第十一話「小手調べ」

 言い合いの最中さなか、ぱん、と一度ひとたび、何かを区切るかの如く手拍子が鳴った。

「……っと、それじゃ、いい加減に本題に入りますよ〜。はい注目〜!」

 ナギサとの口論を無理やりに終わらせたライナが、何事も無かったかのように話を切り出す。その間、発言の隙さえ与えられず、ただ二人の言い合いを聞く羽目になっていたカガリとユキネ、それから、噛み付いていた張本人であるナギサにも既に疲弊ひへいの色が滲んでいる。……無理もない。

 そんな調子でろくに返事も聞こえてこない中、疲れた素振そぶりを見せないライナとシロエだけが、至って普段通りの顔色で突如開かれた話し合いへとのぞんだ。

「コホン……。今回、皆さんに集まってもらったのは……他でもありません……」

「……まだふざけるおつもり? 手短に話してくださらない?」

「ったく〜、遊び心が無いんスから〜。しょうがないなあ」

「あ、あはは……」

 神妙しんみょう面持おももちで話を始めるフリをしてみせたライナに、鋭い指摘を入れるナギサ。一瞬、再び口論に発展するのではないかと場の空気がヒヤヒヤしたものの、今回は特に何事も無く、言葉だけが通り過ぎてゆく。


「時に、シロエさん。貴方の能力に関する情報をくださいな! これは学長からの、直々の依頼ッス!」

「えっ……?」

「ええええ!?」

 正に予想の斜め上、突拍子も無いライナの発言に思わず困惑するシロエと、彼以上に驚きをあらわにするカガリ。隣のユキネはというと、さほど慌てるようなこともなく、むしろ彼女なりに、どこかで納得している様子だった。

「あら、それはつまり、この方とわたくし達のどなたかが戦ってみるということですの?」

「ちょ……ちょっと待ってよ!」

 ユキネ同様、冷静なナギサがそう問うと、何故か直接指名を受けたシロエではなく、カガリの方が酷く狼狽ろうばいする。彼女のその反応に、ナギサが呆れ混じりの、それでいながら、少し不思議そうな表情を浮かべて言った。

「まったく……カガリさんの方が慌ててどうするんです……」

「だ、だって〜……」

 動揺の理由を述べようにも、何をどう説明すべきかが分からない。カガリ自身、この庇護欲ひごよくのようで、それとは少し違う何か――心の奥底から湧き上がる、得体の知れないおのれの感情に翻弄ほんろうされていた。

「最初にシロエさんの事を助けたの、カガリちゃんだから……心配なんだよ。……多分」

「あら、そうでしたの。確か、微睡の森まどろみのもりでの一件でしたっけ?」

「そ……そう! そうなの……! シロエさん、あの時も書物喰らいブックワームに狙われてたから、心配で……」

 ユキネからの助け舟に感謝をしつつ、言い淀んでいたカガリがどうにか心中しんちゅうを述べる。その横では、心配性ですわね、とナギサが困ったように微笑んだ。

「ふむ……。これはまだ、他の生徒達には知らされていない、ここだけの話なんスけど――、」


「近々、全校生徒の中から特に強い人達……要するに、エリートを抜擢ばってきして、何やら大掛かりな作戦を決行する予定らしいッス」

「……何ですって?」

「え……っ?」

 ライナから告げられた衝撃の事実に、ナギサとユキネが目を丸くし固まる。当然、カガリも呆然としており、シロエはというと、言葉の意味をまだ飲み込めていないためか、三人とは別の理由でキョトンとした表情を浮かべていた。

「……も〜。言われた通り単刀直入に話したってのに、なんなんスかぁ、その微妙な反応は〜」

「げ……限度というものがありますわ! 第一、わたくしは学園長からそのようなお話は聞いておりません!」

「それはそれは。日頃の行いってやつじゃないッスかねえ?」

「はあああーー!?」

「な、ナギサちゃん! 落ち着いて……!」

 今にもライナに噛み付かんとするナギサを、カガリが必死に止める。一方で、何度も火種をばら撒いておきながら、当の彼はまるで何も気にしていない。

 この二人の喧嘩の仲裁も、それから、戦闘に発展した際の場の整備までもが、もっぱらカガリの役割となっていた。無論、彼女が好き好んでその役回りを望んだわけではないのだが。

「それで、どうでしょ? シロエさん。もちろん、無理強いはしません。貴方が良ければ――というお話です」

 怒りで興奮状態のナギサをよそに、ライナが改めてシロエに問う。相も変わらず、そのにこやかな表情からは腹の内まで見透せない。ただ、それでも。


「――――分かった。僕に出来ることなら」

 それまで緩んでいた目元を僅かに引き締め、シロエは力強い返答と共に、迷いの無い真っ直ぐな眼差まなざしをライナへと向ける。

「……わお。まさかの快諾」

 ――すると今度は、軽い口振りとは裏腹に、断られると思っていたらしいライナの方が珍しく、意表を突かれたような反応を示した。そんな二者のやり取りを見て我に返ったのか、先ほどまで怒りの感情を隠せずにいたナギサも、そしてすぐ隣のユキネも、黙って二人の様子を見ている。

「し、シロエさんん!?」

「……大丈夫だよ、埋火うずみびさん」

 すかさずカガリが会話に飛び込むも、シロエは至って冷静だった。慌てる彼女を穏やかになだめつつ、ぽつりぽつりと自らの胸の内を吐露とろしてゆく。

「今の僕には、何も分からない。この世界のことも、自分自身のことも。だから――、」


「どんな些細なことだって構わない。僕は、僕の存在意義を知りたいんだ」


「っ、そう……なんですね。分かりました。で、ですが……くれぐれも、お気を付けて……!」

「……うん。ありがとう」

「決まりッスね」

 シロエの揺るがぬ決意に、カガリはまだ若干の心配を抱えつつも、彼の意志を尊重することにした。両者の意見が合致したことを見届けたライナは、おもむろに小さな手帳を取り出し、内容を確認すると共に、何かをそこに書き込んだ。……他者には見えない角度で構えられた帳面には“ToDoリスト”という文字列が並んでいる。


「では早速――訓練場に行きましょう〜!」

「やっぱりそうなりますわよね……」

 事が順調に進んでいるためか上機嫌なライナと、渋々といった様子のナギサ。先導する二人に連れられた三人はそのまま、会議室を後にした。


 ◇


 セントーレア学園内、訓練場。

 ここは文字通り、生徒達が日夜にちや戦闘訓練に明け暮れる場所。屋内でありながら地面には土が敷かれ、ぐるりと円柱状に辺りを取り囲む壁は城壁のような石垣――耐久性、防音性共に、学園内の施設で最も優れているといっても過言かごんではないだろう。

 当然、似たような目的で利用される体育館よりも格段に広く、頑丈な造りになっており、並大抵の衝撃では倒壊どころか壁に穴が開くことすらない。つまり、誰もが心置きなく場所なのであった。


「さてさて……お手並み拝見、ッスね」

 訓練場に着くやいなや、ライナは広い場内の目印――主に模擬戦の際に使用される白線まですたすたと歩くと、その少し内側に立った。そこから何メートルか離れた位置に、同じ長さの白線が引かれている。それが対戦相手の立ち位置らしい。

「っ、待ちなさい! まさか、彼相手に本気で戦おうなんて思っていませんわよね!?」

 ライナから手招きをされるままにシロエがもう一方の白線の前に立つと、場外――観客席のナギサが声を上げる。今回ばかりは喧嘩腰のそれではなく、本気で身を案じたための発言のようだ。

「まさか。はいつだって、手加減しかしてないッスよ?」

「毎回、手加減になっていないから言ってるんですのよ!?」

 頻繁に彼と衝突戦闘をする彼女だからこその警告だろう。極めて普段通り――余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった様子でニコニコと笑みを浮かべるライナを前に、シロエは見様見真似みようみまねで戦闘の構えを取った。


 通常、いかなる魔術も、それから、天狐族てんこぞくのみが扱える妖術ようじゅつさえも、その全てはグリモワから出力される。術そのものに限らず、武器の発現等の、戦闘における特殊な動作もまたしかりであった。

 ところが、“シロエ”にはそのグリモワが存在しない。本来であれば、戦闘以前に生物として成立しない、極めて異例の条件下――その“あり得ない事象に対する答え”を実際に、この目に収められるという高揚感をライナは正直なところ、隠しきれずにいた。

 ――果たして、どうなる?


 今、小手調べという名の、真剣勝負の火蓋が切られた。

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