第四話 約束は諦めない
「むぅ。……おっと、そろそろ時間」
踊りを終えた摩利華は、平然と部屋に取り付けてある壁時計を流し見ると、入口にある呼び鈴が鳴った。
「誰だろう?」
と舞桜が首を傾げている間に、摩利華がテクテクと歩いていき、扉を開ける。
扉の前に立っていたのは、大きな箱を持った宅配業者だ。
「お待たせしました。ヤーバーイーツでーす」
大きな箱から次々に重箱が出てくる。
「かつ丼に海鮮丼、ざるうどんにカツカレー。以上でよろしかったですか?」
「む。よろしい」
「お世話様でーす」
どうやら摩利華がデリバリーサービスを頼んでいたらしい。
花園の宿舎にもデリバリーサービスできるんだ、と舞桜が感心していると、摩利華は無表情のままたくさんの重箱を机に持っていく。
「もしかして、歓迎パーティー的なものを開いてくれるの? 気持ちは嬉しいけど、こんなにたくさん食べられるかな……?」
部屋には重箱が四つ。どれも一つ食べれば腹一杯になりそうな量で、それを一人当たり二つ食べなければいけない。
舞桜も女子のわりにはよく食べる方だが、一人前の重箱二つ食べられるほどの自信はない。
が、摩利華から発せられたのは衝撃的な一言だった。
「む? これは、わし一人の分」
「え。……えええええええええええええ⁉⁉」
舞桜の豪快なリアクションを気にも留めず、摩利華は料理と共に貰った割りばしを勢いよく割り、一つ目の重箱、かつ丼を勢いよく小さな体にかきこんでいく。その豪快な食べっぷりに、舞桜は唖然とするしかなかった。
舞桜がぽかんとしている間、二箱、三箱と次々と空箱を量産していく。
そして、ついに……。
「ごちそうさまでした」
お辞儀をしながら小さな手を合わせた。
ついに四箱あった全ての重箱を一人で平らげてしまったのだ。あれだけの食料が、一体その小さな体のどこに入ったのだろう、と舞桜は意外なところで人体の不思議を感じる。
摩利華はお腹一杯になり眠くなったのか、バタンキューでそのまま布団の中に潜り、一瞬のうちにスヤスヤと寝息を立ててしまった。
窓を見ると、いつの間にか日が暮れており、外は明かり一つ灯っていない闇夜が広がっていた。この闇夜がなんだか舞桜にとっては懐かしく、心地よかった。
時間は既に午後八時を回っていた。
思えば、朝から東京の家を出て、新幹線とバスを乗り継ぎ四時間ほど。念願の花園の敷地を跨ぎ、個性的な人たちと出会った。
東京の実家で朝起きたことが数日前くらいに感じるほど、怒涛の一日を過ごした舞桜は、急にどっと疲れが湧いてきた。
「わたしも明日に備えて寝ようっと」
部屋に備え付けられている風呂に入り、パジャマに着替え、歯を磨く。寝支度を整え、布団に入った。いつもとは違う布団。
旅行に来た時のような高揚感にさいなまれ、ルームメイトのようになかなか寝付けない。
気づくと、時計の針は十一時を指していた。
舞桜はガサゴソと持参した鞄を手に取ると、一枚の写真が飾ってある写真立てを取り出した。二人の幼き少女が写っている。
一人は幼い日の舞桜、そしてもう一人は幼馴染の真白院天美である。
故郷を魂魔に滅ぼされたあの日を境に、舞桜は親戚のいる東京に、天美は本家がある京都へとそれぞれ越して、離れ離れとなってしまった。
それからずっと会っていないのだ。
「…………真白院天美が、どうかした?」
「うわあああああああああああ‼ で、でたあああああああああ‼‼」
「むぅ。人の顔を見るなり悲鳴を上げるなんて失礼極まりない」
「ま、摩利華ちゃんかぁ……。びっくりさせないでよ、もう……」
いつの間にか起きていた摩利華が、その虚ろな目を尖らせ写真を凝視していた。
「で、真白院天美がどうかした?」
「摩利華ちゃんも天美ちゃんのこと知っているの?」
「当たり前。花園の特例により、通常より二年も早い十三歳の若さで花園入り。そして十四歳でプロデビューし、多大の戦果を挙げた。神童であり天才である。いくらわしでも彼女と戦うのは分が悪い」
摩利華の言う通りで、花園に入るには義務教育を終えた十五歳以上の女性であることが条件にあるのだが、圧倒的な才能があると花園が判断した者のみ特例で中学二年生である十三歳の年で花園入りが認められる。
この特例は五年に一度一人いるかいないかの特例中の特例であり、この特例を使って入った戦巫女は否が応でも圧倒的な注目と期待を浴びることになる。
それに該当する少女こそが花園始まって以来の大天才と謳われる真白院天美、舞桜の幼馴染である。
「だよね。天美ちゃんはやっぱり凄いや……」
舞桜はどこか遠い目で答えた。
天美は舞桜と別れて以降、才能が爆発した。戦巫女の御三家と謳われる由緒正しき真白院家の中でも図抜けた才能を見せ、幼少期から戦巫女界全体に名前が広まった正真正銘の天才なのである。
「む。知り合い?」
「うん。幼馴染なんだ。六年前に故郷が無くなって離れ離れになっちゃったけど」
「真白院天美は幼少期、八雲に住んでいたらしい。うぬも八雲出身?」
八雲村とは、幼少期、舞桜と天美が住んでいた故郷の名称である。現在は、花園がある街、神ヶ原市に吸収合併したことで、地図からその名は消えている。
「そうだよ。それで、天美ちゃんの隣に立つって約束したんだ」
「むぅ……。世代最強の戦巫女と……?」
「うん……そうだよ……」
舞桜は真剣な表情で首を縦に振る。
天美と隣で一緒に戦う、幼きときに交わしたその約束はまだ潰えていない。たとえそれが、今後の戦巫女界をけん引する大スターだったとしても。
「全然諦めてないよ! わたし、頑張って天美ちゃんの隣で戦えるくらい強くなるから!」
強い瞳を摩利華に見せる。その瞳に迷いなんて一切なかった。
「そうか……精進」
日中のおふざけが噓のように、摩利華は強く芯のある声で言った。
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