第5話 山なんやから、登らんことには下りもない

 一週間ぶりに、飯盛山山頂にたどり着いた。ペースが落ちると風子先輩にお尻をつつかれるので、半泣きになりながら登ってきた。この先輩、にこにこしながら実はSっ気があるのかしら、などと思う。あたしが情けなさすぎるのかもしれないけれども……。山頂の広場にあたしがへたりこむ頃には、卓美先輩と燐先輩はストレッチなどしつつ、すでに下りる準備をしていた。卓美先輩にいたっては、今までここで筋トレをしていたらしい。腕立て、腹筋、なぜか山頂にある鉄棒で懸垂……。なんというマッチョ精神。


「ほなな、気ぃつけて下りて来いよー」

「お先です」


 またもや、卓美先輩と燐先輩は先を行ってしまう。気合でついていくことができればよいのだが、やはり体は休憩を欲していた。


「あの二人はすごいですね……」


 隣に腰掛けた風子先輩にぼやく。


「そやねー」


 彼女は別段焦った様子もなく、やっぱりのんびりしている。


「まぁでも……」


 そんな風子先輩が、言葉をつづけた。


「人間には、得手不得手、向き不向きってあるやん?」

「そ、それはあたしがスポーツ向いてないという……」

「ちゃうちゃう、そんなこと言わへん」

「はい……」


 どうやらとどめを刺すつもりではないらしい。


「あとは才能もある。あと体格とか。どんだけ頑張ったって追いつかれへんこともある」

「夢も希望もないですね」

「せやな。ウチはもともと家庭科部に入ろうとしててんけど……そんなウチがどんだけ頑張っても、五〇メートル走で元陸上部の卓美に勝つことはできひん」

「そんな……」


 この先輩は何が言いたいのだろう。努力なんて無駄だと言うアンチ少年マンガ論か?


「でもな、ウチらがやってるのはオリエンや。足が速いだけでは勝たれへんし、頭がいいだけでもダメ、体力だけ有り余っててもダメ」

「つまり、総合力を上げろということですか」

「だいたいそうやね。でも少しニュアンスがちゃうかな」

「というと?」

「まんべんなく平均点をあげるだけじゃ、まだ勝てへん。得意な分野を誰にも負けへんくらい伸ばして、得意やない分野も、自分の限界まで伸ばす。それがマックスの総合力やろ?」

「はい」

「ウチは走りで卓美には敵わんけど、長い登りなら負けへん」


 相変わらず先輩の表情は穏やかなままだが、その目には何か熱いものが垣間見えた。


「天ちゃんはたぶん、登りが苦手や」

「うっ……そうだと思います」

「そして下りが得意や。これは才能と言ってもいい。でも、だからって登りをないがしろにしたらあかんよ。山なんやから、登らんことには下りもない。苦手な登りも、基礎体力つけて、ちょっとしたテクニックを身に着けて、天ちゃんの身体で、天ちゃんの能力で、最大限できるとこまでもってかな」

「はい!」


 風子先輩の目の奥で燃えていたものが、あたしの目にも飛び火した。




 重力に引っ張られるがまま下山し、そのままの勢いで学校までダッシュで帰り、下駄箱で靴を履きかえる。その時、事件は起きた。靴を脱ごうと片足立ちになった瞬間、右脚に激痛が走る。


「ひえええええええええええええええええ!」


 痛すぎて間抜けな悲鳴が出た。痛いを通り越して恐怖だった。突如右脚のふくらはぎが収縮して固まったまま動かなくなり、得体のしれない痛みに襲われる。


「どうしたん、天ちゃん⁉」


 風子先輩が二年生の靴箱の方から飛んでくる。


「あ、脚がぁあああ……」


 ぶっ倒れたあたしは己の動かない右脚を示す。


「あらー、脚がつったみたいやね。だから太腿の筋肉使うようにってゆうたのに……」


 いわゆるこむら返りというやつらしかった。こんな激しいのは初めてだったので驚いてしまった。慎重にマッサージしていると、痛みは徐々に消えていった。


 こんな感じで、あたしの修業編はまだはじまったばかり……ということらしい。

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