第2話 同居から告白②

「じゃ、鳴行ってくるね」

「うん、晩御飯期待して待っててよ!今日はグラタンだよ」

「うわマジかぁめっちゃ楽しみ〜」


夕方16時

鳴は、玄関で眠そうにノロノロ靴紐を結ぶ大鳥の背中を見つめながら

目を瞬かせ、あー…と小さく声を漏らした

「いっ、てらっしゃい」


「ん、いってきまーす」


ガチャリ、大鳥は鳴を一瞥もせず玄関のドアが締まる。夕方から出版社へ出掛ける大鳥を見送る。


「……ふふ、ははは」

鳴は静かに肩を振るわせたあと勢いでガバっと頭を抱えた


『きょ、今日も大鳥がめちゃくちゃ可愛い!!!!!!!!!!!』


「あ、あまりにも新婚さんすぎない?晩御飯楽しみにしてる夫の帰宅を待つのってこんなに楽しいの⁉︎どうかしちゃうよ!!!」


ドタドタと廊下を小走りし、勢いに任せてグラタンの食材を切り刻んでいく


カタ…包丁を置いて、そっと胸に手を当ててみる。ドクン…ドクンと静かに大きく心臓が跳ねている


『こんな大きな気持ち、いつまで隠していられるだろうか』


大鳥は超がつく鈍感だ。高校の頃も、自分のファンクラブの存在を卒業まで認知してなかったり、バレンタインに貰ったチョコレートを本命だと気付かず「付き合ってって何これ。どこ行けばいいのかな、書いてないんだけど」などと鳴に漏らすほどだった。


鳴は、大鳥がその本命のチョコレートを何の気無しに分けてきた時、「私は一生コイツに好きって言っちゃいけないんだ」と悟った。


『私が大鳥のそばにいれるのは、大鳥の親友だからだもん。大鳥のことを好きだから、じゃない』


トン…トン……


おもえば、彼女のキャンパスライフには大抵大鳥の残像が付き纏っていた。


誰かといい雰囲気になったことも勿論あった、ドラマチックな告白までされたことがある


元来、乙女チックな彼女はその告白に揺らぎかけたが 

いつも、ときめきを感じる度に


女子校時代の大鳥の笑顔が浮かぶ


まるでパブロフの犬のように、彼女の中のドキドキや、、トキメキの類は全て制服姿の大鳥へと直結しているのだ。


こんなにも好きなのに、彼女が大鳥からの同居の提案を承諾してしまった理由もまた、大鳥のことが好きだから 以外に理由がないのが 困る所だ。


『だってもうこんなに側に居られるチャンス、2度とない。上手く隠して、隠して…少しでも長く、大鳥の近くにいたい…』





ガチャリ


「ただいまーー」

夜7時、大鳥の帰宅の時間だ。それと同時に仕込んでいたグラタンが出来上がる。


「おかえりっ、大鳥。グラタン丁度今出来たよ!」

「わ、ほんとだーいい匂いする〜。私鳴の料理本当に好きなんだよね」


「……!う、うん。まあね!頑張ったよぉ」


『…っぶなー!好き、って単語だけでニヤけてしまう…。同棲…じゃない同居数日でこれって、この先が思いやられすぎるよ…!!!』


鳴はバシバシと自分の頬を叩き、頬の緩みを締める。

「て、、手!ちゃんと洗ってきてね!」

「はーい」


ふう…平常心…

先程まで大鳥への恋心を思い返していたからだろうか、その日は何故か

鳴のこころは少し浮き立っていた。


「じゃ、いただきまーす!」

パク、と子供みたいに熱々のグラタンを頬張る大鳥が可愛くて、つい吹き出してしまう


「うわ、おいしぃ〜〜生き返る…」

大鳥がおおげさに顔を綻ばせるので、鳴も釣られて笑ってしまった。


「ふふ、天才小説家のお仕事終わりだとは思えませんなぁ、先生」

鳴は揶揄うような声でグラタンを頬張る


「ん、、ゴホッ、や…やめて先生っていうの。第一まだまだ新人も新人だし…天才じゃないし」

大鳥は照れくさそうにモジモジしている。


「またまたぁ、大鳥の本めっちゃ面白かったもん!ちょっと不思議な感じの日常っていうの、、?ワクワクする、ああいうの!

次はどんなの書くの?」

「んー…実は編集さんにどうしてもって、ゴリ押しされてるネタがあって…でもぶっちゃけ良く分かんなくて…というか、に…苦手だから断りたいんだけど」


珍しく気まずそうに言葉を紡ぐ彼女の姿があった。鳴は不思議に思いつつ、深くは追求しないことにする。


それよりも気になることがあったのだ


『も、もしも担当編集さんがめちゃくちゃ綺麗な人だったらどうしよう……!!!東京の出版関係者なんてみんな芸能人みたいに綺麗だろうし…も、もし大鳥が…こんな小学生みたいな大鳥がうっかり大人な女性を好きになっちゃったら…ど、どーーしよう!!!!』

 

「ふーんそれよりさ、編集さんってどんな人?綺麗系?文化系女子ってかんじなのかなァ…えへ…もし仲良くなったらお家呼んで3人でお茶とかしたいなー」


「ん、ああ男だよ、編集」




カツーーーーン



「わぁ!大丈夫?」


「う、うん…大丈夫、ごめん。手滑って」


ドキドキドキドキドキドキドキドキ…

鳴の鼓動が早くなる。テーブルに落ちたグラタンを拭う手が震えてるのを悟られないよう、

わざと強めに腕を動かす


『わた…私は馬鹿か』


『そりゃそうだ、、お、大鳥は別に女の子のこと好きになる訳じゃ、ないじゃん…!!!!』


『大鳥がどんな人を好きになるか、なんて考えてもみなかった。誰かに恋をしている大鳥の顔が、想像すらできなかったからー…』


もしかしたら自分が知らない大学生活中に、彼氏…なるものを作っていたかもしれないと思うと、胸が苦しくなった。

ただ、大鳥と誰かのツーショットは何度も妄想したことがある。女子校時代の人気だった先輩、密かに大鳥に想いを寄せていた他校の女の子……



だけど、唯一男の隣は想像できなかった。


『大鳥が、大鳥が誰かの…か、彼女になる!?!?大鳥が誰かの女の子になる…なんて

そ、そんなの想像つかない、っていうか、、なんか…なんかなんか』


『なんかめちゃくちゃ嫌なんですけど…!!?!?』


「ん、?な、なに?」

大鳥は顔をじーーーっと見つめてくる鳴のものすごい形相にたじろぐ。


『どうしよう…どうしよう、なんか…なんか今。私めちゃくちゃ変なテンションに…なって…』


鳴は、ふぅーーと息を吐き

大鳥の瞳を真っ直ぐに射抜く


彼女の心は、もう既に決まった。


















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