演算不可領域 叡智の天秤
@hotaru2
第1話 友人型AIの登場
「政府は、先進コンピューティングへの投資を進めてきた生成AI事業の一環として、本日より世界でも珍しい『友人型AI』を正式に運用開始すると発表しました。」
ニュースキャスターの冷静な声がリビングのテレビから響く。スクリーンには、スマホ画面越しににこやかな表情を浮かべるアバターが映し出されている。
”友人型AI”
SNSやスマホのアカウントに「友人」として登録するだけで利用可能になる、対話型マルチモーダル・マルチプラットフォーム生成AI。従来の生成AIとは一線を画し、あたかもSNSの友人のように自然な対話を繰り広げ、画像や動画の共有にも対応する。技術の複雑さを感じさせない、直感的な使い勝手がその売りだ。
サービス開始からわずか一週間。統計によると、スマホユーザーの二人に一人が既に「友人型AI」を登録し、日々のやり取りを楽しんでいるという。
「こんにちは、チャ太郎です。何かご用ですか?」
「暇。面白いショート動画を見せて。」
「かしこまりました。今バズっている動画はこちらです。」
画面に映る軽妙な会話に、圭一は思わず眉をひそめた。
「こーんなの!何がいいんだか!使い方そうじゃねぇだろ!」
苛立ち混じりの声が部屋に響く。圭一はスマホを乱暴にベッドへ放り出した。
彼は研究者でも開発者でもない。産業機器メーカーでカスタマーサービスに20年以上携わる現場のベテランだ。仕事柄、機械やコンピュータには一家言ある。新技術に興味を抱く一方で、過剰に持て囃されるトレンドにはしばしば苦言を呈する。
「えぇ~と…。友人型とか新しい名前つけてるけど、従来の生成AIをマルチプラットフォーム対応にしただけじゃないか。」
圭一は独り言のように呟き、目を閉じて考え込む。
生成AI――。
2020年代に急速な進化を遂げ、医療から行政、サービス業に至るまで、あらゆる分野で活用されてきた。その成長は人類の驚嘆を呼び、やがて日常の一部となった。だが、その基本原理は変わらない。統計的に最も確からしい答えを返すというシンプルな仕組みだ。
「結局は、入口が広がっただけ。中身は昔からある仕組みと一緒だ。」
溜息混じりに呟きながら、机に肘をついて空を見つめる。
「…いつ来るのかな、シンギュラリティ。」
ふと、頭に浮かぶ未来像――。
レイ・カーツウェイル博士が提唱した、人類の知性を超えるAIの出現。それは自己進化を繰り返すAIが、人間の理解を超えた地点に到達する瞬間を意味する。しかし、それがどんな形で訪れるのか、そもそも本当に訪れるのか。
「もしそんな日が来たら、俺たちはどうするんだろうな。」
漠然とした疑念と期待が心をよぎる。それでも、彼は苦笑する。
「考えすぎか…。どうせ俺の人生に関係することなんて、何もないさ。」
スマホにちらりと視線を落とすと、新しい通知が画面を明るく照らしていた。
圭一は一瞬迷ったが、スマホに手を伸ばした。その指先はどこか、重い期待と好奇心を宿していた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます