おばあさんのゆめの工場

高秀恵子

第1話 おばあさんのゆめの工場

 優斗くんは 運動会がいやでたまりません。

(運動会の日は休んでしまおうか)

 と思うぐらいに大きらいです。

 でも、きょねんまでは優斗くんは運動会の王者でした。優斗くんはかけ足がはやいのでしょうか? ちがいます。優斗くんはダンスがとてもじょうずなのでしょうか? ちがいます。

 優斗くんはお昼休みのおべんとうの王者でした。

 優斗くんは運動会の日には三段がさねのりっぱなおべんとうを持って来ました。いちばん上のじゅうばこには 小さなたわら型ににぎったお赤飯が入っていました。お赤飯はあずきがたっぷり入っていて上には黒ごまとほんものの南天のかざりものがついています。

 じゅうばこの2だん目は、優斗くんのだいこうぶつのおはぎが入っていました。おはぎは舌ざわりのいいこしあん入りのきなこのおはぎと、あずきのおいしいあじがするつぶあんのおはぎの二種類です。

 そして一番下のじゅうばこにはおかずがぎっしりつまっていました。エビフライにシウマイにウインナーそしてたまごやき。きれいないろどりの野菜の煮しめもありました。



 もちろん優斗くんひとりでこのおべんとうを食べるのではありません。優斗くんのお友だちも一緒に食べられるよう、おばあさんはお皿とおはしをたくさん用意してくれたのです。生徒の中には家の人におべんとうを作ってもらえず、まちで買ったパンやいなりずしだけを持ってきている子どももいます。そういう子どもも、家の人におべんとうを作ってもらった生徒も優斗くんの豪華なおべんとうを分けてもらって食べていました。

 しかし今年はそのおばあさんが入院しておべんとうを作ってもらえません。それどころか優斗くんの運動会の日におばあさんの大きな大事な手術があるのです。優斗くんのママとパパはおばあさんの手術につきそうことになりました。

「むかしは子どもの運動会のときにはお父さんはカメラを持って写真やビデオのうで自慢をしたんだ。そして近所のお父さん同士でビールを持ちよってちょっとしたパーティまでしたんだよ。けれど今は撮影禁止・お酒も当然禁止でさぁ運動会も面白くなくなったからなあ」

 なんてパパは言います。だけどパパとママは、優斗くんが話を聞いていないと思うときには、おばあさんの入院について何か大事でむずかしい問題があるように2人きりで話し合っているのです。

(おばあさんの病気は重いんだろうか? ママもパパもその話をぼくにしてくれないけど)

 優斗くんは心配になります。



 運動会の前の日のことです。

「運動会の朝はパパもママも早めに起きて家を出て病院へいくからね。優斗は自分ひとりで起きて自分でおべんとうを持って学校へ行くのよ」

 とママが言いました。

「おばあさんのぐあいはどうなの?」

 優斗くんがたずねると

「とても元気よ」

 とママは答えます。元気ならどうして入院して手術を受けるのでしょうか? 

(ぼくも病院へ行きたい。学校を休んで) 

 優斗くんはそう思いましたが病院は子どものお見まいはきんしです。

優斗くんはそのまま優斗くんはベッドに入りましたが、おばあさんのことが気がかりで明日の運動会に行きたくなくて、なかなか寝つけませんでした。それでも何とかねむりの世界に入ってゆめを見ました。でも始めのうちは、優斗くんはゆめを見ているとは思いませんでした。


 

 そこはいなかの村でさくらの花やれんげやなの花がさいている春のふうけいでした。

(どこなんだろう。見たことのない場所だな)

 優斗くんは不思議に思いながらも歩いて行くと、灰色の作業服を着たおばあさんを見つけました。おばあさんは優斗くんを見るなり

「優斗くん、元気にしている? 最近会っていないけど」

 とやさしく元気のある声で言いました。

「おばあさん、入院してたのじゃないの?」

  優斗くんがびっくりしてたずねると

「心はとても元気なのよ」

 とわらいながら言います。あたりはすずめや小鳥の声が聞こえてきて、病気なんて関係がなさそうな感じがしました。

「おばあさんは何をしているの?」

「おもちに入れる草をつんでいるのよ。よもぎという草をつかうの」

「ぼくも手つだう!」

 優斗くんは言いました。おばあさんは、草もちにつかうよもぎの葉についてくわしくせつめいをしてくれました。よもぎの葉はぎざぎざがあり、タンポポや野生のきくの葉に少しにているということです。

「でもね、ここにはタンポポははえていないの。野生の草はよもぎだけなの」

「ふうん、へんなの」

 優斗くんはふしぎに思いながらもよもぎをつみました。見ればうさぎの着ぐるみを着た背の小さな人がたくさんいて、よもぎをつんでいます。

「あのうさぎみたいな人はだあれ?」

優斗くんがたずねました。

「わたしのお友だちよ」

おばあさんがそう答えます。よもぎの葉をつみ終えると、おばあさんは

「あそこにだいどころがあるから持って行って」

とわらやねの大きな家を指さしました。


 わらやねの家の中は、ゆかもかべもまっ白でまるで工場のようでした。おばあさんも優斗くんもテレビで見るしょくひん工場の人のような白いさぎょうぎを着て、足もとも白い長ぐつに変わっています。

 おばあさんはよもぎをていねいに洗いました。うさぎの着ぐるみを着た人もよもぎを洗っています。おばあさんは洗い終えたよもぎをていねいにゆでました。そしてゆであがったよもぎは、ほうちょうで細かく切ったりすりばちとすりこぎですりつぶしたりします。べつのうさぎたちはおもちをついています。おばあさんはすりつぶしたよもぎを、おもちにまぜました。たちまちおもちはきれいな緑色にかわりました。「今からうぐいすもちを作るのよ。手つだってね」

おばあさんは黒っぽいあんこをつぎつぎとまるめました。それから緑色のおもちもまるめました。まるめたおもちをたいらにのばしてまるいあんを上にのせ、おもちであんをつつみ、黄色いきなこをかけるとできあがりです。

 優斗くんは、ようち園のときのどろ遊びを思い出しておもち作りを手つだいました。うさぎたちはおもちをついたり、あずきをにて、あんこを作ったりといそがしそうです。

「まだおもちを作るの?」

 優斗くんがたずねました。

「そりゃ作るわよ。ここはわたしの工場だもの」

 うさぎたちとおばあさんは、白いおもちでおなじようにあんこをつつみ、こんどは緑色のきなこをかけました。

「こちらもうぐいすもちよ。この工場のめいぶつなの」

 おばあさんはそういいます。



「工場で作ったおもちはどこへ行くの?」

「あそこのさくらの木の下にお店があるのよ。ほら、おきゃくさんがおちゃを飲みながら食べているでしょ?」

 おばあさんが指さすほうこうには、なくなったはずのおじいさんが手をふっています。

(ここはほんとうはどこなんだろう)

 優斗くんはしんぱいになりましたが、おばあさんはかまわずしゃべりつづけます。「ほかにはコンビニやスーパーマーケットや道のえきへ行くおかしもあるのよ。この世界にもコンビニとか道のえきがあるの」

 おばあさんは少しじまんげにいいます。

「さあ、春のおかし作りはうさぎたちにまかせて、こんどは冬のおかしを作りましょうよ」

おばあさんは、工場から出て行きました。すると着ていた白い服はいつの間にか灰色のさぎょう服に変わっていました。



 優斗くんはおばあさんの後をついて歩いて行きます。すると先ほどまで春のふうけいだった外がいつの間にか夏みたいになっていました。せみがないていて、ひまわりの花がさいています。畑にはとうもろこしがそだっていて、先ほどまでれんげの花がさいていた田んぼにはいねが青くせをのばしています。

「このお米はおもちを作るためのものよ。とうもろこしもおもちのざいりょうになるの。ほかにも豆の畑とかいろいろあるのよ」

 おばあさんがせつめいをします。やがて少しすずしくなると足もとには、いがのついたくりのみが落ちていました。きせつがまた、かわったようです。

「ここにはくりやかきの木がたくさんはえているの。くりもかきもおかしのざいりょうになるのよ。ここにそだっている植物は、ほどんどがおかしのざいりょうになるわ」

「ふうん……」

 優斗くんはびっくりしました。歩くたびにきせつがかわることがふしぎでたまりませんでした。うさぎの着ぐるみを着た人も、ほんとうは人間ではなく、しょうたいはうさぎかもしれないとすら、優斗くんは思いました。ここはとてもなぞの多い世界なのです。

 かきのみが赤くなり、うさぎたちはかきのみをほしがきにしています。こんどは少し寒くなってきました。これから冬の世界へ行くのでしょう。気がつくと優斗くんもマフラーとカーディガンをみにつけています。

「わたしはねえ」

 とおばあさんがいいます。

「おかし作りでは冬のきせつが一ばんすきなの」

 冬らしく冷たい風がぴゅうぴゅうとふいています。そんなきせつのどこがいいのかと優斗くんは思いました。

「あそこがくずの畑よ。くずもちって聞いたことがあるよね。そのくずもちのざいりょうになるくずの畑よ」

 優斗くんはそう話を聞いて、ぷるりぷるりとしたくずもちのことを思い出しました。

 でも畑にはかれえだのようなものしかはえていません。

「くずはね、冬は葉を落とすの。そして土の中の太い根にえいようをたくわえるのよ」

 おばあさんはいつのまにか、スコップを持っています。おばあさんがかれた草の根をほると、にんじんを少し太く長くしたような根が出てきました。

「根をきれいに洗ってね、細かくくだいてすりつぶして、水できれいになんども洗って、そうしてくずのこなをとるの。冬の冷たい水で洗わないと、いいくずのこなはできなのよ」

 おばあさんはそういいます。

「だけどね、くずからくずのこなは少ししか取れないわ。だからとうもろこしやじゃがいもから取ったこなもまぜるの。さっきとうもろこしの畑を見たでしょ?あのとうころこしもこなを取るためにそだてていたのよ。とうもろこし畑は冬はじゃがいもの畑になっているわ」

 優斗くんはおばあさんといっしょに畑に行きました。じゃがいものほか、こむぎの畑もあり、うさぎたちはむぎふみをしています。冬の地面はかたく、むぎはしっかりふまないと土に根をのばさないのです。

「さあ、工場のほうへ行きましょ?みんなでむしまんじゅうを作っているわ」

 


 優斗くんとおばあさんはわらぶきの家にむかいました。先ほどと同じようにわらぶきやねの家の中は、せいけつそのものの工場のようです。うさぎたちは木でできた蒸し器を使ってむしまんじゅうを作っています。まんじゅうのあまいかおりがへや中にします。

「あったかいね」

優斗くんはいいました。

「冬のむしまんじゅうはめいぶつなの。ほら、いろいろないろのおまんじゅうがあるのよ」

 おばあさんが木でできた蒸し器のふたを取ると、ちゃいろいおまんじゅうや草もちみたいな緑色のおまんじゅう、そして白やピンクのおまんじゅうがありました。うさぎはできあがったおまんじゅうに、はんこのようなものをおしています。

「このおまんじゅうはあずきで作ったものだけど、ときどきさつまいもの黄色いあんやゆずのかわをまんじゅうのかわにまぜたりして、いろいろなおまんじゅうを冬は作るのよ」

おばあさんは元気よく言います。



「おばあさんはおかし作りにくわしいね」優斗くんはいいました。

「そりゃ、おばあさんはずっと、おもちやわがしの工場で働いていたのよ。おばあさんは長く工場でしごとをしていたから主任になれたの。それでとしをとって工場をやめたらおじいさんとわがしのきっさ店を作るつもりでいたの」

「へえ、そんなこと少しも知らなかった」

優斗くんは言いました。

「わがしってこのごろのこどもにはにんきがないわねえ」

 おばあさんが、少しがっかりしたように言います。優斗くんはいいました。

「クラスメイトの中にはわがしなんてあんこのあじしかしないっていう子どももいるんだよ。でもぼくは知っているよ。おはぎだって春のおはぎと秋のおはぎでびみょうにあじがちがうんだ」

「たのもしいまごを持ったものだわ。優斗くんはきせつではいつのわがしがいちばんすきなの?」

優斗くんは少し考えて

「春!」

 と答えました。

「春の葉っぱにつつんださくらもちやかしわもちがすき!」

「じゃあ春の工場へ行きましょ」

 おばあさんと優斗くんはいっしょに外へ出ました。外へでるときには白い服ではなく優斗くんはふだん着に、おばあさんは灰色のさぎょう着になっています。

 


 外のふうけいは冬そのもので、そらには大きなまんまるの昼の月が出ています。「おばあさん、きれいなお月さんが見えるね」

「おや、あれは月じゃなくてちきゅうですよ。よくごらんなさい。ちずで見る世界と同じもようが見えるでしょ?」

 優斗くんは言われてよく見ておどろきました。いつも見る月のもようとはまったくちがうのです。

「じゃあここはどこなの?」

「お月さまよ。おばあさんのゆめの中の」

優斗くんはますますびっくりしました。

「わたしのゆめはじぶんのお店を持つことだったけど、ゆめがかなわなかったでしょ? だからじぶんのゆめの世界にじぶんの工場を作ったの―」


 おばあさんがそういうと、優斗くんの見ていた世界がきゅうにくずれました。そこで優斗くんの目はさめました。

(ああ、これはゆめの世界のできごとだったのか……)

 優斗くんはゆめの中のことを思い出そうとしましたが、目がさめてみるとゆめのできごとは、なかなか思い出せないものです。

 顔をあらって着がえた優斗くんはだいどころへ行きました。ママもパパもおばあちゃんのびょういんへ行ったらしく、もう家にはいません。

 テーブルの上には小さなべんとうばこがあり、中には、いりたまごとかつおぶしのおにぎりが入っていました。べんとうばこのそばには手紙があります。

『ママより きょうは運動会に行けなくてごめんなさい。れいぞうこに朝ごはんのサンドイッチがあります。一人で食べて一人で学校へ行って下さいね』



 優斗くんはなきそうな気もちになりましたが、がまんしました。

(ゆめの中ではおばあさんは元気そうだったもの。しゅじゅつをすればおばあさんの病気はよくなるにきまっている! そして元気になればまたおべんとうやおかしを、おばあさんは作ってくれるんだ!)

 優斗くんはそう思いました。



 その日の運動会では優斗くんはとてもがんばりました。かけっこではじこきろく最高のけっかが出せました。ダンスもまちがえずにかっこよくおどれました。みんなでやった大玉落としでは優勝しました。昼休みはいりたまごとかつおぶしの入ったおにぎりをおいしく食べました。

 クラスの女の子がごうかなおべんとうを持って来て、サンドイッチやからあげやデザートのゼリーをクレスメイトに分けてくれました。優斗くんは分けてもらったおかずを食べながら

(おばあさんのおべんとうのほうがおいしいや)

 と思いなみだが出そうな気もちになりました。

(おばあさんのしゅじゅつはせいこうするんだろうか……もしかしてきょねん食べたおべんとうが、おばあさんの最後のおべんとうになるんだろうか?)

 優斗くんは、ふとそんな気持ちになり、ますますかなしくなりました。

(きのうのゆめの中でおばあさん、あんなに元気そうだったんだもの。しゅじゅつはぜったいにせいこうするんだ)

 優斗くんは、そう思いじぶんを元気づけました。



 家に帰って夕ごはんのときです。ママはごはんを作る元気がなかったのか、夕ごはんは買ってきた牛どんでした。パパはつかれきった顔つきをしています。ママは明るいちょうしで

「運動会、どうだった?」

 と聞きますが、優斗くんにもそれは、『から元気』だと分かるくらいに、つくりわらいをママはしていました。

「ねえ、パパ。おばあさんはぼくが生まれる前は、おかしの工場で働いていたの?」 

  優斗くんは思いきってたずねました。

「そうだよ……長く働いてしゅにんになったらしいな。むずかしいしけんもうけたらしいよ」

パパは思い出すように言います。ママが

「たしか製菓衛生師のしかくを取ったそうね」

とつけたしました。

「……工場をやめたら、おじいさんと二人できっさ店を持つよていでいたんだ。……だけどおじいさんが重い病気になってお店どころじゃなくなったんだ……そしておじいさんがなくなったら、こんどはおばあさんが病気になって」パパはなみだをながしそうな声でそういいます。

「ねえ、おばあさんのしゅじゅつはせいこうしたの?」

 優斗くんがたずねました。

「しゅじゅつというものはなあ、お医者さんが悪いところをとったらせいこうというものじゃないんだ。しゅじゅつの後、元気が出てじぶんでごはんが食べられるようになって、じぶんで歩けるようになってはじめて、せいこうしたといえるようになるんだよ!」

 パパはおこったようにいいます。

「パパ、そんなに声をあらげなくても」

 ママがやさしくなだめます。

「しゅじゅつはね、体力をつかうからまだせいこうしたのかどうかは分からないの。でもしゅじゅつがせいこうして、病院の外の庭に出られるようになったら優斗くんもいっしょにお見まいに行きましょう。そのときにはおばあさんがすきなおかしを手づくりして持っていきたいわ」

 ママが少し明るい声でいいました。



 それから二週間後のことです。パパとママと優斗くんの3人で、おばあさんのお見まいに行けることになりました。ママはその日の朝、早おきをしておだんごを作りました。さつまいもをうらごして作ったあんこを用意し、おだんごをまるめるのは優斗くんも手つだいました。パパはとても気げんがいいです。

「さし入れのおだんごは、おばあさんが食べていいかどうか、病院のかんごしさんがはんだんしてからになるの。でも今のぐあいなら、きっとおだんごは食べられるわ」

 ママがいいます。



 秋の天気がいい日です。パパとママと優斗くんはサルビアの花がさく病院の庭でおばあさんを待ちました。

「ぼく、おばあさんの前で、運動会のダンスをおどるんだ」

 優斗くんはいいました。

「それはいい考えね」

 ママはいいます。まもなくパパと車いすに乗ったおばあさんのすがたが見えました。

(おばあさん、きっと元気になるんだ。そして月の世界じゃなくて、このちきゅうに自分のわがしのお店を持つんだ、きっと)

 優斗くんはおばあさんの元気そうな顔を見て、そう思いました。(了)     

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おばあさんのゆめの工場 高秀恵子 @sansango9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ