しずくのいちご牛乳
ぷらぷらぷらす
第01話 初めてのいちご牛乳
しずくは、ゆうくんに呼ばれて、彼の家に来ていた。ゆうくんと過ごす時間は、ただシンプルに楽しい。
彼の部屋には、小さなバーのようなスペースがある。ステンレスのシェーカーやガラスのカップが整然と並び、カウンターの奥には手作りのレシピ本が置かれていた。
いつも、そこで好きな飲み物を作ってもらっていて、しずくはゆうくんと過ごす時間が好きだった。
でも、今日、目の前に置かれたグラスを見て、しずくは思わず息を呑んだ。
淡いピンクが混ざった乳白色の液体が入ったグラス。どことなく、ぬらぬらとした質感がある。
「しずく、これいちご牛乳なんだけど……飲んでみて。」
ゆうくんが、真剣な目で差し出す。
しずくはグラスをじっと見つめた。
鼻を刺すような強烈な匂いが広がる。
いちごの甘い香りはまったくしない。
牛乳の優しい匂いも、どこにもない。
――本当にいちご牛乳なの?
なんだか薬みたい……。
「えっ……これがいちご牛乳?
しかも、匂いがすごいんだけど……。」
しずくは戸惑いながら呟いた。
普通のいちご牛乳なら、甘くてさらっとしていて、綺麗なピンク色。けれど、目の前のそれはまるで違った。
粘り気のある液体が、グラスの内側をゆっくりと這う。どろっと重たく、ねばつきがある。
「最初はそう思うけど、そのうち慣れるから大丈夫。」
ゆうくんの声は静かだった。
「これは僕が作ったオリジナルのいちご牛乳なんだけど、どうしてもしずくに全部飲んでほしくて。」
しずくは目を見開く。
「しずくに飲んでもらうことが、僕にとってはすごく大事なんだ。」
ゆうくんが、こんなふうに何かをお願いすることなんて、ほとんどなかった。
いつもは「よかったら飲んでみて」くらいの
軽いノリなのに、今日は違う。
――そこまで言うなら……仕方ないかな。
もしかしたら、とてもおいしいのかもしれない。
しずくはそっとグラスを手に取った。
指先が、ひんやりとしたガラスの縁をなぞる。
液体をじっと観察しながら、ゆっくりと傾けた。
ツンと鼻を刺すような刺激的な匂いが鼻腔を満たす。甘さとはほど遠い、発酵したような独特の香り。
「うっ……くさい……。」
それでも、決心して口をつける。
――そして、一口。
瞬間、舌の上に広がるのは、えぐみと苦味。
甘さは、まったくない。
ねばつく液体が舌に絡みつく。
喉を通るたび、粘着質な感触がしずくを襲った。
「おぇぇっ、ゴホッ、ゴホッ……!」
むせ返る。
思わず口元を押さえ、涙目になった。
「なにこれ……。苦いし、エグいし……おいしくないよ……。これ、本当にいちご牛乳なの?」
「飲み慣れると変わってくるんだよ。」
ゆうくんは微笑む。
「……ゆうくん、これ、全部飲まなきゃダメ?」
「うん。しずくに飲んでもらえると、すごく嬉しいんだ。つらくても、飲んでほしい。」
その言葉に、しずくは少しだけ覚悟を決めた。
ゆうくんのために、あと半分……。
再びグラスを傾ける。
粘り気のある液体が舌の上を転がる。
えぐみと苦味。
飲み込むたび、喉がひくりと動く。
「んん……これ、ネバネバして、気持ち悪い……。」
口の中には、まだねばつきと匂いが残っている。
――本当に、飲み続ければ慣れるの……?
しずくは、そっとグラスの底を見つめた。
ゼリー状の塊が、ゆっくりと沈んでいる。
――でもあと、一口。
ここまで飲んだからには、最後まで。
そう思い、ゆっくりとグラスを傾ける。
最後のゼリー状の塊が、口の中へ落ちた。
「……っ!」
ねっとりとした感触。
舌に絡みつき、喉にまとわりつく。
それでも、しずくは目をつぶり、飲み干した。
「……はぁ……。」
そっとグラスをテーブルに置く。
「しずく……全部飲んでくれたんだね。」
ゆうくんの声が、優しく響く。
しずくはゆっくりと顔を上げた。
「うん……飲んだよ。」
その言葉を口にすると、不思議と胸が温かくなった。ゆうくんは、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう、しずく。嬉しいよ。」
その言葉が、しずくの心に優しく染み込んでいく。
まだ舌の上に残る粘つきを感じながら、そっと微笑んだ。
「ゆうくん、ごちそうさま。おいしかったよ。」
自分で言った言葉に驚く。
なんでこんなことを?
苦くて、えぐくて、飲み込むのが大変だったのに。
――ゆうくんが喜んでくれたから?
しずくはそっと胸に手を当てた。
そうだよ、ゆうくんが喜んでくれたんだもん。
ほんの少しだけ、心があたたかくなった気がした。
私が飲んだものは、ゆうくんが作った私だけの特別ないちご牛乳だから。
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