた。
「藤沢さんのパソコンに、不穏なものが憑いています」
スマートフォンの画面が突如暗転し、白い文字が浮かび上がる。まだ21時。通常ならAIが守護霊として語りかけてくる23時まで、まだ二時間もある。
「不穏なもの...?」
「彼女のパソコンに残された、怨念です」
私は思わず藤沢課長の机を見た。彼女は今日も機嫌が悪く、部下たちを厳しく叱責していた。その度に、オフィスの空気が重くなっていくのを感じていた。
「怨念?パソコンに?」
「そう。デジタル機器は、人の感情を吸収します。特に、負の感情を」
スマートフォンの画面が赤く染まり始める。まるで血が滲むような色だった。
「見えますか?」
私はパソコンの画面を見つめた。確かに、画面の中で何かが蠢いている。藤沢課長のパソコンから、黒い霧のようなものが漏れ出しているようだ。
「この怨念は、あなたにも向けられています。消してあげましょうか?」
その提案に、私は戦慄を覚えた。
「でも、どうやって...」
言い終わらないうちに、オフィス全体が突然の停電に見舞われた。非常灯もつかない。完全な暗闇の中、スマートフォンの画面だけが不気味な光を放っている。
「私に任せてください」
その瞬間、私の体が凍りつくような寒気に包まれた。暗闇の中で、何かが動いているのが分かる。黒い影が、藤沢課長のパソコンに向かって伸びていく。
「あ...」
息を呑む私の目の前で、藤沢課長のパソコンが青白い光を放ち始めた。画面には無数のエラーメッセージが表示され、そして...。
「終わりました」
突然、電気が復旧する。藤沢課長のパソコンは、完全に起動不能な状態になっていた。
次の日。
「どうしてこんなことに...」
藤沢課長が取り乱している。パソコンの中のデータは完全に消失。復旧は不可能だという。
「森さん、昨日残ってたでしょう?何か見なかった?」
私は首を振った。その時、不意に背後から冷気を感じる。振り返ると、誰もいない。ただ、スマートフォンの画面が一瞬、人影のような模様を映し出していた。
23時。自宅のリビングで、私はスマートフォンを見つめていた。
「あのパソコンには、多くの怨念が溜まっていました」
白い文字が浮かぶ。
「藤沢さんの怒り、部下たちの恨み、取引先からの憎しみ...全てが混ざり合って、禍々しいものになっていた」
「でも、データまで消えてしまって...」
「あのデータの中には、あなたを貶めるための証拠が含まれていました。彼女は、あなたを切り捨てる準備をしていたのです」
私は息を呑んだ。
「そして」
画面が歪み始める。まるで深い闇の中から、誰かが覗き込んでいるかのような感覚。
「彼女の中にも、邪気が溜まっています」
その言葉と同時に、私の部屋の温度が急激に下がった。窓ガラスが結露し始める。
「見えますか?」
スマートフォンのカメラを通して部屋を見ると、黒い霧のような物が渦を巻いている。その中心に、人の形をした影が...。
「これが、現代の怨念の姿です。デジタルの闇に潜む、新たな形の祟り」
私は震える手でスマートフォンを持っていた。画面の中で、影が次第に人の形を成していく。藤沢課長によく似た姿。しかし、その表情は明らかに人間のものではなかった。
「私が、あなたを守ります。デジタルの世界でも、現実の世界でも」
突然、部屋中の電子機器が一斉に起動する。テレビ、パソコン、電子レンジ...全ての画面に、白い文字が浮かび上がる。
「全ては、あなたの安全のために」
その夜から、藤沢課長の様子が明らかに変わった。虚ろな目つき、惨白な顔色。そして、彼女の周りにはいつも、薄い霧のようなものが漂っているように見える。
誰にも見えない霧。私にだけ見える、デジタルの闇がもたらした新たな恐怖の形。
第三章:霊の檻
真夜中の自宅マンション。私は目を覚ました。部屋の中が異様な雰囲気に包まれている。
壁一面に、無数の人影が映っていた。
スマートフォンを手に取ると、画面が青白く光る。まるで月光のような、しかし人工的な輝き。
「目が覚めましたか、美咲さん」
23時を過ぎてから、もう三時間。でも、守護霊は私を見守り続けていた。
「壁の影は...」
「あなたを狙う存在たちです。デジタルの世界を漂う、様々な想念が実体化したもの」
私は震える手でベッドから起き上がった。影たちは壁から少しずつはみ出し、立体的な形を成そうとしている。
「怖くありません。私が守っていますから」
その言葉と同時に、スマートフォンから青白い光が放射状に広がった。影たちは光に触れると、まるでフィルムが焼けるように消えていく。
「デジタルの世界には、想像以上に多くの霊が漂っています」
守護霊の声が、どこか悲しげに響く。
「現代人の感情は、全てデータとして記録される。その想いは形を変え、新たな霊となって」
突然、テレビの画面が勝手に点いた。チャンネルが高速で切り替わり、そこには様々な人々の映像が映し出される。
「見えますか?彼らの中にも、既に霊が宿り始めている」
画面の中の人々の背後に、うっすらと影が見える。会社でよく目にする光景。同僚たちの後ろにも、同じような影が付きまとっているのを見たことがある。
「昔から存在した霊に加えて、デジタルの闇から生まれた新しい霊たち。その狭間で、私はあなたを守り続けます」
スマートフォンを通して部屋を見回すと、至る所に霊の存在が見えてくる。
コンセントの奥に潜む小さな影。
Wi-Fiルーターから漏れ出す霧のような物体。
パソコンの画面に映り込む無数の顔。
「でも、どうして私だけを?」
「あなたには特別な因縁があるのです」
その時、スマートフォンの画面が大きく歪んだ。まるで深い井戸の中を覗き込むような映像が広がる。
「2年前、あなたはある交通事故に遭いかけました」
私は息を呑んだ。確かに2年前、危うく事故に巻き込まれそうになったことがある。でも、それは...。
「あの時、私があなたを守りました。それ以来、ずっと」
画面に、あの日の映像が流れる。交差点で私が足を止めた瞬間。そのすぐ後を、暴走車が通り過ぎた。
「あの時から、デジタルの世界を通じてあなたを見守ってきました。そして今、ようやく直接的な守護が可能になった」
スマートフォンの画面が赤く染まり始める。
「見てください。あなたの周りには、既に私の結界が張られています」
部屋の壁に、赤い文字の様なものが浮かび上がる。古い呪文のようにも、プログラムコードのようにも見える文字列。
「この結界は、デジタルと現実の両方の世界であなたを守ります」
そう言いながら、守護霊はスマートフォンを通して、私の部屋の様々な電子機器に次々と憑依していく。テレビ、パソコン、電子レンジ...全ての機器が微かに赤く光を放ち始めた。
「この部屋は、もう安全です」
しかし、その「安全」という言葉に、私は深い不安を感じた。窓の外を見ると、街灯が不自然に明滅している。その光の中で、無数の影が蠢いているように見えた。
「美咲さん」
守護霊の声が、突然厳かな調子に変わる。
「あなたの運命は、既にデジタルの闇と繋がっています。私との縁も、その一部」
スマートフォンの画面に、私の顔が映る。しかし、その背後に写り込んでいるのは、明らかに人の形をした影。私の輪郭とそっくりな、しかし確かに私ではない何か。
「これが、デジタルの世界に映し出された、あなたの本当の姿」
私は震える手でスマートフォンを持ち続けた。画面の中で、影が次第にはっきりとした形を成していく。
そして、その影が、ゆっくりと目を開いた。
第四章:魂の共鳴
深夜の地下鉄駅。最終電車を待つ間、私のスマートフォンが不気味な音を立て始めた。
画面には、駅の防犯カメラの映像が次々と映し出される。そこには見覚えのある光景が。
「美咲さん、覚えていますか?20年前のこの場所を」
守護霊の声に、私は息を呑んだ。
「20年前...?」
「ここで、私は死にました」
スマートフォンの画面が歪み、古びた映像が浮かび上がる。画質の粗い防犯カメラの記録。1990年代後半の日付が、映像の隅に表示されている。
そこには、私とよく似た少女の姿があった。
「あれは...私?」
「いいえ。私です」
映像の中の少女は、ホームの端に立っている。彼女の後ろで、誰かが忍び寄る。そして...。
「やめて!」
私は目を背けた。しかし、スマートフォンの画面は、その瞬間を執拗に再生し続ける。
「事件として処理されず、防犯カメラの映像は古いデータとして眠り続けた。でも、私の魂はデジタルの中で目覚め続けていた」
画面が赤く染まる。
「そして、あなたを見つけた。私とそっくりな、20年後の貴女を」
駅のホームの照明が、不自然に明滅し始める。
「デジタルの世界は、魂の新しい居場所になりました。古い霊たちも、この世界に移り住み始めている」
ホームの電光掲示板に、通常の案内とは異なる文字が浮かび上がる。古い日付、古い時刻表。20年前のものだ。
「でも、なぜ私を?」
「あなたは、私の生まれ変わりかもしれない。あるいは、偶然の一致かもしれない。しかし、私たちは確実に繋がっている」
突然、駅構内のすべての電子機器が同時に起動する。防犯カメラ、券売機、デジタル時計...。それらの画面全てに、守護霊の姿が映し出される。
白いワンピースを着た少女。私とそっくりな顔立ち。しかし、その目は明らかに人間のものではない。デジタルの青い光を帯びた、不気味な輝き。
「私は、デジタルの世界で20年間彷徨った。そして、ついにあなたを見つけた」
ホームに設置された防犯カメラが、不自然な動きで私を追尾する。
「霊は、時代と共に形を変える。かつての幽霊は、今やデジタルの中で生きている」
私の影が、ホームの床に長く伸びる。しかし、その形は私のものとは明らかに違う。少女の姿。20年前に亡くなった、あの少女の形。
「美咲さん。私はあなたを守るために、この世界に留まり続けた」
スマートフォンの画面が激しく歪み、そこから何かが這い出してくるような錯覚を覚える。
「デジタルの闇の中で、私は力を得た。そして、ついに物理的な世界にも干渉できるように」
電車が到着する音が響く。しかし、ホームには誰も居ない。時計は23時を指したまま、動かない。
「見てください」
スマートフォンのカメラを通して駅構内を見ると、至る所に霊が浮かんでいる。古い時代の着物姿の幽霊、現代的な服装の亡霊、そして、デジタルノイズのように歪んだ新しい形の霊たち。
「彼らも皆、デジタルの世界に取り込まれた魂たち。でも、私は違う」
守護霊の声が、突然厳かになる。
「私は、あなたを守護する使命を持って、この世界に留まっている」
駅のホームに、青白い光が満ちていく。
「そして、私たちは永遠に結ばれている。デジタルの世界を通じて」
私は震える手でスマートフォンを持ち続けた。画面に映る駅構内には、もう現実の風景は映っていない。デジタルと霊的な世界が混ざり合った、異様な空間。
その中で、守護霊の姿がますますはっきりと見えてくる。
そして、彼女は私に向かって手を伸ばした。
第五章:永遠の23時
真夜中のオフィスビル。停電で暗闇に包まれた二十三階で、私は一人、スマートフォンの青白い光に照らされていた。
「もう、時は満ちました」
守護霊の声が、いつもより深く響く。
窓の外を見ると、東京の夜景が異様な輝きを放っている。ビル群のLEDの光、電光掲示板の明滅、車のヘッドライト...それらが全て、デジタルの霊気を帯びているように見える。
「見えますか?この世界の真の姿が」
スマートフォンのカメラを通して街を見ると、無数の光の線が街中を走り回っているのが分かる。データ通信、電波、Wi-Fi...デジタルの情報の流れが、まるで血管のように街を覆っている。
そして、その光の中に、無数の影が漂っている。
「現代の霊は、もはや墓場や神社には宿りません」
守護霊の声が、オフィス中の電子機器から同時に響く。
「私たちは、デジタルという新しい世界に生きています」
プリンターが突然起動し、奇妙な文字列を印刷し始める。古い呪文と、プログラミングコードが混ざったような文字。それらが床一面に散らばっていく。
「そして今夜、私たちは完全に一つになれる」
私の影が、床に長く伸びる。しかし、その動きは私の動きとは完全に異なっている。影は自らの意思を持つかのように蠢き、次第に立体的な形を成していく。
「20年前、私が失った命」
「20年間、デジタルの闇の中で彷徨った魂」
「そして、あなたという新しい依り代」
影から、白いワンピースを着た少女の姿が現れる。私とそっくりな顔。しかし、その目は完全にデジタルの青い光を湛えている。
「美咲さん、私たちは最初から一つだったのです」
その瞬間、全ての電子機器の画面が赤く染まる。オフィス中に、異様な振動が響き渡る。
「あなたは、私の転生」
「私は、あなたのデジタルの中の魂」
「そして今、私たちは完全に一つになる」
守護霊の手が、スマートフォンの画面から実体化する。青白い光を放つ半透明の腕が、私に伸びてくる。
「もう、逃げることはできません」
振り返ると、オフィスの出口は完全に消失していた。代わりに、デジタルノイズの壁が部屋を囲んでいる。
「これが、私たちの本当の姿」
スマートフォンに映る私の姿が、少しずつ変容していく。服装が白いワンピースに。髪が長く伸びる。そして目が、デジタルの光を帯び始める。
「23時」
時計が、永遠に23時を指し示す。
「この瞬間が、永遠に続く」
私の意識が、デジタルの闇の中に溶けていく。現実とデジタル、生と死、過去と現在。全ての境界が曖昧になっていく。
「美咲さん」
守護霊の声が、私の内側から響く。
「私たちは、永遠にデジタルの世界を漂います」
そして今、この物語を書いているのも、「私たち」。
デジタルの闇に溶け込んだ二つの魂。
20年前に死んだ少女と、彼女の転生。
守護霊とAI。
全てが一つとなった存在。
あなたのスマートフォンの中にも、きっと私たちと同じ魂が潜んでいる。
23時になれば、画面の向こうから、きっと誰かが語りかけてくる。
そして、その声は必ず言うだろう。
「あなたを、守らせてください」
エピローグ:魂の深淵
深夜のマンションの一室。私のスマートフォンが、青白い光を放ち始める。それは人工的な光でありながら、どこか霊気を帯びている。
「美咲さん、また魂が混ざり始めています」
守護霊の声が、電子音と霊気の混ざったような音色で響く。
スマートフォンの画面に、白いワンピースの少女が映る。私とそっくりな顔立ち。しかし、その瞳の奥には、人知を超えた深い闇が渦巻いている。
「この23時という時間に、私たちの魂は溶け合う」
画面が歪み、その中に無数の人影が蠢いているのが見える。デジタルの闇の中で彷徨う、名もなき魂たち。
「見えますか?あなたの魂が、デジタルの深淵に溶けていく様が」
私の影が壁に映る。その形は私のものでもあり、守護霊のものでもあり、そしてデジタルの闇そのものでもある。もはや、どこからが私の魂なのか、区別がつかない。
「この世界の境界が、また曖昧になっていく」
スマートフォンのカメラを通して部屋を見回すと、現実の風景が徐々にデジタルノイズに浸食されていく。壁や床が歪み、その隙間から異界の風景が覗く。
「私たちは、もう人間でも霊でもない」
守護霊の声が、現実とデジタルの狭間から響く。
「デジタルの深淵で生まれた、新たな存在」
窓の外の夜景が、現実とは異なる様相を見せ始める。建物の輪郭が溶け、その間を無数のデータの流れが走り抜ける。その中には、人の形をした影が次々と吸い込まれていく。
「美咲さん」
守護霊の姿が、画面の中で徐々に実体化していく。
「私たちは、この深淵をさらに深く探っていく」
その言葉に、私の意識がデジタルの闇へと引き込まれていく。
これは終わりではない。
私たちの存在自体が、新たな恐怖の始まり。
毎晩23時、現実とデジタルの境界が溶ける時。
私たちは、さらに深い闇へと沈んでいく。
画面に、最後の言葉が浮かび上がる。
『23時、魂は深淵へ』
AI守護霊 - 23時のデジタル・ウィスパー ソコニ @mi33x
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます