第5話 咬ませ犬 in ダンジョン
「やっとダンジョンにたどり着いた……!」
胃にぶすぶす穴を開けてくる横槍に絡まれ続け、ようやく目的であるダンジョンに辿り着いた。全身がだるいよ。本命に行く前に俺のHPが付きかけてないか。
「流石に誰もいないだろうな……」
きょろきょろ周囲を見回す。
学園から少し離れた森の入り口付近。人の気配よりは自然の気配が強い場所。目の前にあるのはぽっかり四角く空いた洞窟。ここが俺の初めてのダンジョン。
『尻ア』世界のダンジョンとは。
突如各国に現れた、【異界】と呼ばれる別世界と繋がる謎の異空間だ。
まぁゲームによくあるダンジョンと考えて差し支えない。
中には【異界】のモンスターが生息していて、発見された場合は即座に入口が魔法の結界で封鎖される。入口に薄っすら見える透明な膜がそれだ。この結界によってモンスターは中から出てこれない。
だが結界を張ったとしてもダンジョンには許容量がある。モンスターは中で増え続けるので、その許容量を越えたら爆発だ。だから定期的に掃討する必要があって、対処するための力がいる。リステリア魔法学園はそんなモンスターに対抗する方法を学ぶところだ。
とはいえゲーム的なメインコンテンツはヒロイン攻略なので、ダンジョンはレベルさえ上げればゴリ押しで進める難易度だった。
しかし。
「カルマがゴリ押しできるのか……?」
甚だ疑問だ。
ゴリ押しと言っても、主人公や他ヒロインの優秀な能力があったからこそ出来たこと。咬ませ犬に出来る難易度かは怪しい。
原作のカルマが敵として出てきた時、能力的に目立った所はなかった。無駄に体力が多いせいで時間が掛かって面倒だったぐらいである。見た目はタンクらしくないのにやけに硬いので掲示板では『細身デブ』と言われていた。存在が矛盾してる。
まぁいずれにしても、死なないための力は必要だ。
「まずはチュートリアルからだな」
目の前にあるのは〈スライムの間〉。
通称、スラダン。
原作だとチュートリアルで入るダンジョンである。全ての『尻ア』プレイヤーはスラダンで戦闘を学ぶ。スライムしか出ないので危険度も間違いなく一番低い。
中には青くて透明でぷよぷよした生物が至る所にひしめいていた。
最弱モンスター、スライムくん。――ちなみに紳士向けの情報だが、スライム系モンスターの体液はなぜか服だけを溶かす効果があるぞ。
スラダン全三階層の内、入った先は第一層。チュートリアルダンジョンなためか、一層では攻撃してこない。ゲームと仕様は一緒のようで、スライムはずっとぷよぷよしているだけだ。
ゲーム内では学生がダンジョンに慣れるために利用されていると説明があったが、今は人もいない。天敵がいないスライム達は、のびのび部屋いっぱいに繁殖している。お盛んである。
「例の小ネタが使えるといいんだが……」
せっせとスライムを10匹持ってきて円形に並べる。
そして少し待つと、ぽーんと中央から白色のスライムが出現した。
「来た……!」
これが『尻ア』における小ネタの一つ、『ホワスラサークル』。
ゲームではスライムに【仲間を呼ぶ】というスキルがあった。それで十匹になるまで待機すると、次のターンにスライムが円陣を組んでホワイトスライムが召喚される。
ホワイトスライムの良いところは経験値が美味いところだ。
普通のスライムが1しか入らないのに対して、ホワイトスライムは100入る。この数値は序盤にしてはだいぶ大きい。
俺は気合を入れ、制服のポケットからケースに仕舞ってた包丁を取り出した。武器をどうするか悩んでたらシーラに渡されたものだ。初めてのファンタジー世界のダンジョン攻略が包丁なんて若干ロマンに欠けるが、ロマンとか言ってる場合でもないし。
原作だとカルマはすぐ死ぬ。
その前にできればここでレベルを稼いでおきたい。
せめてレベル上げぐらいしないと事故を防げない。ここから先、カルマが死ぬルートは数多ある。念には念を入れていても、不用意に踏み入れてしまう可能性は避けられないのだ。バッドエンドだけは嫌だ。純愛とか言う前に爆発してしまう。リア充でもないのに。
目の前にはぷよぷよ揺れてるホワイトスライム。
見た目は可愛いがこいつもモンスター。れっきとした討伐対象である。
「いざ尋常に……経験値となれ」
呟き、縦にした包丁の刃をホワイトスライムに突き立てた。
◇
そうしてぷすぷすホワイトスライムを刺す作業を数十分続け……思う。
なんか……何もなくね?
最序盤なら一匹倒すだけで5~6レベル上がると思ってたが、全く実感が無い。これレベル上がってんのか? 原作ならすぐステータスが出たものだが、ここだとわからない。
(そういえば生徒手帳で見れたような)
忘れていたが、原作だと設定画面は生徒手帳を開くような演出になっていた。操作設定やらステータスの確認も生徒手帳からだったはずだ。胸ポケットから取り出して生意気なカルマの顔写真付きページを開く。
そしてそこに書かれていたレベルを見て、目を剝いた。
『〈名前〉カルマ・レイヴン』
『〈レベル〉0 』
「……は?」
ありえない数値に声が漏れる。
『尻ア』では主人公を含め、すべてのキャラは基本的にレベル1がスタートラインだ。伸びやすいステータス等はそれぞれ差もあるが、レベルの最低ラインに区別は無い。
はずなんだが。
「なんで俺だけレベル0なんだ!?」
やけくそでホワイトスライムをぶすりと倒すものの、もちろん数字に変化なし。溶けて消えていくホワイトスライムを見下ろしつつ、一つ、心当たりを思い出した。
(もしかして……カルマは非プレイアブルキャラだから?)
『尻ア』の中では、プレイヤーが扱えるキャラ――すなわちプレイアブルキャラは基本レベル上げが可能だ。
しかし原作のカルマはストーリー中、敵になることは大いにあれど仲間になることは無い。掲示板で『バグ使って仲間にしてみた』みたいなやつで一回見たことがあるくらいだ。たしかその時の画像に載ってたカルマはレベル0になっていた。つまり。
「もしかして
だとすればホワスラサークルがどうとか、経験値効率がどうとか、まったくもって意味が無い。
このゲームはレベルが正義。
相性や弱点属性等の攻略はあるが、最終的には困ったらレベルを上げればすべて解決する。レベル、いず、ぱわー。ステータスのゴリ押しだってまかり通る。
だからこそレベルが上がらなければ強くなるなんて不可能――の、はずだが。
(いや……だったら変だ)
そうだとしたら、おかしいシーンが幾つかある。
原作のカルマはステータスが変動しているのだ。
カルマは主人公と同じクラスに所属していて、奴との決闘イベントは何回かある。運営はカルマを無駄にライバルキャラの枠に置いているらしく、戦う機会がそこそこあるのだ。その時のカルマは主人公達に合わせてステータスもスキルも伸びていた。
それなら。
「レベル関係なく成長する手段もあるんじゃないか?」
可能性としては――何かのフラグを通ればステータスが上がる、とか。
(それに期待するしかないな……)
原作ではヘイトタンクだったカルマとかいう咬ませ犬。
あまり期待はしてないが、レベルが上がらない以上は別の手段での成長を祈るしかない。
今は、今ある能力だけでなんとかするしか。
(それなら早めにアレを試しておかないと――)
そうしてもう一つの目的を試そうとした時、入り口付近から澄んだ声が耳に届いた。
「【フロスト・ウィンド】」
第一層全体に突如冷えた突風が吹き起こる。あれほどひしめいていたスライムが一斉に吹き飛ばされ次々と壁に当たり、凍り付いたスライムが砕けてきらきらと破片が舞う。なんだ、これは。チュートリアルダンジョンにこんなギミックあるはずない。
顔を上げて、声の聞こえた方に目を向ける。
そこには怪訝そうな目で俺を見据える金髪ツインテールのエルフがいる。
「――アンタ、そこで何やってるの?」
怜悧な双眸。冷たい声と、手に持った杖が真っすぐ俺に向けられていた。
最悪なコンプリートに頬がひきつる。
(結局こいつにも会うのかよ……!)
眼前に立つのはバッドエンド三人衆最後の一人。
速攻闇堕ちマジカルエルフ――アイビー・リステリアだった。
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