聖女オーレリアと悪役令嬢なる魔女の夢~辺境でのんびりとやり直しを望む、とある貴族の選択~・了

「一度、胸襟をひらけて話し合ってみることが良いことであると、私は察しまして」


 後日――。


 歓談に適した隣同士の席、今日も謁見とは思えない距離感でしばらく談笑を挟んだのちに。オーレリアはお茶を置いて、カティアへと告げたのだった。


「胸襟を開けて話し合ってみることが肝要。――恥ずかしながら示唆をかいせず、恐れ入りますが、私にその意味をお教え願えますでしょうか?」

「はい。――私にはレノリアという幼馴染がいまして、彼はそれはもう分かりやすく、私に惚れてくれていました」


 そのように、オーレリアが唐突に話し出したのは、転換も下手くそに切り出された、どうやら自分語りであった。


 悪い意味でマイペース的なそれに、カティアは目を点にした。


「しかし私がそのことに気付けたのは、好意を抱いてくれたその時期から、随分とあとのことでした。それはもう分かりやすく惚れていただいたというのに、どうして気付けなかったのかといえば、レノリアは私に接するその時だけ、いつも言葉を濁すように、なかなか話し明かしてくれなかったからです。彼のことを知る機会が少なかった、好意を向けてくれていたというのに、不思議なものです」


 唐突な話題ながら――しかし話すところの筋は理解して、カティアは頷いた。


「そうですね。そこが恋愛の妙のところです、特に若いうちは、その不思議も顕著でしょうね」

「おっしゃる通り、私は当時、レノリアの魅力になかなか気づけなかった。それに多く気付けたのは、そう、不思議なことに、以前より関係の距離が遠のいた、その時だったのです。彼が私に惚れてくれていたと気付けたのは、またそののちでした、その頃には、より多くの彼の魅力を知る機会を、私は得ていた。――ちなみに、残念なことに今現在は、レノリアには他の良い人が出来たというのが、お話のオチでして」


 そこまで話し終えて、オーレリアは席を隣にしたまま、カティアと向かい合って座した。


「恋愛の不思議は貴方様にしても言えること、でしょう? しかしこのたびは、胸襟をひらけて、つまり自身が自身の素と信じる側面を明らかにして、話し合うべきであると私はことを察しました」

「……それにまつわる根拠を、どうか拝聴させてくださいませ」


 カティアの冷たい瞳に映りながら、オーレリアは微笑んだ。


「カティア様、それはひとえに、リシュアン様の才気が思うほどではなかったと語った貴方様が、軽蔑や失望の情をまったく抱いていなかったことが根拠です」


 壊れぬ無垢の如き笑顔。

 壊れるところの想像できない、白ですらない純度の、無垢の、笑み。


 それを前に、カティアが、姿勢を改めた。


「軽蔑や失望に塗れていたのなら話は複雑だった。先のレノリアの話とは違います、この場合は恋愛のあと、駆け引きの時間は終わったのでしょう」

「いいえ、オーレリア譲。それは永遠に続いていくのです。それが男女の関係というものであります故」

「恋愛の駆け引きは続いていくと? あるいは、部分的には、そうであるかもしれませんが……しかし繰り返しになりますが、先のレノリアの話とは、根底が違います。ねえ、カティア様。この場合、自身の素と信じる側面を明らかにして一世一代の勝負を挑むは――あなたが男女の関係において一心を尽くし魅了した殿方が相手であるのですよ?」

「――――。……。」


 瞳を見開いたカティアへ、オーレリアは続けた。


「そして、自身の素と信じる側面を明らかにするのは、他ならぬ貴方様です。純心や、思いの時間を足蹴りで蹴散らして、気位や執着を原動力とする貴方あなたはまるで悪女のようです。そして、最後に必ず勝つのが貴方あなたであり、そうして、手に入れると願ったならそれを手にするのが貴方あなたなのでしょう。――さて、それらを尽くし、悪女のように、まさに彼の隣に収まった貴方様にお尋ねします。

 彼が貴方様に寄せる“執着”は、並大抵のものでありましょうか?

 尋常ではないことであると思います。友として、幼馴染として、そして最大の理解者として彼の傍に寄り添おうとしたマルシェリー様を蹴散らした、その尋常でないナニカは、いったい何であるのでしょう。――彼が貴方様に寄せる執着以外に、考えられません。

 手札はもう表にされたのでしょう。結末を避け続けるにも限界があるでしょう、貴方あなたは悪女であり続けなければならない。貴方あなたがそれを信じ、貴方自身と認めている限りは。貴方あなたの性根は悪女なのでしょう、さて――。

 駆け引きの時間は終わり。結果は出揃いました。

 そして貴方様は、このたびの一世一代。

 いつものように勝利しますか? 破滅のように敗北しますか?

 勝算はどれほどでしょうか?」


 オーレリアは、含みを持たず、そのことを問いかけた。


 さんざ、ここまで煽り立てられて。


 カティアは、ニィと笑んで、――悪役令嬢の顔つきで言った。


「私はね、手に入れると願ったなら、それを手にするのです。――最後は私のように強い女が勝つ」

「さあ、チキンレースも本番です。幸運を祈っています」


 そう言うと、オーレリアは、カティアへ深く、白銀色の頭を下げた。


「今回のことは、若輩にも満たない九歳の身には、身に余り、私にはどうにもできません。ごめんなさい」

「――しかとお心を汲み取りました。大変に、失礼いたしました。これは、最初から私が解決すべき問題でありました、お時間を煩わせてしまったこと、申し訳ございません」

「いいえ、色々とお話できて、本当に楽しかった」


 そして、席を立ちかけたカティアは、ふと止まり、しばし顎に手をやった。

 そして、オーレリアへ尋ねた。


「レノリア様という幼馴染殿は、実在していらっしゃるのでしょうか?」

「いいえ」


 オーレリアは悪びれもなく、さっぱりと答えたのだった。


「あれは、私がこれまで見聞きした話の一つを、自己視点になるように改変して話した、創話そうわです。残念ながら私に惚れてくださった幼馴染は実在しませんが、しかし……私がこの目で見て、そこからありのまま感じて胸に秘めた、それは、実際の話でもあります」


 そして、オーレリアはニッパリと笑った。


「私は【エレアニカの教え】のジュミルミナ、幼き星の象徴たる光。けれど照らせるものがあるとすれば、それは私の見ているものくらい……。その小さな光が照らし出した実直を語ることこそ、ジュミルミナの使命。そうして、迷える者の眼前を少しだけ照らし、『|何かを成す者とは、自身がすでにそれを成すことを知るあなたはこんなにたくさんを持っているんだ』と示唆する子供こそ、私であります」





 ◇



 オラッ、辺境へ越すぞ、私は貴方あなたの誇りも全て背負い愛するわ、マイダーリン。お家の繁栄が第一。はい出発。


 ――本当に、そんな勢いであったらしい。


 彼女カティアの言った通りになった。

 手に入れると願ったなら、それを手にして。そして、最後は私のように強い女が勝つ。


 マルシェリーなどロズワード家において今や過去である。

 彼女カティアの気勢、そしてその中に含まれた真摯に打たれたリシュアンは、夢としていた展望を撤回、お家の繁栄を第一に、辺境へと越し商業貴族としての新たな一歩を踏み出し始めた。


 使命が誇りを帯びて、一言では語り尽くせなくなった、夢。

 しかしオーレリアの言うことも、またその通りであったようだ。リシュアンがカティアに寄せる執着もまた、大きなものだったのだ。


 まあつまり、今回の一件を要約すれば。

 夫婦仲を円満に成立させるには、結局、古今東西において冴えたやり方は一つも変わらぬ、ということであった。


 夫を尻に敷いてしまうのが一番よろしい。


 胃袋を掴み尻に敷けば、それで円満である。どころかカティアは、ロズワード家再興に欠かせない才覚すら持ち合わせている、事の成り行きは自然であった。人間は性格とは限らないのだ。


 とはいえ。


 カティアとリシュアンは、本当に長く連れ添ったようだ。


 晩年、カティアが薬草学の研究発展を理由にリシュアンから離れたが、リシュアンはその後も再婚はせず、独り身であった。晩年も熟した頃には、二人は再び寄り添ったとか。


 カティアの研究は薬草学に革新をもたらし、医療、獣医療、栄養学、農学、食品化学に携わるロズワード家はエレアニカ連合随一の名家に成り上がった。カティア・ロズワードはその貢献について、「私は、手に入れると願ったならそれを手にするし、最後は、私のように強い女が必ず勝つ」と、まるで悪女のような台詞を残したという。




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この小説は、下記作品のスピンオフ作品です。


令嬢リプカと六人の百合王子様。 ~妹との関係を巡る政略結婚のはずが……待っていたのは夜明けみたいに鮮やかな、夢に見た景色でした~

https://kakuyomu.jp/works/16816452220094031820

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聖女オーレリアと悪役令嬢なる魔女の夢~辺境でのんびりとやり直しを望む、とある貴族の選択~ 羽羽樹 壱理 @itiri-yuiami

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