勇者の剣に選ばれずとも

金環ひじき

第1章 偽りの勇者

──勇者とは、強き剣を振るい、魔王を討つ者である。

 そんな話は、誰もが知っている。

 だが、その勇者がもし「偽物」だったとしたら?


1. 勇者という名を背負った男


 俺の名は、レオン。

 勇者の名を与えられたが、本当の意味での勇者ではない。

 生まれ持った才能はなく、神に選ばれたわけでもない。ただ、剣を握り、戦うと決めた男にすぎない。


「おい、レオン! 何ボーッとしてるんだ!」


 突然、背中をドンッと叩かれ、俺は我に返った。

 振り返ると、そこには炎のような赤毛を持つ少女が立っていた。


「……フィリア、そんなに強く叩くなよ」


「ちょっとくらいで弱音吐かないでよね。あんた、勇者なんだから!」


 フィリア・アーデル。俺の幼馴染であり、パーティの魔術師。

 火属性の魔法を得意とし、俺よりずっと才能がある。

 彼女は昔から俺のことを「勇者」として見ているが、時々、それが皮肉にも聞こえる。


「俺が勇者って、みんな思ってるか?」


「まあね。でも、実際は……」


「……偽物、だよな」


「自分で言わないでよ。こっちがフォローしづらくなるじゃない」


 フィリアはため息をついた。

 俺が「勇者」と呼ばれるようになったのは、本物の勇者が行方不明になり、代役が必要になったからだ。

 偶然そこにいたのが、俺だった。ただそれだけの理由。

 しかし、国は「新たな勇者」として俺を祭り上げた。


「ま、私たちがついてるんだから、偽物でも本物でも関係ないでしょ?」


 フィリアはそう言って微笑んだ。

 その言葉が、今の俺にとってどれほど救いになるか。


2. 旅の仲間たち


 焚き火の炎が夜の闇を赤く揺らめかせる。


「レオン、明日の作戦だけど……」

 そう切り出したのは、近接アタッカーのガイル・エインズ。

 俺と共に剣を学んだ親友で、実力は確かだ。

 彼の剣は鋭く、的確に敵を貫く。


「村の防衛戦か。やっぱり、魔王軍の動きが活発になってきたな」


 ガイルが頷く。「ああ。明日は魔物の群れを撃退しなきゃならない」


「守りは任せろ」


 力強い声がした。

 それは、大盾を持つ男──ラグナ・ストレイン。

 パーティのタンクであり、俺たちの盾となる存在だ。


「レオン、お前が前に出すぎるからな。ちゃんと俺の後ろで戦えよ」


「分かってるって」


 俺は苦笑する。ラグナは、何があっても仲間を守ることを信条としている。

 そして、彼の背中があるからこそ、俺たちは前に進めるのだ。


「……ポーションは準備しておくわ」


 そう言ったのは、シエラ・ルーン。

 パーティの錬金術士であり、支援役だ。

 彼女の作るポーションやバフは、戦いの鍵を握る。


「頼むよ、シエラ。お前がいなかったら、俺たちの戦いは長く続かないからな」


「分かってるわよ」


 彼女は淡々と答えながらも、俺たちの安全を誰よりも考えている。


 ──そして、俺たちは、魔王を倒すための旅を続けていた。


3. 俺は勇者なのか?


 勇者という名を背負って戦う以上、俺は前に進み続けるしかない。

 それが「偽り」だとしても──


「レオン、お前、本当に大丈夫なのか?」


 焚き火の前で、フィリアが呆れたように言う。


「大丈夫じゃなかったら、ここにいないさ」


「そういう意味じゃなくて……。あんた、魔王と戦うんでしょ? いつもの調子でいられるのは凄いけど」


 俺は少し考えてから、笑った。


「俺は勇者だからな」


「偽物の、でしょ?」


 からかうような口調だったが、彼女の声の奥には、確かに不安が滲んでいた。


 俺は本当に勇者なのか?

 この剣を振るう資格はあるのか?


 ──だが、俺がやるべきことはただ一つ。


 仲間と共に、魔王を倒すことだけだ。

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