第5章 らいばる‼
第1話 ポイント・ライン・スコア
月曜祝日、こどもの日。ゴールデンウィーク最終日。帝王寺中との模擬戦の日だ。
午前九時。我々は一度、楠木中の部室で集合する。部室はご存じ倉庫なので、とても他校の生徒をお招きできるキャパシティを持ち合わせていない。というか、馬鹿にされるのがオチだ。したがって集合は飯盛山ふもとの四條畷神社。現地集合現地解散という歓迎力のなさ。
「天ちゃんは実戦形式でやるの初めてやから、ある程度事前にレクチャーしとかなあかんね」
緊張気味のあたしの顔を見て、風子先輩が言う。
「レクチャーゆうても、もう教えることはほとんどないけどなー」
部室のパイプ椅子にもたれかかって、卓美先輩が面倒そうに言う。身体を動かすこと以外では基本的にやる気を出さないのかもしれない。
「確かに。読図は私とみっちり特訓しましたし、脚力の方は卓美と風子が鍛えてくれたことでしょう」
燐先輩はしゃべりながらも英単語帳から目を上げない。
「まぁまぁ、天ちゃんは初めてなんやから~」
風子先輩だけが優しい。まぁ所詮は「模擬」なのだから、そんなに緊張することはないのかもしれない。あたしも春季大会前に練習ができてラッキー……くらいに思えばいいのかも。
「とりあえず山ん中走ってフラッグ探して戻ってくるだけや。簡単やろ?」
「まぁ、それはさすがにわかってますけど……」
卓美先輩の簡単すぎるレクチャー。
「とはいえ、基本形式は大きく分けると三つあります」
燐先輩は英単語帳をパタンと閉じ、代わりにちょっと年代物のオリエンテーリングガイドブックを棚から引っ張り出す。説明する気になってくれたらしい。実に頼もしい。開いたページにその三つが示されている。
『ポイント・オリエンテーリング、ライン・オリエンテーリング、スコア・オリエンテーリング』
「ふむふむ、名前だけではイマイチわかりませんね」
「ポイント・オリエンテーリングが基本ですね。よーいドンでスタートして、地図を見て、指定された順番でポイントを通って、規定時間内にゴールする形式です」
「決められてるのは各ポイントを通過する順番と時間だけ。あとはどんなルートを取ってもいいんよ」
「オレ好みの形式やな」
進む道は自分で決めるってやつだ。
「基本的にはかかった時間の短い順に高得点が入っていく仕組みです。しかしポイントを通過できていなかったり、通過する順番を間違えたりすると、ペナルティとして一定の時間が足されてしまいます」
「なるほどー」
「ライン・オリエンテーリングはその名の通り『ライン=道』が地図上で決められているものですね。先ほどのポイント・オリエンテーリングとは違い、地図上にポイントの場所が示されていません」
「えっ?」
「どこかは書いてないねんけど、ちゃんとライン上に出てくるんよ。せやから、指定された道からズレると、ポイントを見つけられへん」
「ちょっとオレの好みではないな」
でしょうねー。
「道を決めておいた方が、運営上安全ではありますね。飯盛山のような低山ではなく、もっと本格的な山でやるときとか、登山の大会ではこの形式が主かと思います」
登山の大会なんかあるのか……と思ったけれど、話がそれそうなので今は黙っておく。
「三つ目はスコア・オリエンテーリング。エリア内にポイントをたくさん設置して、制限時間内にどれだけ回れるかを競います」
「スタートからの距離、標高差、方向決定技術を考えて、各ポイントに異なる点数がつけられんねん。つまり、簡単なところは低い点、難しいところは高い点。簡単なところをたくさん集めるもよし、高得点を狙ってチャレンジするもよし。戦略的なゲームになるってことやね」
燐先輩&風子先輩の説明。戦略的といえば、燐先輩が得意そうなイメージ。
「ワクワクする形式やけど、オレは激ムズ高得点のポイントばっかり狙ってまうから、結果的には苦手なやつや」
高難度ポイントばかり挑戦して制限時間内に帰ってこられない卓美先輩の姿が目に浮かぶ。勇猛果敢すぎるのも考えものだ。
「いろいろ言いましたが、基本的に大会はポイント・オリエンテーリングで行われますので、とりあえず最初にお話ししたことを押さえてください」
「はい」
「他の形式も、大会終わったらやってみよな。楽しいと思うで~」
「はい!」
そうだ。春季大会とか全国大会とか、なんだか大変なことばかりだったけれど、スポーツなんだからまず楽しまないと。思考をポジティブにしていく。
「それで、基本のルールは先ほど説明した通りですが、チーム戦ということで、さらにバリエーションがあります」
「四人で仲良く歩く感じではないんですよね」
「そうですね……最後に得点を合算するわけですが、そこまでは個人戦の色が濃いです」
「春季大会とか全国大会では、ポイント・オリエンテーリングのルールをもとにして、リレー・オリエンテーリングになることが多いね」
「リレーやから、個人戦とはちゃうで。バトンをつなぐ、熱い団体戦や」
卓美先輩は基本的に感想を述べるだけで、説明する気はないらしい。まぁ燐先輩と風子先輩の説明で十分だけれど。
「リレー形式をさらに分けると二種類。駅伝形式とクローバー形式です」
「駅伝はわかると思うけど、スタートからゴールまでの間を四つの区間に分けてそれぞれの区間をそれぞれの担当が走るってことやね」
「ちなみに今日の模擬戦はこの駅伝形式でやるで。各区間のポイントは一つ二つの短いバージョンやけど」
スポーツ全般に興味関心のないあたしだけど、さすがに駅伝がいかなるものなのかはわかる。箱根で大学生が走っているアレじゃん?
「クローバー形式というのは……?」
燐先輩がホワイトボードに向かう。
「スタート地点にチーム全員が集まります」
スタート地点とおぼしき二重丸が書き込まれる。
「第一走者が、あるエリアのポイントを集めて帰ってきます」
二重丸からペン先が出発し、輪を描いて最初の位置に戻ってくる。
「そして第二走者」
またペンが滑り出し、別の輪を描いて戻ってくる。
「バトンタッチして第三走者、第四走者。皆別々の区間を走って、もとの場所に戻ってくるわけです」
第四走者役のペンが帰ってきたとき、ホワイトボードには四葉のクローバーができている。なるほどそれでクローバー形式というわけだ。
「お、そろそろ行かな。集合時間に遅れると持田のやつが暴れるかもしれへん」
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