第24話 見世物の行方

 ◇



 ノエルの影魔法は、自分が共に入らなくても他の人間を影に潜ませることが出来る。


 結界といえど、影は通す。


 この会場にはどでかいシャンデリアみたいなのが用意されているから光源には事欠かない。

 それを使っては中に入り込むことができた。


「ちょっと動かないで! 魔法が効かない」

「な……なぜ、カルマが」

「あたしもいるんですけど!?」


 マグノリアが驚愕の表情で俺を見上げていて、その怪我した腕をアイビーが魔法で治療しようとしてくれている。


 数時間前、マグノリアを助けようとした時、ノエルから決闘用魔道具リングが使われているという情報を得ることができた。『尻ア』にも決闘はあるし、決闘用魔道具リングの事も知っている。あれは決着が付くまで中から出られないはずだ。


 ……だが、ノエルの魔法ならどうか?


 ゲームプレイ時は、キャラの魔法をそんなイレギュラーな事に使うなんてできはしない。だがここなら出来るかもしれないと思っていた。決闘用魔道具リングは中から出ることはどうあってもできないが、外からのセキュリティには脆い。


 だからノエルには苦渋の決断の末に着いてきてもらったのだが、アイビーまで来てしまった。どうも修行とは関係ない日も外から様子を窺っていたのだと言う。本当は連れていく予定は無かったのだが、結果的についてきてしまった。だが、マグノリアの怪我を治す魔法があるので結果的には正解だったと思う。


「何者だ!? 邪魔をするなへぶっ」


 結界の外でラキスが叫んだが、首根っこを押さえたままだったノエルが壁に押さえつけなおすことで叫びを咎めた。主催者に勝手に動かれては困る。ノエルにはラキスを封じ込める事をお願いしていた。


 隣でアイビーが立ち上がりなおす。治癒が終わったらしい。マグノリアに必要な情報を尋ねる。敵対してる相手のことだ。明らかに見た目クソ強そうな見知らぬキャラ。


「マグノリア、あいつは?」

「わ、私の……師匠だ」


 師匠、ということはマグノリアより強いのだろう。現にマグノリアは大怪我をしていた。

 一般悪役貴族でしかない俺の実力はマグノリア以下だ。ならば普通、俺が適う道理はない。


 ないが、俺にはマグノリアが持たない力がある。


「【ターボ・ドライブ】【フォース・ドライブ】」


 速さと力の上がる身体強化の魔法を唱えた。俺の体の内側からごっそり魔力が持っていかれる。強い気怠さのような感覚が全身を襲った。だが倒れるほどじゃない。倒れたら終わりだ。

 マグノリアがよろめきながら立ち上がって叫んだ。


「……カルマが戦う気か!? 無茶だ! ミズリは私よりも強いんだぞ!」


 敵であるところの彼女はミズリと言うらしい。マグノリアは話していたな。姉のような人でもあったと。そんな奴を敵に回した気持ちはいかほどか? なんで本編開始前にこんな絶望シーン埋め込んでんだこのゲームは。


「弱くても勝てばいい」


 それが出来さえすれば問題はない。本来は負けイベだっただろう。というかここに外部の人間が紛れ込むことはなかっただろう。でも今は、俺達が潜り込んでいる。出来ることはやる。そうすることで将来のフラグを潰せるし、本編開始前に起きた不幸な出来事も解決できるだろう。一石二鳥だ。


 別に、勝ちの目がまったくないとも思っていない。


「無茶な」


 マグノリアが呆然と口を開いている。ここが決闘の場だと言うことも忘れていそうだった。でも怪我が治ったからには動いて貰わないと困る。敵だって、そう長くは待ってくれない。などと思っている内に、ミズリが柄に手を当てて半身に構えている。居合の姿勢。すぐに頭の中で原作のスキルが浮かぶ。


(あれは――【一の太刀・嵐羽】だな)


 マグノリアが怪我を負う瞬間だけは見ていた。居合の構えから降りぬいた姿勢で立って、マグノリアは不可視の攻撃を受けたように頽れていた。あの恰好と、遠距離で攻撃を受けていたマグノリアの様子を見ればスキルは判別できる。優秀な攻撃倍率を持つ単体攻撃スキル、【一の太刀・嵐羽】。原作でも主人公を始めとしてよくお世話になったものだった。


 マグノリアが叫んだ。


「気を付けろ! 斬撃が飛んでくる!」


 しかしあのスキルの弱点も知ってる。


「アイビー、頼む!」

「【フロスト・ウォール】!」


 ミズリと俺達の直線状に氷の壁が形成される。半透明な氷の向こうで剣士が刀を振りぬくのが見え、直後目の前の壁が破壊される。壁一枚が飛ぶ斬撃をブロックする。貫通してまで俺達に攻撃が届くことはない。


 原作でも使い勝手は良かったが、あれは斬撃であり、破壊力や貫通力が高いわけじゃない。簡単なシールドを張ってくる敵には効果が薄かった。そして、遠距離攻撃ならアイビーも得意分野だ。


「【フロスト・ランス】」


 氷の槍が飛んでいく。簡単な壁と、簡単な魔法。これで向こうのスキルは封殺できる。アイビー任せではあるが。


「……遠距離は効かねえぞ」


 声が届いたのかわからないが、相手の目が俺を捉える。虚ろな目。ぞくりとした感覚が全身に走る。操られて例えば本来の力を出せていないとしても、俺達にとっての脅威であることには変わりない。


 そしてミズリが姿勢を低くした。先ほどと同じ、居合の構えだ。――また? 【一の太刀・嵐羽】はモーションが長い。【フロスト・ウォール】が壁を立てる方が早いから簡単に防ぐことができるはずだ。

 遠距離じゃんけんの相性はこっちに部があると相手も知ってるはずなのに――。


「もう一回やるよ!? 【フロスト・ウォール】!」

「待った――!」


 いや、違う。ミズリの意図に気づいたが、止めるのが遅れた。目の前には半透明の氷の壁が形成されてしまう。斬撃を止めるために配置された氷の壁の奥で――ミズリが居合の構えを解除して駆け出すのが見えた。


「フェイント入れてくんのかよ!」


 居合の構えはただのフェイク。氷の壁を出させて、【フロスト・ランス】を打たせない。その間にミズリは恐ろしい速さで距離を詰めてくる。氷の壁は半透明で素早く動かれると視認性が悪い。壁をどこから避けて来るかすぐには掴めない。左か? 右か? それとも上に?


(【変速の魔眼】――発動)


 視界がどろりと溶ける。久しぶりの感覚に目が焼けるような熱を持つ。


 魔眼なしでは全ての方向に対応することはできない。全てが遅くなった視界の中で、ミズリの移動先を見定めようとする。左右、そして上。いない。どこだ、と少し焦れた瞬間、氷の壁の真ん中にヒビが入るのが見えた。


(中央突破!)


 事前にかけておいた身体強化魔法の感覚が体内に満ちていることを確認する。氷の壁が雑な一振りで粉砕される。ミズリの視線の先、ターゲットはアイビーに設定されているようだった。守るのはタンクである俺の役目。


 遅くなっている視界の中、粘ついた泥の中をかき分けるようにして、ミズリとアイビーの間に立つ。本来なら間に合うはずもないが、大幅に魔力を籠めた【ターボ・ドライブ】が可能にしてくれる。【変速の魔眼】と身体強化を組み合わせれば、遅くなった視界の中でも俺は周囲より速く動くことができる。


「――らぁっ!」


 ミズリの振り下ろした一刀を防いで、同時に魔眼の効果が解けた。防がれたミズリが一瞬たたらを踏む。わずかに動揺している様子を感じる。多少、意思が残っているんだろうか。そこに何かを期待することはないけど。


 俺が今防げたのは身体強化の恩恵でしかない。このスピードもパワーも身体強化が無ければ適わなかったことだ。そして身体強化の効果時間はあまり長くはない。今、動ける内に。


「【変速の魔眼】」


 一瞬だけ呼吸を置いて、魔眼を再使用する。視界が溶ける。どろりと色褪せて見える全てのスピードが遅く沈む。


 ミズリも動揺していたのは一瞬だけだった。魔眼を使う間には既に攻撃の姿勢へと移っている。横合いから滑るように迫る剣閃。〈迦具土〉で受け、弾いた。手が痺れる。身体強化してこれでは、力では勝てないと思った方がいい。――マグノリアの修行の時と同じだ。


 ミズリの振るう剣技を避け、流し、時には受けながら魔眼で見る。マグノリアと修行していたからわかる。やはり相手はマグノリアの師匠だ。動き方が似ていて、しかもそれで数段階以上に洗練されている。


 でも俺の目なら、この剣技を捉えられる。

 その動きを、思考を、なぞることができる。

 捉えてその上で――自分の物にまで昇華できる。


 制限時間はギリギリだ。魔眼が引き延ばしているとはいえ、身体強化が終わればこの戦いは負ける。アイビーとノエルとマグノリアがいても、きっと無理だ。今、他の三人は俺とミズリの間に入ることはできていない。もうとっくに限界を超えてる俺と、ミズリの速度についてこれていない。毎回こんなんばっかりだ。


「……はは」


 目の奥に強い熱を感じ、ミズリの攻撃をあえて受けながら飛んで距離を作る。ぶちんと魔眼の効果が切れた。息を吸って、【変速の魔眼】再発動。魔眼は身体強化よりもハイペースで使いなおさなければならない。そしてその度に目がどんどん痛んで継続時間は縮んでいく。


 でも頼っている。この目があれば無限の勝ち筋が作れるのだから。

 相手の技を、コピーする。


(やってやるよ)


 ミズリが距離を詰めてくる。横合いからの剣閃。それはさっき見た。相手の動きを思い出す。思考をなぞる。ミズリという強敵なら、この攻撃を利用しながら敵に反撃することを考えるだろう。


 剣閃が走る軌道上に〈迦具土〉の刀身を置き、わずかに下に流れるよう軌道をずらす。その上を回転するように跳んで避ける。アクロバットのように避けながら、後方宙返りの要領でミズリの顔面を蹴り飛ばした。


(一発入った)


 まだ終わりじゃない。ミズリは蹴られた顔を気にすることなく、無理な姿勢からの攻撃で倒れる俺に、間髪入れず刀を突き入れた。それを転がって避ける。追い立ててくるミズリは、俺が転がった方向に何があるかまではおそらく考慮に入れていない。


 足元にある氷の破片を蹴り上げた。アイビーが作った【フロスト・ウォール】の欠片が丁度ミズリの顔に向かって飛ぶ。ミズリが片手で受け止めている間に、今度は俺の方から距離を詰めた。


 狙いは見るからに怪しい瘴気を放つ首飾りだ。手を伸ばすが、それは払われる。腕を斬られそうになったので引っ込めて、今度は刀を持つ手を狙って攻撃した。柄の部分で刃を受け止められる。どんな反射神経してんだよ。


 牽制しながら片手を上げて合図を送った。ミズリの斜め背後から氷の槍が形成され、【フロスト・ランス】が飛ぶ。死角からの攻撃。だがそれすらもミズリは身を屈めて避けてみせた。だがわずかに反応は遅れている。――ここだ。


 既に掛かっている【ターボ・ドライブ】に、さらに【ターボ・ドライブ】を重ね掛けした。


 追加した分はカスみたいな魔力量だ。でもさっきまでの俺より、わずかだけ早い。ミズリの想定よりも少しだけ先に剣を届かせることができる。


 同時に、ミズリの背後の影が揺らいだ。

 ノエルだ。外のラキスは気を失わせて行動不能にさえすればそれ以上ノエルが外にいる必要もない。状況を窺って潜伏してくれていた。【潜伏】から【急所突き】のコンボはどの敵に対しても大きな有効打となり得る。


 両方向から想定外となり得る攻撃を放っている。ミズリが首をわずかに傾けた。取った。――そう思った瞬間、ミズリの姿が大きくなった。


(これでも――対応してくんのかよ!)


 スキルじゃない。ただ俺の方へわずかに距離を詰めただけ。当然その分だけ俺の攻撃は早く辿り着く。ミズリは防御を妥協して、龍人種の特徴である角で受けた。硬い角へわずかに刃が食い込むが、致命傷には全く至らない。それに動揺したところで腹に重い蹴りを食らって吹っ飛ぶ。


 ミズリが俺の方向に距離を詰めたことでノエルの【急所突き】も届くのがわずかに遅れた。俺に対処した後で、短剣を持つノエルの細い腕を掴む。背負うように回転して、床に叩きつけた。


「まだだよ――師匠さん」


 その直後に――俺の姿を見て目を瞠る。


 納刀し、鯉口を切る。左手に鞘。右手は柄を握る。

 右足を前に出して半身だけ捻り、わずかに腰を低く構える。


 居合の構え。


 俺の目が見ていたのは剣技だけじゃない。


 回避は間に合わない。


「【一の太刀・嵐羽】」


 飛ぶ斬撃がノエルを投げた後のミズリを襲う。彼女の瞳に瞬間的な思考が走り、回避が間に合わないことを悟るとふっと諦めるように全身から力を抜いた。口元がわずかに微笑んでいた。


 狙いは過たず首飾りに直撃した。丈夫な魔道具である首飾りは飛ぶ斬撃を真っすぐに受け入れ――そのまま高い音を立てて破裂した。

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